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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第36話 反撃の刻

街のなかに大量の喰禍が出没、界面活性も激化していく。

警備隊に配属された一同は激務のなかで一緒に食事をする機会も減っていた。

そのなかで、アグレイはばぁばに禍大喰がアルジーであること、アルジーと戦う決意を語るのだった。

 その日、夜明けとともに喰禍は大攻勢をしかけてきた。


 占領された九カ所の侵蝕域からほぼ同時刻に、蟲騎士を指揮官とする三〇体ずつの喰禍が現れたのだ。


 総数二七〇体ほどの敵勢は、衰弱した統轄府の手には余る巨大な相手だ。それでも統轄府は住民を守るため、警備隊と警官隊を総動員して迎撃に向かわせる。


 勤務を終えて統轄府に一時帰還していたユーヴとリューシュは、予備戦力として待機を命じられていた。


 自宅にいたアグレイとキクにもこの報は届き、至急統轄府に出仕するよう要請される。二人は黙々と準備を始めたが、このときアグレイは胸にある意志を固めていた。


 出勤をばぁばに見送られる際、アグレイは足を止めた。


「キク、ちょっと先に行っていてくれ」


「え? うん」


 アグレイはキクが玄関を出るまで待っていた。そこには、余人を介入させたくないこの男の意識が見てとれた。


「ばぁば、こうなったのも、あのとき俺がみんなを見捨てて……」


「止めなよ。もう何度も聞いたことだよ」


「ああ。でも、アルジーのことは俺に責任がある。だから今日、過去の清算をしてくるよ」


 アグレイは掌を見つめた。そこに、握るべきであった何かの幻影を追い求めるように。


 ばぁばは、寝不足気味で重い双眸を孫に注いだ。


「あんた一人で?」


「責任は俺にあるんだ。あいつらを巻き込むわけにはいかない。……もしかしたら、もう帰ってこれないかもしれない。だから、今のうちに言っておくけどよ、ばぁば。……ありがとよ」


 ばぁばに名を呼ばれたようだが、アグレイは振り返らずに玄関から足を踏み出した。






 アグレイの言いつけ通り、キクは先に統轄府に向かったようだった。


 アグレイは一人で統轄府に続く道を歩く。だが、その目的地は違う。道を曲がった先には、コバト院があった。


 無理を言ってレビンを呼び出し、すぐに怪訝そうなレビンが玄関口に顔を見せる。


「アグレイ。どうしたの、こんな朝から」


「おう、悪いな。すぐ終わるぜ」


 子どもながらに、レビンはアグレイのただならぬ雰囲気を察した。アグレイがレビンに目線を合わせてしゃがむと、少年が小首を傾げる。


「あのな。前から思ってたんだが、お前の瞳は、青空みたいな色をしているんだぜ」


「アオゾラ……?」


 その言葉どころか、それの意味する現象を見たこともない少年にとっては謎の単語だった。どこか透明さと大らかさを感じさせる響きを口ずさむと、レビンは当然その意味を尋ねる。


