第9話 仕事の後の鍛錬
警備隊として巡回にでたアグレイとフリッツ。
異変を感じたアグレイは現場に向かい、さっさと界面活性を鎮めた。
仕事の後、アグレイの姿は統括府の運動場にあった。
界面活性を抑えた後、巡回を終えてアグレイとフリッツは統括府に戻っていた。
いつも通り作業を分担し、フリッツは書類作成、実戦で活躍したアグレイは現在鍛錬に勤しんでいた。
統括府には、警備隊の鍛錬や職員が運動するために鍛錬場が設けられていた。統括府の本部から通路を隔てた別館に設置され、広い室内には器具や円形の走路が備えられている。
他の警備隊員も汗を流しているなかで、アグレイは一人離れた場所で黙々と腹筋運動をしていた。その修練に没頭する姿は、他人を寄せつけない雰囲気を放っている。
天井近くにある採光用の窓の外はすでに漆黒に染まっていた。
夜の屋内でもアグレイの姿が光に包まれているのは、統括府が燃料による自家発電で電気が使えるからである。
鍛錬場の天井には幾つもの電球が設置され、人工的な明かりを屋内に落としていた。アグレイの汗がその光を反射して煌めく。
侵蝕がイフリヤを襲う前は電気が使えていたのだが、発電所が侵蝕によって廃墟と化してからは修理することもできず、自家発電機を所持する統括府のみが夜でも照明による明るさを得ている。
公共の街灯や一般家庭では電気を使用できず、多くの家がロウソクを使用していることを考えると、光のなかで鍛錬できる自分は贅沢だとアグレイは思う。
そのせいでアグレイは余計に鍛錬に気合が入るのであった。
「よお。まだやってやがんのか?」
「……七二四。あ? フリッツか。報告書は提出したのかよ? 七二五」
アグレイは腹筋を止めずに応じた。壁にもたれているフリッツを素気なく見上げている。
「まあな。お前こそ、まだ筋肉虐めは続けるのか。俺は一杯引っかけるが。お前はどうするよ?」
「悪いが……、七三二。まだ物足りねえ。俺は残るから、七三三、勝手にやってくれ」
フリッツの半笑いが気になって、ようやくアグレイは動きを中断した。
「何だよ」
「いや、よくそんな修業みたいな真似ができると思ってよ。ひょっとしてキモチイイのか?」
「お前こそ、日常的に鍛えないで大事なときに役立たずだから、給料泥棒って呼ばれるんだよ」
「生憎な。今月はまだ二回しか言われてないんだよ」
鼻を鳴らしてアグレイが腹筋を再開すると、フリッツも壁から背を離して出口に向かった。だが、途中で足を止めてアグレイに向き直る。
「言っとくがアグレイ、無理はするなよ。怪我してるみたいだしな。今日の戦闘、左手を使ってなかったろ?」
フリッツは返事を待たずに、そのまま出ていった。
反論する機会を失ったアグレイは、見えなくなったフリッツの背に凝然と目を注ぐ。
フリッツは、昨日の喰禍との戦闘でアグレイが負傷していないのを知っていた。アグレイの異常に気づいていながら、その原因に言及しなかったのは、面倒は自分で片づけろと暗黙のうちに語っていたのかもしれない。
問題が大きくなれば、フリッツだけでなく警備隊が介入する事態になる。そうなれば、少なくともアグレイの望まない結末になるはずだった。
その想像を働かせるだけの知恵がフリッツには備わっている。そのことは、長年の交友を持つアグレイには分かっていた。
「はぁーあ……」
アグレイは溜息を吐いて寝そべった。
痛む左肩を押さえてしばし黙考し、相棒の忠告に従うことにする。それでも筋肉をほぐす柔軟体操を怠らず、それを終えてから鍛錬場の門を出た。
はい。アグレイの強さの秘密は筋トレでした。(脳筋)
フリッツは気が利くので、アグレイにそれとなくアドバイスすることも多いですね。
ここで給料泥棒と言われているフリッツですが、軽薄な雰囲気のせいで周りからそういう扱いを受けています。
本人は冗談っぽく流していますが、こういうのって意外と気になりますね。