愛の嘘〜前編〜
愛は時には嘘になる。
「まっすぐ行けばいいからね?」
「わかってるよ。マップにも書いてあるし」
「曲がり損ねたとか君よくやるからさ。」
「だとしても、そんなに連呼しなくても大丈夫だし。」
「いや〜、カモメの声にかき消されちゃってるかと思ったよ。」
雲ひとつもない青空には数羽のカモメが「キャー!キャー!」と鳴いている。ガードレール越しに見えるのは陽射しが反射し、キラキラと輝く水面が過ぎていくのがカブを走らせる彼らの行き先を照らすかのように光る。
「やば、めちゃくちゃ水面綺麗なんですけど。」
「ひろき、前を見ないと打つかるよ。」
「え?」
ひろきが前に視線を戻した時、自分の真ん前を一代のダンプカーが向かってくる。
「あぁ!前から車が!!」
ひろきはハンドルを右に切りダンプカーを回避する。
ダンプカーは右側スレスレを60キロぐらいで走り過ぎる。その姿は残像かと思うほど黒く、まるでアニメで電車が前を横切る演出のようなものが視界から消えるまで続いた。
「脇見運転は?」
ひろきは片眉を顰めて苦笑いしながら答える。
「ダメ、絶対。」
「そうそう。まぁ、気を取り直して行こう!!」
オルロスのおちゃらけた様子にひろきはクスッと笑う。
「了解だ。オルロス」
遠くから、カモメの鳴く声と海の音がする。
ザーッ、ザーッとうるさくもなく、ほどよい塩梅で耳に聞こえてくる。
僕の家は旅館だ。二階建てでオンボロな旅館だ。偶に、天井から雲が降りて来たり、ネズミが這い回っていて穴が空いてるような家だ。
僕の旅館は峠の天辺に建ててあり、いつでも海を見張らせられる。海は綺麗に輝いてる時が多いけど、雨が降ると黒く濁ってしまう。
そして、カモメの声は海と違って騒々しい。ギャーギャーと何の考えもなく騒ぎ立てて、勉強してる時とかは不快だ。だけど、朝は話が別だ。カモメの鳴き声で朝が来た事を感じる。
母さん曰く、「電池代が浮くし、電気代も浮くから嬉しい。」との事だ。
お母さんの話をしたついでだけど、僕の家はお父さんとお母さんと僕だけ!なんだけど、最近だと少し話が変わって来たんだ。
なんでも、最近海外の観光の人が多くくるようになって、みんな疲れるようになって来たんだ。このままだといけないと思ってアルバイトさんを雇うんだって。
「今回採用した人は24歳の大卒だ。」
「24でアルバイトをするなんて、何かあったのかしら?」
「それとも、根性無しで辞めたかもしれんな。どちらにしろ、彼には優しく接しないとな。」
なんて、お父さんとお母さんが少し心配した言い方してたんだけど、どんな人が来るのかな?僕が少し心配してた時、なんかブルルルルって音がして来たんだ。
「なんの音?」
僕が、2階の窓から外を覗いた時、黒いヘルメットをして、緑のジャケットを着た人がバイクを止めて降りて来た。
「アレが、アルバイトの人?」
僕は少しゾクっとした。声を上げるために息を吸って、声か息か分からないものが口から出て来た時にッ!首を動かして目を合わせたんだ。言い切った時にはもはや塗り絵で塗ったかもしれないぐらい真っ黒な瞳と数時間ぐらい目を合わせたのではないかと思ってしまうぐらい長く感じたんだ。
「ッ!!」
僕の顔を少し見たヤツは凄く目を細めてニッ!と微笑んで首を傾げる。
僕も引き攣りながら笑みを返す。すると、ヤツは目をさっきのように普通ぐらいの大きさに戻す。その時不思議だったのは目には光が灯されてた。
「君は、この宿の人かい?」
僕は無言で頷いてしまった。
「アルバイトの人なんだけど・・・・話は聞いてる?」
「ええっと、宿の中に入ればお話はあると思います。」
僕は、怖気ずいて少し怪しい日本語で話してしまった。だが、奴はそれをクスッと笑って大きなリュックサックを背負って中に向かっていく。
立て付けの悪い扉を開けて中に入る。中は木できていてとても年期を感じるぐらいシミが多い。玄関には右側の靴入れの上に高そうな花瓶とピンクの花がある。
「なんか、外は明るくて、日差しも入って来てるのに薄暗い感じがするよな。」
「恐らく、このシミのせいなんじゃないかな?」
「シミにしては多すぎだろ。」
「まぁ、まぁ、それぐらい年期があるってことにしとこうよ。」
と、話をしながら見回してると奥からミシ、ミシと足音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ。」
暗い廊下の奥から青い着物で右頬にほくろがある30代後半のような人が手を前に添えてゆっくりと現れる。さながら、ホラー映画とか幽霊が出て来そうなシーンでひろきは少しその女性を目にして右足を少し後ろに下げいつでも逃げれるようにする。
「ひろき、大丈夫だよ。」
「え?」
「もしかして、アルバイトの人ですか?」
その言葉を聞いたひろきは目を少し大きく開いて直立に立つ。
「ええっと、もしかして、このお店の人ですか?」
ひろきはゆっくりと聞いた時女将は可笑しそうに笑って答える。
「ええ。この旅館の女将です。」
「アルバイトのひろきです!!よろしくお願いします!!」
ひろきは腰を90度曲げて頭を下げる。
「よろしくお願いします。では、早速なのですが、上がってもらってやる事を話しますね。」
「わかりました。」
