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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第28話 居候たちの実力

キクたちを働かせるために統括府に連れて行ったアグレイだったが、三人はまともに仕事ができないポンコツだった。

統括府の職員に迷惑をかけた三人にアグレイが説教していると、大量の喰禍が出現したという報告が聞こえてきたのだった。

 アグレイが現場に到着し、そこには豪胆な彼でさえ息を飲む光景が広がっていた。


 生存者はすでに逃げ去った後のようで、動いている人間は一人もいない。


 残された人影は全部が血だまりに倒れ伏しており、死体と化しているようだった。その数は約二十体で、六体は警備隊の顔見知りだ。民間人を守るため勇戦したのだろう。全身傷だらけで、損傷がひどい。


 憤激と憎悪を混合した視線をアグレイは敵に突き刺した。


 喰禍は周辺をあらかた破壊し尽くし、殺害すべき人間がいないことで暇を持て余すように徘徊しているだけだった。


 だが、殺気立ったアグレイにようやく気づき、無機質な眼差しを返す。そのうちの幾体かは、血に濡れた凶器を提げていた。


 喰禍の群れは目算でおよそ四十体は存在していて、その威圧感は尋常なものではない。しかも、強敵が揃っていた。


 ほとんどは岩魔で、これは雑兵として問題ない。


 アグレイが目を細めたのは、つい先日彼を苦戦させた煉鎧が五体もいることだ。


 さらに、その煉鎧より上位に位置づけられる喰禍が一体、中央に陣取っている。確か、名前は何だったか?


「ふむ。あれは駆逐型喰禍の一種、〈蟲騎士(ちゅうきし)〉だな。レンネンカンプ博士の『喰禍図鑑』で見た特徴と一致する。緑の体表と頭部の側面にある巨大な眼球。身体は丈夫な甲殻で覆われ、甲冑を連想させるのが名前の由来だ。何より、四本の手で操る巨剣が脅威となる」


「まあ、博学ですのね」


「ふッ、リューシュ君。常識さ」


 アグレイが背後を振りかえると、キク、ユーヴ、リューシュの三名が何事もないように佇立している。


 言いつけを守らなかったことへの怒りより、居候の身を案じる配慮が先行したことが、アグレイのお人好しな面を表していた。


「バカ! 何やってんだ、危ないだろうが。離れてろよ!」


 それに論駁したのはキクである。


「あんただって危ないのに、それはいいわけ?」


「俺は、警備隊だからこれが役目なんだ。だけど、お前は……」


 反論を中断してアグレイは再び前を見やった。不穏な気配を察したからだ。


 蟲騎士が剣を振ると、先兵として岩魔がアグレイ達四人に殺到してきた。


「お前ら、俺が足止めするから早く逃げろ!」


 言葉だけをそこに残し、本人は疾風となって岩魔の集団を迎え撃つ。


 隣に一陣の風が並んでアグレイが怪訝に目を向けると、それはキクであった。常人離れした脚力を有するアグレイに追いついたのだ。


 アグレイはキクに怒声を飛ばす。


「キク。喰禍は女だからって手加減してくれないんだぞ」


「まるで、この前あんたが手加減したみたいな言い方じゃない」


 短いやりとりを交差させ、アグレイを追い抜いたキクが先に岩魔と接触した。


 三体の岩魔がキク目がけて棍棒を振り下ろす。背丈は低いが重い質量の岩魔が華奢なキクを押し包んだ。


 アグレイが驚愕の叫びを発しかけたとき、岩魔に幾筋もの光の線が走り、裂傷を起点として岩魔達の肉体が弾けた。


 四散する岩魔の残骸を浴びながら、キクが無事な姿を現す。右脚が剣へと変貌していた。


 安堵の吐息を漏らす間もなく、アグレイは岩魔に肉迫する。


 岩魔は正面から棍棒を叩きつけてくるがアグレイは歯牙にもかけず、強化した右手の掌底で棍棒ごとその顔面を粉砕した。


 両脇の二体が一閃させたアグレイの手刀で葬られ、別の一体がやっと横殴りの一撃を放つ。アグレイは屈みながら踏みこんで棍棒を頭上に通過させ、半回転しつつ右裏拳で岩魔の頭部を破壊。


