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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第49話 アオゾラ

アグレイとアルジーは最後の戦いを始めた。

完蝕されたアルジーの強さに押されるアグレイだったが、気迫で実力差を乗り越えて勝利を収める。

最後に記憶を取り戻したアルジーが灰となって消えていき、それを見送るアグレイを太陽の光が包んでいた。

「もう、この街も終わりじゃないか」


「子ども達だけでも、統括府に避難させた方が……」


 孤児院の職員が囁き合うのをレビンは聞いていた。大人は内緒にしているつもりらしいが、異変が起こっていることはすでに気づいている。


「レビン、なかに入りましょう。みんなは遊戯室で遊んでいるのよ」


 職員が促しても、レビンは頑として動かなかった。


 アグレイとキクお姉ちゃんが見せてくれると約束した、アオゾラとかいうのを見るために、玄関先で、ずっとレビンは待っている。


 困ったように女性の職員が天を見上げ、驚愕の声を漏らした。


 レビンも不思議に思って空に目をやった。


 レビンにとっては当たり前のものであった曇り空が引き裂かれ、その奥に得体のしれない輝きが見えた。突き抜けるような青い広がりと、眩しすぎて直視できない光の塊。


「嘘。青空だわ」


「アオゾラ?」


 レビンが聞き返すが、職員は答えずに慌てて室内に駆け込んだ。すぐに、大人達が集まって空を見上げ、喝采を上げた。


 大人の騒ぎにつられて、子どもも外に出てきた。それまで当然と思っていた灰色の空が、いきなり青く染まっているのを見つめ、みんな目を丸くしている。


「青空だ! 雲が晴れたぞぉ!」


「太陽なんて、何年振りだ?」


「あれが、アオゾラ?」


 レビンが呟いた。


 突如、胸を突き上げるような歓喜のままにレビンも、狂ったようにはしゃぐ大人に混じって声の限り叫んだ。


「アオゾラ! アオゾラ!」





 市民が避難している最後の防衛線を背にして、フリッツは荒い息を吐いた。


 フリッツは警備隊の残存勢力を率いて、抵抗を止めることはしなかった。多くの隊員が死傷し、フリッツを含めた数少ない隊員も、喰禍に追い詰められつつあった。


「もう無理だよ、フリッツ。俺達も統括府に戻ろう」


 フリッツは弱音を吐いた男を張り飛ばした。


「バカ! アグレイや新入りが頑張っているのに、俺達だけ逃げられるか。一人でも多くの市民を逃がすんだ。死ぬまで戦うぞ!」


 いつもと違うフリッの迫力に隊員達は反論を飲み込む。


 フリッツが真っ先に喰禍の群れに飛び込んだ。


 数体の喰禍を倒したとき、背後の不意打ちを受けてフリッツは剣を落とす。覚悟を決めたフリッツに強敵である蟲騎士が迫った。


 突然、喰禍が動揺した様子を見せる。


 戦況は喰禍が圧倒的に優勢のはずなのに、なぜか我先にと界面活性に逃げ込んでいく。フリッツ達はそれを眺めているだけだった。


 喰禍が消えると、事態を理解できない警備隊は顔を見合わせ、一人の隊員が空を指差した。


「あ、あれ……」


 その場の全員が視線を上空に向ける。


 隊員の多くが子どもの頃に見た覚えのある蒼穹が、陰気な曇天を払拭して広がりつつあった。


「アグレイ……。あいつ、本当にやりやがった! やった! やったぞ!!」


 フリッツの歓声に、警備隊が遅れて大声を張り上げた。





「リューシュ君、大丈夫か」


 覚束ない足取りで進むユーヴが、道路に座っていたリューシュに声をかけた。


「まあ、ユーヴ。無事で何よりですわ」


「彼らは、どうしたんだい」


「ええ、先に行きましたわ。わたくしも、アグレイとキクのお手伝いに向かおうとしたのですけれど、足が動かなくなってしまって……」


 リューシュが白くなった肌を微笑で誤魔化した。


 リューシュが腰かけている場所まで、引きずったような血の跡が路面にあったのを、ユーヴは見ていた。


 空から降り注ぐ温かな光に気づいて、二人は空を仰ぐ。


 そこに曇天の隙間から覗く、目に染みるような蒼天が存在しているのを確認し、二人の緊張感が緩んだ。


「ああ、アグレイとキクが頑張りましたのね。これで、ゆっくり休めますわ……」


 そう言って、リューシュが横倒しに崩れた。その脇腹から噴き出る鮮血が、たちまち路面を血溜まりに変えていく。


 ユーヴは急いでリューシュに近寄った。


「リューシュ君、すぐに手当てをしないと……」


 自身も重傷を負っているユーヴはリューシュへと足を進めたが、彼女まで辿り着けずに膝を折る。


 倒れたユーヴがそれでも手を伸ばしたが、リューシュに届く寸前で指先は路面に落ちた。





 ばぁばは、いつも通り家事を済ませていた。


 いつ孫が帰ってきても恥ずかしくないように。


 やることもなくなって、ばぁばは茶を飲んでいた。珍しく、家族五人で映った写真立てを机上に置いて、孫の、いや、孫達の帰りを待っている。


 祈るように、きつく握られた茶碗が揺れていた。


 どれだけの間、そうしていたのだろうか。


 気づいたときには、窓から差し込む光が強くなっていた。


 一二年振りの日差しが注がれた室内を見渡して、ばぁばが窓を開けると、晴れ渡った空が老いた瞳に眩しかった。


「あの日も、こうやって家族の帰りを待っていたんだっけ」


 無心にばぁばは呟いた。そして、名状しがたい表情を浮かべる。


「アグレイ、よくやったね。辛かったろうに……。あんたは……偉いよ」


 ばぁばは写真立てに目を向けた。


「ランディ、ソフィー。あんた達の息子は立派になったよ」


 写真のなかで、仲睦まじい夫婦は微笑んでいた。





 柔らかな温かさで包み込む光の輪のなかで、アグレイは耐えきれずに嗚咽を漏らしていた。


 地面に突っ伏して、ひたすら弟の名を呼ぶアグレイの双眸から滴る雫が、花弁となって大地を濡らしている。


「強くなったと思ったのに……。俺、まだ泣き虫だったよ……」


 アグレイの言葉は、それ以上音声にならなかった。


「……」


 キクは、離れた場所で泣き崩れるアグレイを見つめていた。


 イフリヤ市では、みんなが青空に目を奪われているなかで、唯一目線を落としてアグレイの姿を瞳に映しているのは、キクだけであった。

ここですね。

フリッツが危うく死にそうになっているところです。

キクたちがアグレイを先に行かせアルジーと戦うのを早めたおかげで、フリッツは死なずにすみました。

ユーヴやリューシュが残ったのも単にタイマンがやりたかったわけではないのです。ええ、後付けではないですよ、断じて絶対、いや、ホントです。


あと、ここはレビンの「アオゾラ!」が可愛いです。

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