黒いスニーカーを脱ぎ玄関の端の方に靴を揃えて旅館の中に上がる。女将さんが一連の動作を終えるのを確認したら歩いていく。ひろきはその後ろをゆっくりと追いかける。
「今、24歳なのですか?」
「えぇ。24です。」
「お仕事は?」
「1年ぐらい働いてましたが、辞めました。」
「理由はなんですか?」
「日本を旅したかったからです。」
女将は足を止めて振り返る。目を丸くしながら驚いたように口を開く。
「それだけ?」
「はい。」
「仕事が辛かったとか、嫌になったとか、キャリアアップとかじゃないんですか?」
「?ええ。そんな理由じゃありませんよ。」
少し困惑したかのように視線を外して元に戻す。
「そうなんですね。まぁ、あなたの人生なので何も言いませんが、終わってからどうするとか考えているのですか?」
「いいえ。何も考えてません。」
「そ、そうなのですね。」
「あはは」と少し乾いた笑いをひろきに向ける。
(女将さんは、君のことをイカれた奴なのではないかと思い始めてるよ。)
(だろうな。理由を言った時の女将さんの反応を見てそう思ったよ。)
さっきの奴はお母さんと一緒に木でできた廊下の奥に進んで行った。僕の家は廊下が長くて奥行きもある旅館。2階建ての横長い旅館だ。恐らくお母さんは僕たちが団欒する居間に連れて行くのだろう。
僕は、そんな二人を後ろから見ていた。少しお母さんが質問してからは二人は無言で歩いて行った。やつの方は何処か顔を下に向けてたけど、何か落ちてたのか?それとも地面のシミが気になったのかな?まぁ、いいや。アイツが悪いやつなら絶対懲らしめる!僕はこの家の長男!お父さんが言ってたんだ。「長男ならしっかりしろよ!」って、だからこそしっかりしないと!あの子の為にも!!
「ん?」
げっ!?あいつ、こっちを見た!!しかも、近づいて来た!!
「君は・・・・さっきの少年!!」
奴は僕にめちゃくちゃクソガキのような笑顔で握手して来やがった。
「君、名前は?」
「広高、安土 広高だ。」
「広高、よろしくな!俺はひろき、木野 ひろきだ。」
なんて、やつはあいさつして来た。なんて言うか、とても眩しくて、さっきとは違ってめちゃくちゃ明るそうなヤツだ。
「あら、息子とは会っていたのですか?」
「ええ。先程話をする機会が有りましたので。」
「そうですか、息子とはあなたが歳が近いので仲良くしてあげてください。」
「あはは、広高くんは何歳なんだ?」
「10歳。」
「マジ!?10歳にしてはしっかりしてるよ。」
僕は「えへん」と胸を張る。
「それはそうだよ。僕は長男なんだから。」
それを聞いたやつは目を細めて微笑む。
「そっか、そうだよな。長男ならしっかりしないといけないもんな。」
何処となく、やつの笑みは悲しそうだった。
「ひろきさん、そろそろこれからやることのお話をさせてもらいますよ。」
「あっ!はい!!」
それから、やつが来てから色々変わって。最初の方は仕事が出来なくてお母さんやお父さんに言われることが多かったけど、一週間経ってから変わった。ここに来るお客さんにめちゃくちゃ褒められたり、お話しするようになった。お母さんやお父さんからも「このお店の有名人だ!」と言われるようになった。僕はそんな言葉を聞いて胸の奥にズキズキと言うかモヤモヤに近い何かを感じるようになった。けれど、やつは僕に話しかけて来たり、ジュースを買ってくれたり、休みの日は一緒にバイクに乗って近くの街に出かけるようになった。なんて言うか、兄弟のように思えるんだ。やつは僕にとってのお兄ちゃん。僕はそんな兄ちゃんに着いて行く弟。なんだか、羨ましいな。兄弟って。
「ねぇ、木野さん!」
「何?広高君。」
「あそこに病院が見えるでしょ?」
僕は、海の近くにある病院を指差す。
「どれ?手前のやつ?」
「違う!奥のデカいビル。」
「ああ、あの細長いビル?」
「違うって奥の横に太いの!」
「ああ!あれ!?あの横長いデブ?」
「そう!木野さん目腐ってる?」
「ごめん、ごめん。疲れててさ。」
「あはは」とやつは笑う。木野の方を呼ぶのはやつが「そう呼んで欲しい。」と本人が言うからだ。
「良し、着いた。」
僕達は病院に着く。病院は僕の家の近くに建ててある。この病院は夕方になるととても夕焼けが綺麗なんだ。
「すごい、全面ガラス張りのエレベーターか。」
奴は腕を組みながら壁にもたれて外を眺める。その目はこの夕焼けに目を奪われてるようだ。僕も、そんなやつの姿を見て「ふふっ」と口元を緩めてしまう。
「すごいでしょ?めちゃくちゃ綺麗でしょ?」
僕の時に対してやつは無言でこっちに微笑む。なんと言うか、なんか言って欲しかったが、まぁいいや。
「所で、こんなところに何があるんだい?」
「それはね。僕が合わせたい人が居るんだ。」
扉が開いて。移動する。109番の部屋にはあの子がいる。コンコンと扉を叩くと「はーい」と声がする。
「奏美、開けるよ。」
扉を開かれた途端、そこに居たのはベットから上半身を起こして外を眺める。銀髪の女の子だった。
「来てくれたんだ。あれ?その人は?」
奏美と呼ばれる少女はひろきと目が合う。
「初めまして。俺は木野と言うものです。」
彼は丁寧に挨拶をする。
(挨拶できたじゃん。)
(毎回お前は人を陰キャみたいに言うよな!!)