「それ、何なの?」


「お前は見たことないだろうけど、凄いんだぜ。まあ、一度見れば分かる。それでよ、これから俺が青空を見せようと、思ってよ……。だから、レビン。待っていてくれるか」


「キクお姉ちゃんは?」


「いや、キクは……」


「一緒に行くに決まっているでしょう!」


「だあッ? キク、何でここに……」


 アグレイが振り返ると、キクが腰に両手を当てて上体を傾け、傲然とアグレイを見下ろしていた。額には青筋が浮いている。


 その迫力に、アグレイが恐れをなして頬を引きつらせた。


「あんたの朝の様子を見ていれば、どんなバカでも感づくわよ。だから、隠れて尾行してみたら、案の定一人だけ抜け駆けしようなんて……!」


「ま、待てよ。一応、俺なりの覚悟があるという前提を考慮してだな……」


「うっさい!!」


 キクの怒号に、アグレイは頭を抱え込んで黙った。


「二人とも、仲がいいのは結構だけど朝っぱらには重いんだけど」


「レビン! そんなんじゃないの!」


「はい……」


 かしこまった男二人を睥睨してキクが胸を反らす。


「とにかく! 私も一緒に行くからね。異論と文句は受けつけません」


「わ、分かった。レビン、予定が変わったが俺とキクで必ず青空を見せるからな」


「アオゾラっての、どうしてたら見れるのさ」


 アグレイはレビンの頭に手を置いて、ぐりんぐりんと大きく回す。


「待っていれば、見られるよ。『兄ちゃん』が、約束する」


 レビンが目を見開いたとき、アグレイはすでに遠ざかって背中越しに手を振っていた。


 キクもレビンの頭髪に指を絡めると、軽やかにアグレイの後を追う。





 人の移動と大声のやりとりで、統轄府警備課警備隊の持ち場は喧噪を帯びていた。慌ただしい風景のなかで、悠然と腰を下ろしているユーヴとリューシュだけが浮いている。


 勤労意欲に乏しいとはいっても、二人だけが怠けているのは理由があった。警備隊の保有する切り札として待機を命じられているのである。


「ま、主役は最後に登場するものだからね」


 ユーヴはそう言って、職員が奔走するのを横に平然と紅茶の香気を楽しんでいる。安物の葉を使っているのに、たいそう美味そうに飲んでいた。


 リューシュはユーヴをも凌ぐ豪胆さで、この非常時に転寝をしている。


 その二人に、第三の鉄面皮が近づく。


 こんな事態でも口元に締まりがないのは、フリッツしか存在しない。


 人の気配を感じてリューシュが目を覚ました。


「よう新入り。優雅な時間を堪能しているところ悪いが、ちょっといいか」


「うむ、フリッツ君だったかな。何かね」


「アグレイの姿が見えないんだよ。招集をかけられたはずなのに、まだ現れないとは時間に厳しいアグレイらしくない。そういや、あのキクって娘もいないな」


「そうだったのか。いや、僕達も昨日から帰っていないから分からないんだ。すまんね」


「そうか……」


 フリッツは何やら思慮深げな表情を作る。


 二人より遥かにアグレイとの親交が深い男は、結論をえたように顎を引いた。ちょうど、フリッツと理不尽に組まされた男が彼を呼んだ。


「おい、フリッツ。俺達も早く現場に向かおうぜ」


「おう。相談があるんだ、こっち来てくれないか」


「一体なん……」


「おりゃ!」


 無防備な男に手刀を放つというフリッツの暴挙に、さすがのユーヴとリューシュもたじろいだ。唖然とする二人の前で、失神した男を抱えるとフリッツは課長に声をかける。


「すいません、課長。こいつ体調が悪いみたいなんで、医務室に送ってきます」


 図面を広げて複数の人間と協議している課長は、興味もなさそうに手を振って返す。


 フリッツが気絶させた男とともに廊下に消え、ユーヴとリューシュは互いに顔を見合わせた。


「もしかして、僕達は重要なところで置いてけぼりを食ってんじゃないかね?」


「わたくしも、そう思いますわ。アグレイとキクだけいないなんて、不自然ですもの」

 急に輝き始めた二対の瞳が出口に注がれていることに、気づいた者はいなかった。

アグレイたちが戦いに行く場面ですが、アグレイが一人で戦いに行こうとするのが彼らしいのかな、と思います。

アルジーと戦うということで、他人に介入されたくないという思いもあったのかもしれません。


アグレイの思考を読んで応援に行こうとするフリッツが好きです。

新相棒を気絶させて抜けるという荒業。

ユーヴとリューシュも異変が起こっているのを察して行動を起こそうとします。

戦いに行こうとするやり方が、それぞれそれっぽい感じで書けた気がしてお気に入りのシーンです。

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