 四方で塵となる岩魔を見送って、アグレイが構えを整える。


 アグレイとキクが合わせて七体の岩魔を倒すのに、五秒も要さなかった。


 力量の差は歴然としていたものの、数量では圧倒的に喰禍が有利だった。二人は岩魔に包囲され、その背後には煉鎧が控えている。


「さすがに楽勝とはいかないか」


 肉体的疲労でなく心理的圧迫がアグレイの額に汗を浮かばせる。それはアグレイが首を曲げたことで雫となって飛び散った。


 意外な声がアグレイの耳朶を打ったのだ。


「波動の詩!」


 朗々たるユーヴの声音が場を満たした瞬間、ユーヴの前の空間が揺らぎ、それは衝撃波のように岩魔へと向かう。


 揺らめく衝撃波が岩魔を襲来した。直撃した二体が瞬時に灰となり、巻き込まれた岩魔が吹き飛ばされて包囲網に穴を開ける。


「ユーヴ?」


「待っていたまえ。今、君達を強化する」


 そう言って、ユーヴは手に持った万年筆を宙に走らせた。万年筆の筆跡が空中に光の軌跡を残し、誰にも解読できない文章を描き出す。


「ええと、対象はアグレイ君とキク君。効果は、敏捷の詩、守護の詩もおまけだ。それ」


 ユーヴが文章の末尾に終止符を打つと、虚空に書かれた文字列が拡散して空間に溶けこんだ。直後、界面活性にも似た揺らめきが二人の身体を包み、浸透するように消え去る。


「何だこりゃ? 身体が軽いぞ」


「それで、君達の速さと防御が強化された。ま、好きにやりたまえ」


 ユーヴの持つ万年筆は、蝕器(しょっき)と呼ばれるものだった。


 キクの右脚、蝕肢が侵蝕された人体であるならば、蝕器は侵蝕された物体である。それを媒体として、侵蝕の異能を引き出すことを可能とするのが蝕器であった。


 蝕器を手にしても身体を侵蝕されず精神に異常を起こさないことが、所有者の精神力と適性を明確に表す。


「よし! 何か知らないが、ありがとよ」


 アグレイの動きは肉眼で見えない。ただ彼の右手の輝きが煌めく先で岩魔が爆砕するだけだ。

キクは俊敏さにおいてアグレイを上回る。


 側転しながらキクの放った蹴りが、二体の岩魔の頭部を縦に分断。倒立しながら下半身と上半身を連動させて一回転したキクを中心に、斬撃が竜巻の如く同心円状に広がり、岩魔の胴体を頭部と切り放す。


 一気に岩魔が掃討されるなか、煉鎧の一体が動いた。


 岩魔を相手にしているキクの無防備な背に、拳を振り上げる。


 反応できないキクが双眸を見開くと同時に、煉鎧は横から受けた不意打ちによって上体が消失、遅れて胴と脚部が粒子になった。


 キクが目を向けると、巨大な木製の武器を抱えたリューシュが笑顔を見せる。


「キク、無事で何より」


「あ、ありがと」


 言いながら、リューシュは間断なく愛用する弩の弦を留め金に張った。


 だが、肝心の矢をつがえる様子はない。そもそもリューシュは矢筒を所持していなかった。それなのに虚空から特大の矢が出現し、弦には矢が張られた状態になる。


 リューシュの弩も、蝕器であった。


 リューシュの白い指が引き金に力を加えると、留め金から弦が外れて矢が放たれる。


 矢と呼ぶには獰猛な硬質の光条が直線的に空を切り、キクのすぐ真横を通過。キクの悲鳴を置き去りにし、二体の岩魔を貫通しても勢いを減じず、煉鎧の胴体に着弾した。


 アグレイの拳にも耐えうる煉鎧の骨格が一撃で粉砕され、無音の葬送曲に乗って煉鎧は粉末状に消えていく。


「……いつもリューシュが背負ってるの、武器だったの?」


「ええ。便利ですのよ、これ。よいしょ……」


 リューシュの得物は、その巨大さと強力さにおいて比類ないが、女性の細腕では片手で支えきれず装填の度に片側を地に着け、片手で弦を張らなければならない。


 その作業中は無防備な姿を晒すことになる。そこを狙って岩魔がリューシュに襲いかかった。


「懲りない奴らだ。波動の詩」


 ユーヴがまたもや岩魔を弾き飛ばし、矢の装填を終えたリューシュが岩魔に死の息吹を解き放つ。


 灰の幕が吹き荒ぶなかで、ユーヴとリューシュの威容が佇立していた。

今までギャグしかなかったユーヴとリューシュが戦闘要員でした。

蝕器というのが二人の使う武器です。

侵蝕されて特殊な力を持った物体です。蝕肢は人体ですが、それの物体バージョンです。


ユーヴは万年筆で、空間に文字列を描かせて特定の効果を発現させます。

仲間を強化するバフ要員の他、特殊な攻撃ができるようです。

対喰禍では最強の人物として描いています。


リューシュは巨大なクロスボウが武器です。

大砲みたいな威力の矢を飛ばして硬い敵を倒したり、広範囲にダメージを与えます。

見た目と性格に反して喰禍絶対殺すネーチャンになりました。

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