第30話 団らん
仲間たちの協力を得て、蟲騎士を含む喰禍を倒したアグレイ。
アグレイを囲む仲間たちの姿は仲の良い家族のようだった。
「……それでよ、ばぁば。明日から、この三人も警備隊で雇ってくれるんだとよ」
「へえ、よかったじゃないの」
夕食の際に、アグレイはその日の出来事をばぁばに話していた。
キク達のような貴重な戦力を放っておくはずはなく、戦闘後に統轄府へ戻った三人に警備隊から打診があったのだ。
「これで生活に困ることはないぜ」
アグレイは常になく上機嫌だった。
それは、居候の処遇が定まったことではなく、戦闘を通じて互いの信頼が深まったことに起因しているのではないかと、ばぁばは見ている。
「アグレイ君。誤解しないでほしいが僕の援護があったからこそ、戦闘は快勝できたんだ。守護の詩というのは、対象の周囲に不可視の防御壁を形成する効果があってだね、君が蟲騎士に頭を殴られたときに昏倒しなかったのは、言うなれば僕のおかげなのさ。つまり、君はこの僕に恩があるわけで……」
「お前だって俺に恩があるだろうが。それで帳消しにしてやるだけで、ありがたく思え」
「そんなのあったかね」
「あるだろうが。お前が今まさに、この家にいる理由がよ!」
男同士のやりとりをよそに、キクがリューシュに語りかけた。
「リューも強いんだね。あんな大きな武器を使いこなせるなんて」
「いえ、ああ見えて技術はいらないんですの。わたくしには弓の心得もありますし、使うのは難しくありませんのよ。誰でも使えますわ。ちょっと重いけれど」
「おかげで煉鎧に襲われそうだったところを助けてもらったわ」
そこにアグレイが横槍を入れる。
「そうだぜ、キク。だから喰禍を軽視すんなって言ったんだ」
その一言がキクの反発的な感情を惹起した。きッ、とアグレイを睨む。
いわゆる『キクお姉ちゃんの怖い顔』は、凍えた黒曜石の瞳で相手を射竦めるものだ。それは自然と相手を突き放すような冷然とした光彩を放つ。
しかし、このときのキクの双眸は、熱した心情が率直に露出していた。
「アグレイに助けられたわけじゃないもん。あんたに説教される覚えはないわ」
「何だとッ? 危なっかしくて見てられねえって言ってんだよ!」
「あんただって、敵に殴られて失神寸前だったじゃない! よく、あんな体たらくで偉そうにできるわね。リューの謙遜さを少しは見習ったら!?」
「ぐ……、ん……」
キクの剣幕に屈服したものの負けを認めたくないアグレイは、口に料理を詰め込んで咀嚼することで敗北を紛らわせようとする。
勿論、それでは誤魔化しきれるはずもなく、ユーヴの同情を含んだ声が隣で発せられる。
「アグレイ君、諦めたまえ。女性ってのは口喧嘩になったら男じゃ太刀打ちできない」
「何か言った? ユーヴ」
「いえ、何も言っておりませんです。はい」
この食卓の場は女性陣に実権を握られつつあった。いや、完全に掌握されている。
「ふふ、キク、あんまり孫を虐めないでやってくれるかい。泣いてしまうかもしれないよ」
「はい、ばぁば」
「まあ、アグレイってば、泣いてしまいますの。いい年齢ですのに」
歯ぎしりしながらアグレイは、自分を除いて唯一の男に囁いた。
「くそ、好き勝手言いやがって。言い返せよ、詩人」
「リューシュ君の一言を最後につけ足す技法は効くだろうね。泣くなよ、青年」
「本当に泣くかよ! えせ詩人め!」
アグレイがユーヴの首根っこを締め上げる。
食卓で暴れる二人を非難がましくキクが見やり、リューシュは無関係のような微笑を浮かべていた。ばぁばは平然と食事を進めている。
こんな騒がしい生活も悪かねえ。アグレイは、そう思い始めていた。
一同が寝床に消えると、最後に残ったばぁばが居間の燭台の明かりを消す。
明かりが消失しても団らんの温かさが残滓となって居座るように、ばぁばには思われた。
その居間を後にして、ばぁばは部屋に戻るのだった。
キクたちが強いことが分かり、みんなで警備隊で働くことになりました。
楽しい団らんですが、ここから後半でみんな苦労していくことになります。