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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第37話 相棒、フリッツ

喰禍の大群が出現したことで、警備隊は戦力を招集していた。

アグレイは一人でアルジーとの戦いに赴こうとするが、キクにはお見通しだった。

アグレイとキクは二人で戦うことを決める。


一方、統括府では警備隊が喰禍を迎え撃つ作戦を立てていた。

そのなかでフリッツはアグレイの姿が見えないことに気付き、さりげなく行動を起こす。

ユーヴとリューシュも、そのフリッツの様子を見ていた。

 イフリヤの中心を軸のように貫く大通り。


 それが、今は禍大喰となったアルジーが居城とするサクラノ公園に至る道程だった。両脇を背の高い建造物に挟まれて、かつて往来が盛んだったこの場所も、現在は人影が絶えている。


 無人の寂寞をアグレイとキクの靴音だけが満たしていた。


 急がなければならないが、目的地はまだ遠い。体力を消耗しない程度の速さで二人は走っている。それでも常人と比べれば、かなりの速さだ。


 この道路には侵蝕された場所が無く、敵の妨害に遭わずに済んでいた。


 高く響いていた足音の調律が不意に乱れて緩やかになる。


 やがて音は途絶えた。二人が立ち止まったのは、目前に招かれざる相手が徒党を組んでいたからである。


 岩魔。その数は十体ほどで、本来なら緑の体表が黒に変わっているのが異質だった。


「この数じゃ足止めにもならねえぜ、キクは下がってろ」


「二人の方が、早いに決まってるでしょ」


 素直に従うはずもなく、キクが彼の横に並ぶ。アグレイは鼻を鳴らしただけで、文句を放つことはなかった。


 アグレイが先制して、強化した拳を先頭の岩魔に叩きつけた。


 アグレイの一撃は鈍い衝突音を残し、よろめいた岩魔の頭部に幾何的なヒビが走る。打撃の外傷はそれだけで、岩魔は踏み止まると逆襲の棍棒で殴りつけてくる。


「く、倒せないだとッ?」


 剣状化したキクの右脚も、いつもならば岩魔を泥のように斬れるのに、刃が入っても切断に至らず、キクは体勢を崩した。


 そこを岩魔につけこまれ、キクは後退せざるをえなかった。


「こいつら、普通の岩魔より強いわよ?」


 この岩魔達は、禍大喰の直属の指揮下にある特別製の喰禍であった。


 岩魔に限らず、禍大喰直属の喰禍は同じ種類であっても能力が向上している。アグレイ達はそのことを知らないが、彼らにとっては強敵であるという認識だけで充分だった。


 岩魔程度なら多少強くなっても、力量差が開いているだけに二人の敵となることもない。あっという間に岩魔は全滅した。


「くそ、意外と手間どっちまった」


 苛立ったアグレイが声を荒げると、騒ぎを聞きつけたのか横道から新手の岩魔がわらわらと出てきた。目算で三〇体はおり、先を急ぐ二人にとって構っていられる数ではない。


「ちッ。キク、あいつらは放っておいて行くぞ」


「でも、放置して他の人が襲われたり、私達が挟み撃ちされたりするかもしれない」


 キクに指摘された初歩的な問題を見落としたことに気づき、我知らず焦慮していたことを自覚したアグレイは冷静になった。


 ここであの岩魔を見逃せば、誰かが襲われる可能性もある。


「そうだな。よし、さっさと片づけようぜ」


 来た道を半円状に塞がれ、二人が戦闘態勢に移ったとき、突然の闖入者が現れる。アグレイの横の小道に人影があった。


「その必要はないぜ」


「フリッツ……?」


 亜麻色の髪をした男はアグレイの隣に立つ。この状況でも相変わらずの表情を保っているのは、称賛に値した。


「お前、何でここにいるんだ。命令違反じゃないのか?」


「おかしなこと言うじゃねえか。お前こそ、俺に内緒で彼女と逢引とは、水くさいぜ」


「そんなんじゃねえよ」


 アグレイの語気は穏やかだが、顔は険しい。目線で岩魔を牽制しているのに加え、フリッツの意図を掴みかねているということもあった。


「お前の考えは知っているぜ。お前らで、禍大喰とかいうのを斃すつもりなんだろう。ユーヴが、そうすりゃ喰禍は逃げていくと言っていたしな。俺達が逆転するには、その手しかない」


