第3話 〈侵蝕〉の歴史
巡回中に侵蝕に襲われていた少年を助けたアグレイ。
アグレイは少年を家まで送り届けることにした。
〈侵蝕〉の歴史について。
この世界が侵蝕という異常現象に見舞われてから、約三十年という月日が経過している。
人類は侵蝕に対する有効策を講じることのできぬまま、ただ自らの居住区を明け渡すことを甘受するしかない生活を強いられていた。
世界は、緩やかに破滅への道を歩んでいた。
侵蝕が世界で最初に観測されたとされるのは、ユウアキ大陸のシアガ国の片田舎である。共通歴一二七一年の秋、牧場を営む一家が親戚を招き、庭で宴会を開いていたのが端緒だった。
空間が揺らめき、そこから怪物が出現したという通報から十五分後、出動した警官二人が目にしたのは喰禍が生み出した凄惨な光景だった。
民間人の被害が十八人、警官は二十四人の死者を出し、出動した軍人は八百四十一人まで被害を広めた。
事態を重く見たシアガ国が周辺諸国へと救援を要請しつつ侵蝕の鎮圧を試みたが、界面活性から現れた喰禍の群体に国家の体裁を保てなくなるほどの打撃を被ったのは、ほんの数カ月後だった。
後に『シアガ国最初の惨劇』と呼称された事件を契機として、侵蝕は全世界へと広まることとなる。
侵蝕はその規模によって七段階に区分されるが、その度合いに関わらず共通するのは、空間の不安定化が侵蝕の前兆だとされていることだ。
この世界と侵蝕側の世界との境界が希薄になることで、空間に揺らぎが生じる現象がそれであり、後に界面活性と名づけられた。
界面活性にとりこまれた空間は向こうの世界の影響を強く受け、自然の法則や原理を捻じ曲げられることもある。侵蝕が重度の地帯は、人間の住める環境ではなくなってしまう。
人類に深刻な損害を与えるのは、界面活性だけではない。
界面活性を経路として侵蝕世界からその姿を顕現させる異形の存在、喰禍による攻撃は苛烈を極め、着実に人間社会を衰退させてきた。
喰禍が侵蝕世界の住人であろうという見解は、人類全般が一致させる総意であり、侵蝕が確認された初期の頃は、交渉による解決を望む声もあった。
だが、その主張は間もなく霧消する。あらゆる手段で意思疎通を図る人類に対し、喰禍はその必要はないと言わんばかりの攻勢を加え続けてきたのだった。
それ以降、人類は武力を頼みとして喰禍を追放する方針を執っている。
しかし、人類対喰禍の戦争といったものは事実上、勃発していない。
それは人間同士が指揮権を巡る問題や、利害関係で組織系統をまとめることができずにいたところを、大規模な侵蝕が幾重にも地上を寸断、人類相互の通信が遮断されてしまったからだった。分断された人類は地域単位の散発的な反撃に終始し、敗走するか全滅するだけだった。
戦況は人類側が一方的な劣勢の立場にあった。
大規模な侵蝕が続発したのは初期だけで、侵蝕が定着した場所が増えると、そこを足がかりとして侵蝕がジワジワと広がり面積を拡大していった。
以来三十年、徐々にではあるが、世界は侵蝕に飲みこまれつつある。
界面活性と喰禍。これらに世界が蝕まれ、破壊されていくことを、いつからか人は〈侵蝕〉と呼ぶようになっていた。
世界観の説明って難しいですね。
ここではさらっとすませています。