第39話 仲間
アグレイたちを先に行かせるために一人残って喰禍と戦うフリッツ。
剣が折れて危機に陥ったフリッツの元へ、ユーヴとリューシュが駆けつける。
一方、アグレイとキクも大量の喰禍に囲まれて立往生していた。
アグレイは色濃い焦燥を面に浮かべていた。
三方からの喰禍の流れは十字路に入って合流し、すでに大河となっている。圧迫感を肌に覚えた二人は、足裏を擦るようにじりじりと後退していた。
そのまま二人は黒い奔流に飲まれてしまうかに思われたが、後背から騒々しい足音が響いて援軍の存在を知らしめる。
「やあ、二人とも。まだ無事だったか」
「わたくし達もご一緒しますわ」
「ユーヴ、リュー。お前らまで……」
アグレイは不甲斐なさそうに唇を噛んだ。
誰にも秘密にしておくはずだったのに、結局アグレイはフリッツ、キク、ユーヴ、リューシュに助けられている。
アグレイは己の無力を責めたが、全てを一人で抱え込もうと欲するのは責任や義務感ではなく、自己満足に近い心理であることを彼は自覚していなかった。
「リュー、来てくれたんだね。ありがとう」
「ええ。当然ですわ」
「僕もいるけどね」
ユーヴは苦笑を収めると、まだ苦い表情をしているアグレイに向き直った。
自称詩人は、年少者を窘めるため心持ち胸を反らす。
「それにしても、アグレイ君。僕達を除け者にするとは、他人行儀に過ぎるんでないかい」
「そうですわ。わたくし達は、同じ釜の飯を食った仲間じゃありませんこと」
「だが、これは俺の問題だ。本当なら俺一人で解決すべきなんだ」
「事ここに至った時点で、君だけの問題ではないのだよ。人々の命数に関わることならば、みんなで協力するのが道理だろう」
アグレイが黙り込むと、珍しくリューシュも手厳しい発言をした。
「一人で何でも背負いこむのは覚悟ではなく、過信と呼びますの。履き違えてしまっては、身の破滅を招くだけでなく、他者まで不幸にしてしまいますのよ」
アグレイは俯いていたが、顔を上げたときには友人の意見を消化した理解の光が瞳に宿っていた。
「分かった。お前らに少し甘えてみようか。……早速だが、あの喰禍どもを始末するには、どうしたらいいんだ」
アグレイが顎で示す先には、波濤のように押し寄せる喰禍の大群があった。
一行が悠然と会話している最中も喰禍は前進を続け、すでに指呼の間にまで詰め寄られている。
逃亡を図って逃げられる距離でもないが、それを知っていつつ余裕があるのが、如何にもこの四人らしい。
「うむ。僕に考えがある。まず、僕を全力で守ってほしいんだけど」
「イヤよ」
「そこまで感情的にならんでも……」
キクのにべもない反応にユーヴも少し悲しそうだった。
「守らないまでも、時間稼ぎしてくれれば足りるんだがね」
「分かった。ユーヴに任せよう。じゃ、やるぞ」
アグレイたちは喰禍に相対する。
「では、敏捷の詩、守護の詩、強力の詩だ。頑張ってくれたまえ。あ、リューシュ君はこっちで僕と一緒に……」
「あんた、リューに変なことする気じゃないでしょうね!」
「ははは、僕も時と場合を弁えているさ」
リューシュの手を引いて遠ざかるユーヴは、キクの荒々しい声を受け流して建物の陰に隠れた。キクはその後ろ姿から鋭角的な視線をひっぺがして、それを喰禍に突き刺した。
「キク、行くぞ」
「望むところよ」
アグレイとキクは、恐れることなく喰禍の群れに突入していった。
ユーヴによって能力を底上げされた二人には、岩魔など障害にもならない。接触した瞬間、岩魔の破片が宙に飛び散り、アグレイとキクは敵陣の深くまで踏み入っている。
物陰に身を潜めたユーヴは口早に説明を始めた。
「リューシュ君。済まないが、僕を狙う敵は君に任せるよ。何せ、僕はこれから無防備になってしまうからね」
「……分かりましたわ」
ユーヴが万年筆をとりだして手早く文章を書き始めた。
手前の空間が文字式で埋まると急に走り出す。ユーヴが走りながら文字を書き殴り、リューシュはそれに従った。
ここから四人の仲間での戦いになります。
キクはユーヴをかなり嫌っていますね。初対面の印象が悪すぎたんでしょうか。
年上なのに何の役にも立たない(とキクは思っている)ユーヴなので、マジメなキクは嫌うのかもしれません。
でも、リューシュだってあまり変わらない気もしますけど。
完全なひいきですよ、これは。