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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第44話 リューシュの戦い

完蝕された子どもたちを操っていたのは、赤ん坊の姿をした喰禍だった。

ユーヴは子どもたちを無力化、外道な喰禍も粉砕する。


その道の先では、リューシュとベルたちの戦いが始まっていた。

 リューシュは、前方と左右から迫りくる三者のうち、誰にも狙いを定められなかった。


 弩を盾にしながら後退する。弩の表面に打撃音が集中するが、木製であっても蝕器は簡単には壊れない。


 攻撃を防いだリューシュが弩を振り回すと、三人は素早く距離をとった。


「威勢がいいのは最初だけね、お嬢ちゃん。そう縮こまってちゃ、つまらないじゃないの」


 ベルが侮蔑の笑みとともに嘲りを吐いた。ことさら声に抑揚をつけたのは、有効打を奪えない苛立ちから挑発してみせたのである。相当、短気な性格のようだ。


 まだ人間であった二二歳当時、年下からは敬慕され年上には畏敬されたベルは、誰からも『ベル姐』と呼ばれていた。


 徒手格闘術では無類の強さを誇り、血気盛んだったアグレイですら模擬戦闘ではベルに勝ち越すことはなかった。


 だが、男に囲まれた職場に順応した結果か、ベルは誰よりも男っぽかった。口より先に手が出る辺り、アグレイを超えて粗野だった。


 その野蛮さと美貌を兼ね備えたベルに恋慕する男が大勢いたのも事実だったが。


「……」


 リューシュは無言で、番えた矢をろくに照準することもなく射った。


 まんまとけしかけられたわけではなく、リューシュ自身も戦闘の流れを変える必要があったのを理解していたのだ。


 ベル達の中央に着弾した光条は爆音を上げ、再び粉塵を中空まで噴き上げた。


 相手に目潰しを食らわせたリューシュは手早く弦を張る。


 今度は破片が四散して広範囲の敵を殺傷できる茨の矢だ。これならば標的を正確に狙わなくてもよいし、運がよければ三人をまとめて倒せるかもしれない。


 その動作は普段のおっとりした姿とは見違える俊敏さだったが、砂煙の幕を割って二手に別れたフランツとヘンリが突進してくるのに意表を突かれた。


 身構えるリューシュと擦れ違いざまに、二人は踵でリューシュの膝の裏を蹴りつける。


 膝を屈して膝立ちになったリューシュの視野に、猛然と疾走してくるベルが映った。勢いそのままの中段蹴りが胸に直撃し、リューシュが吹っ飛ぶ。


 右半身から地に叩きつけられ、慣性のまま滑走する。弩を大事に抱えていたせいで受け身も満足にとれなかったリューシュが激痛に身を震わせた。


「痛いー? お嬢ちゃん。これが戦いなのよ。数が多くて卑怯だなんて言わないでよね」


 リューシュは苦しげに身体を捻った。と、見せかけて矢が射出される。


 反応の速いベルが横飛びで安全圏へと逃れた。


 それに釣られてヘンリも避難したが、逃げ遅れたフランツがその餌食となる。飛び散った鋭利な刃に切り刻まれたフランツが塵となった。


「へぇ、ただのお嬢ちゃんじゃないわね」


「ええ、わたくしも生半可な気持ちで残っているんじゃないですの」


 ベルとヘンリが退いた隙にリューシュは次弾を弩に装填した。


 茨つきの矢の特性を看破したベルが、ヘンリに指示を下す。


「面白いね。ヘンリ、一人でやってみなよ。密着すればたいしたことないからさ」


 ヘンリは頷くと、上体を丸めて腕で頭部を防御した姿勢で突っ込んできた。


 ヘンリは拳闘で知られた男である。拳の連打でリューシュを圧倒し、あっという間に壁際まで追い詰めた。


 苛烈な攻勢に晒されながらもリューシュは懸命に守備を固め、茨の矢をいつでも発射できるように指を引き金に当てている。


「ヘンリ、離れるんじゃないよ。お嬢ちゃんは広範囲の武器を準備している。あんたが近くにいれば攻撃できない。自分も巻き込まれるからね」


「そんなもの、わたくしを封殺する材料にはなりませんわ」


 リューシュは迷わず引き金に添わせた指に力を加えた。


 解き放たれた矢はヘンリのすぐ背後の地面に命中、ばら撒かれた砕片がヘンリの背中を弾けた石榴のように破壊した。


 ヘンリを盾にしたリューシュも無傷では済まない。ヘンリの肉体を貫通した幾つかの輝きが、リューシュの柔らかい肌にまで食らいつく。