 アグレイは納得したように頷く。そして、心苦しげに眉をひそめた。


「せっかく応援に来てくれても、お前を連れていけないぞ……」


「ああ、分かっている。俺じゃ足手まといになるだけだろうな。だから、岩魔の足止めは俺に任せてくれ」


 フリッツが一歩進み出ると、岩魔はさざ波立つように剣呑な気配を放った。アグレイが制止しようとフリッツの肩を掴む。


「待て。ただの岩魔じゃない。お前じゃ、足止めも難しいんだよ」


 アグレイの手を払った相棒の力が予想外に強い。


「警備隊は限界だ。全滅を免れるには、もう禍大喰を斃すしか残された手段はないし、実行できるのはお前らだけだ。それに、俺も少しは相棒の役に立ちたい。……どうだ、反論できるかよ。お前にはお前の役目があるんだ。雑魚に関わっている暇は無いんじゃねえか」


 約五年もの間、一緒に戦い続けてきた相棒にアグレイは視線を注ぐ。


 アグレイは一瞬だけ瞳を揺らめかせると、キクに目配せを送った。


 キクは心得て、無言で駆け去っていく。去り際にフリッツの横顔を気遣わしげに見やったのが、彼女の心情を暗黙のうちに示していた。


 一人が逃げたことで、岩魔は誘われるように前進し始めた。


 フリッツが一挙動で剣を抜き放ち、先頭の一体に突きつけた。鼻先で白刃が威嚇の光芒を発すると、岩魔は圧倒されたように立ち止まる。


「アグレイ、行け」


「フリッツ……」


「他の連中はよ……!」


 アグレイの声を遮るように、フリッツが声高に発した。


「俺のことを陰で、『アグレイの後ろに隠れて生き延びているだけのお調子者』と呼ぶ。それが事実だから、俺は何も言えずに素知らぬ振りをするだけだった。


 俺は知っているぜ。お前がそれを聞くと、いつも相手を叩きのめしているって。そして『確かにあいつはお調子者だ。だが、いい奴なんだ』と言っているのもな」


 どのような表情をすればいいのか迷って、アグレイは目線を下げた。


「お前の『だが』って言葉に俺は救われてたんだ。今回ばかりは、俺が手助けさせてほしいんだぜ、アグレイ」


 アグレイはフリッツの思いに報いる方法は一つであると覚った。アグレイは身を翻す。


「バカだぜ、お前。だが、やっぱりお前はいい奴だ」


「ああ。俺を犬死にさせるなよ」


 二人目の人間が背を見せると、岩魔がこれ以上は逃がすまいと追い縋り、フリッツが迎撃する。鋭い振りで眼前の三体に斬り込んだが、表面に刃が立たず跳ね返された。


「なるほどな。手応えが違う」


 フリッツは慌てずに呟く。


 縦横から乱れ飛ぶ棍棒を避けつつ後退、両側の斜めの敵に刺突を放って足を止め、一体だけを突出させる。


 そいつの眼に当たる部分に突きを入れると、刃先は眼球を破って後頭部まで貫いた。灰となる岩魔を前に、フリッツの茶色の瞳が輝いた。


「弱点はあるってことだな。それなら、俺にもやりようはあるぜ」


 横殴りの一撃に対して上体を反らしつつ、伸び切った岩魔の関節を的確に狙う。


 斬撃とともに岩魔の腕が宙を飛び、近くにいた別の一体の頭部を直撃した。無防備に仰け反る岩魔の右目、腕を失った奴の左目に鋭利な尖端が侵入し、瞬時に灰塵と化す。


 同胞を殺された怒りからか、殺意を具象化したような棍棒の応酬がフリッツの身を覆う。


 暴風に舞う紙片の如く、フリッツは頼りなげに舞っていても、凶器が彼の肌を掠めることはない。


 アグレイの瞬発力に及ばずとも、フリッツは人並み以上に身軽だった。


 長きに渡ってアグレイの背を守ってきた人物である。弱いはずがなかった。フリッツの手元から直線的な光が走るたびに岩魔が消失していく。


 岩魔はいつしか逃げた二人ではなく、フリッツを討ちとることに躍起となっていた。まだ二〇体を超える岩魔の集団は、一人の男のために混乱を余儀なくされた。

フリッツ回です。

さすが相棒で、アグレイの考えを読んで一番乗りで応援に駆けつけました。


フリッツは、無類の強さを誇るアグレイの影に隠れて生き延びてきたとバカにされることが多かったようです。

アグレイはそんなフリッツをバカにした相手を黙らしてきたことで、フリッツは恩義に感じていました。

飄々とした態度の裏で、実は熱い男でした。

フリッツー!

ですが、強さは凡人なのであまり役には立たないかもしれません。

自分でもそれが分かっていて時間稼ぎを買って出たようです。


禍大喰直属の喰禍は色が黒く、普通の個体よりも強いため、フリッツでは余計きつそうです。

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