彼女も彼の挨拶を聞いてお辞儀する。
「初めまして、桃山 奏美です。」
「広高、この人は?」
広高は得意そうに説明をする。
「この人はね、日本を旅してる人なんだよ!!」
彼女は目を丸くしてひろきに尊敬の眼差しを向ける。
「日本を旅してるんですか!?」
「まぁ、そうですね・・・・話しにくいんで敬語なしでいい?」
ひろきが照れくさそうに頭を掻いて聞いた言葉に彼女は笑顔で返す。
「えぇ。良いですよ。」
「ありがとう。自分はかれこれ原付で日本を旅してるかな。」
「どれだけ旅をしてるんですか?」
「そうだなぁ、わからない。」
「わ、わからないんですか。」
「けれど、旅先で起きた話とか面白い話なら色々有るかな。」
「是非、聞かせてもらえますか?」
「良いよ。まずはー」
ヤツの話は、長かった。聞いてて「スゲェ!」ってなる話は多かった。幽霊を見た話、蜂の子を食べた話。コオロギを食べた話。野宿をし始めて熊に遭遇した話。妖怪を見たかもしれない話。綺麗な景色の話。いろんな話をしてくれた。奏美はそんな話を真剣に聞きながらも、何処か悲しそうな顔をしていた。
「そんなことがあったのですね。」
彼女はその言葉を話の間に繰り返すだけ、僕はお話が段々と暇になって、つい、眠ってしまった。
そして、僕が次に起きたのは外からカラスの声が聞こえた時だった。外は夕焼けの日差しが丁度窓ガラスから差し込み、二人の表情が分からない。
「えっ!?」
僕が起きた姿を見て二人はクスッと笑う。僕は二人にムッとした表情を浮かべる。
「なんだよ、二人だけ面白い話をしたの?」
「まぁ、うん。そんな感じ」
その時のやつの顔は何処か切なくて、悲しいような顔を無理な笑顔で隠してるような気がした。
「さて、そろそろ日が暮れるし帰ろうか。」
やつは立ち上がると直ぐに帰ろうとする。いったいどんな話をしたのだろうか?なんであんな顔を?そんな疑問を堤防に消えて行く日の出を見ながら考える。
「大丈夫?手の力を緩めると落ちる可能性があるよ。」
「え?」
ブレーキを踏んだ時、僕は振動に揺られヤツのそなかに頭をぶつけた勢いで後ろに倒れ込みそうになった。
「おっと。」
そんな僕を奴は腕を掴んで引っ張ってくれたお陰で元の体勢に戻れた。
「ほらね。」
僕は奴のムカつく笑顔を見て苛立ちを覚えた。
「なんの話してたの?」
「え?」
「奏美と・・・・さ」
僕が口篭って行ってる姿を見て二チャーと気持ち悪い笑みを向けてるのがヘルメット越しでもわかるほど目が吊り上がってた。
「何?キモいけど。」
「いや〜、もしかして、広高君は奏美ちゃんのことが好きなの?」
それを言われた途端僕は耳が赤くなるのを感じた。
「!?」
「そのリアクション・・・そっか〜、そう言うことかぁ〜。」
「な、なんか悪い?」
僕が必死に怒ってる姿を見て奴は寂しい目を僕に向けてきた。
「ううん。幸せなことだよ。」
波の音が何処か寂しそうに鳴り渡る。
「おっと、そろそろ青だ。」
どうしてだろう?僕の心の中がとてもモヤモヤするのはどうしてだろう?