 ヘンリは棒のようにうつ伏せに倒れ、湯気が立つように粒子が分解していった。


 弩を杖の代わりにして身体を支えるリューシュは、肢体の端々に赤い線を走らせている。額を切ったのか、血に染まった頬に金髪が張りついていた。


 ベルは腕組みを解いて言った。


「お嬢ちゃんのこと、ちょっと見くびっていたみたいだね。本気で相手をしてあげるよ」


 それは消極的な称賛だった。ベルは相手の力量を認め、初めて本格的な戦闘態勢をとる。


 それを目にしたリューシュも弩を構えた。捨て身の戦法は多用できないと考え、リューシュが次に用意したのは通常の矢だった。


「そのままの方が、わたくしとしては戦い易かったのでしょうけれど」


 ベルは細身であっても、その迫力はアグレイに劣らなかった。


 ベルが不意に身を沈めた、と思ったときには最高速に乗ってリューシュの目前まで到達している。逆巻く風がベルの紅茶色の髪をかき乱し、血染めの羽衣を纏うようだった。


 咄嗟に対応できず棒立ちのリューシュに、一呼吸で三発の打撃を見舞う。弩を弾いて続けざまの右腹部打ち、拳を入れ換えるように左昇拳がリューシュを捉えた。


 たたらを踏んで後退するリューシュを回し蹴りが襲い、地面と平行に飛ばされて閉鎖した商店のガラス窓を粉砕すると暗がりに落下した。


 ベルは体重が軽いだけ単発の威力は低いが、速さと小回りでアグレイを上回っている。

完蝕されたことで能力が向上していることを考慮すると、単純な身体能力はアグレイやキクを凌ぐのではないかと、リューシュは明滅する視界に困惑しながら思った。


「どうしたのー? まさか、これで死んじゃったなんて言わないでよ。せっかく気分が盛り上がってきたんだからさ」


 朽ち果てた店内を無遠慮にベルが覗くと、闇を切り裂いて矢が飛来した。


 事も無げに体を開いて避けると、続いてリューシュが飛び出してくる。


 弩でベルを押し潰そうとするような浅はかな行為に嘲笑を浮かべ、自ら仰のけに倒れつつリューシュの腹を蹴って巴投げに返した。


「あぁッ」


 ベルは回転しながら遅滞なく立ったが、リューシュは背中を強打し、それまで気丈に耐えていたものの初めて苦痛の呻きを漏らした。


 よろめいて身を起こしたリューシュを目がけ、野生動物のようにしなやかな身ごなしでベルが迫った。


 かろうじてリューシュが矢の穂先を向けると同時に、ベルが弩を蹴り上げる。その反動で誤射された矢は、鏡写しの流星のように天空へと放たれた。


「悪い子ね」


 ベルに手をねじ上げられて、さすがにリューシュが弩を手放した。


 掴んだ腕を一本背負いに繋げ、投げ飛ばされたリューシュが顔を上げたとき、ベルが傲然と見下ろしていた。


「ま、こんなものね。そこそこ楽しめたけど、続きはアグレイとやることにするわ。私の方が強いんだから、勝つのは決まってたのよ。無駄な戦いだったわね、お嬢ちゃん」


 浅葱の瞳が、すでにリューシュに興味を失っていた。それを敗者の視点で見上げると、リューシュの翡翠の双玉に何らかの意志の炎が灯った。


「あなたは、『強者たるがゆえに、我は敵に打ち勝つ』と言うのですね。その言葉には、一つの誤謬がありますわ。……強者が常に勝者の側になるとは、限りませんもの」


「学があるらしいけどね、お嬢ちゃん。私にも分かるように言ってくれない?」


「確かにあなたは、わたくしよりも強いかもしれません。ですが、勝つのはわたくし、ということですわ」


「へえ……? 言い忘れていたけど、あんたみたいに知識をひけらかす奴って、大嫌いなのよねえ、私」


 ベルが拳を握りしめるのを見ながら、リューシュはある会話を想起していた……。


 それは、まだ四人で地域を警備していたときの何気ない会話である。


『リュー、あんた接近戦になったら打つ手がないだろ』


 そう言ったアグレイは、リューシュが肯定すると楽しそうに両手を顔の高さに上げた。


『じゃあ、打撃くらい覚えたらどうだ。例えば正拳だったら、腰を落として両手の力を抜いて構える。で、手と腕を平行にして、打つ!』


『ちょっと! リューはそんなこと覚えなくていいの』


 キクがアグレイを遠ざけた。戸惑うアグレイを尻目に、キクが講釈を引き継ぐ。


『でも、襲われたときに有効なのはカニ挟みかな。簡単に相手を転ばせられるの。こう……』


 キクがいきなり寝転ぶと、アグレイの脛と膝裏を足で挟んで身を捻った。自然とアグレイは俯せに倒れる。


『ね?』


『ね、じゃねえぞ、キク! 何しやがる!』


 リューシュをほったらかして勝手に喧嘩を始めた二人を眺めていると、横から軽薄を装った声がかけられた。


『まったく、あの二人ときたら。リューシュ君は、あんな野蛮なことする必要はないさ』


 リューシュが言葉の意味を尋ねると、ユーヴはもったいぶった口調で答えた。


『君の武器は、その笑顔さ。もし窮地に陥ったとしても、まあ適当な嘘でも吐いて敵の目線を逸らすんだ。問題は隙を作ること。何、君が微笑を浮かべていれば、敵は疑念を抱かずにはいられないよ』


 リューシュは三者を見渡して、ただ笑っていた……。


「覚悟はいいわよね、お嬢ちゃん?」


 リューシュは意識して余裕を保った微笑を面に浮かべる。


「いえ。それは、あなたのことですわ」


「何さ、どういうこと?」


「わたくしの武器は蝕器ですの。本気になれば、遠隔操作してあなたを背後から狙撃することもできますのよ。……覚悟はよくて?」


「そんなバカなこと……!」


 口では否定してもベルは目を向けざるをえない。転がった弩には矢も番えられず、射撃できる状態になかった。


「えいッ」


 無論、遠隔操作などできないリューシュは、必死にベルの腰にしがみついた。


「騙したね! お嬢ちゃん!」


 ベルが殴りつけてリューシュを引き剥がす。すかさずリューシュは寝転んだ体勢でベルの両足を自身のそれで挟むと、キクを真似て身を捻った。


 予想しなかった技を受け、体術の専門家としてはやや無様にベルが地面に這いつくばる。


 リューシュは急いで弩を手にしようと走った。遅れたベルが時間差をものともせずに、リューシュの背に追い縋る。


「お嬢ちゃん、私を怒らせたね! これで終わりだ!」


 ベルは手刀をリューシュの背中に突き入れる。


 ここでもリューシュはベルの予測を裏切った。即座に反転すると、アグレイの言葉を脳内で再生して、不器用ながら身体を動かす。


「腰を落として両手の力を抜く。そして、手と腕を平行にして、打つ!」


 偶然の産物でリューシュが手刀を躱し、その正拳がベルの頬を打った。その一撃は効いたようだったが、格闘を得意とする意地にかけてベルは踏み止まる。


 リューシュが弩に辿り着いて矢をつがえたとき、ベルがリューシュの後背に立った。


 矢だけは装填できたが、リューシュは弩を手にとることができず、その射線を自身の身体で塞いでいる。


「悪あがきは立派だったわ。お嬢ちゃん、さよなら」


 ベルの手刀が脳天に届く寸前、リューシュは弩に覆い被さって引き金を弾き、自分ごとベルを射った。


 矢はリューシュの脇腹を掠め、ベルの腹部の中心を正確に貫いた。


 十数秒後、身体を分断され上半身だけを横たえたベルは、死期を悟って穏やかな顔をしていた。


 リューシュも立ち上がる気力は残されていないようで、ベルの隣に横たわって彼女の横顔を見やっている。


「負けたよ、お嬢ちゃん。このベル姐が、こんな醜態を晒すとはね」


「わたくしが勝てたのは、仲間がいたからですわ」


「ふうん。仲間かあ。……私もこんな身体になってまで会いたい奴がいたんだけど、結局叶わなかった、か」


 ベルが重い溜息を漏らし、目を閉じた。


「もう一度、あのにやけ面を見たかったんだけどね……」


 ベルの死に際を目にすることを嫌って、リューシュは顔を逸らしていた。

リューシュの頑張る回です。

格闘の弱いリューシュが残るのもどうかと思うし、アグレイたちと協力して戦った方が楽じゃん?と思う方もいるでしょう。

でも!ここはボコボコにされるリューシュを私も見たかったからです。

額から血を流すリューシュは色っぽいですね(迫真)


ベルも特別な人物です。

完蝕されているのに自我があるのは、それだけ強い存在だったというイメージです。

後は本人も言っていますが、自我が無くなるくらいなら侵蝕を受け入れてアルジーに自我を残してもらったようです。

なかなか割り切った女性ですね。

ベルが言うように、老化しない肉体になるのだったら完蝕されるのを受け入れる人もいるかもしれません。

それとベル姐さんも美人の設定です。

さてはテメー、美人同士の戦いを書きたかっただけだな!

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