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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第15話 アグレイの孤独な見張り番

アグレイはキクとレビンについて話し合う。

レビンを他の孤児院に移すことにキクは難色を示したが、「考えておく」という返事を残した。

その後、アグレイは自分にできることを考え、キクの孤児院を陰ながら見守ることにしたのだった。


「お? アグレイ、今日も早いじゃないか。ここ数日、仕事終わりに鍛錬も無しとは、お前らしくないな。ひょっとして、『これ』でもできたか?」


 巡回を終えると手早く身支度を整え、鍛錬場に寄ることもなく帰ろうとしたアグレイを捕まえたのは、統括府の一階で無駄話に興じていたフリッツだった。


 フリッツは小指を立てて下世話なことを半笑いで言ってのける。長いつき合いでなかったら、まともに相手もできまいとアグレイは思う。


「うるさいぞ、フリッツ。お前には関係のねえこった」


 にべもなく横を通り過ぎ、出口に向かうアグレイをフリッツの声が追ってくる。


「それならいいがよ。本当に関係ないんだろうな?」


 フリッツは言外に含みを持たせていた。


 まだ、警備隊が介入しなければならない段階ではないのだな、と。アグレイは振り返りもせずに、片手を振って返答の代わりとする。


 アグレイはここ数日、仕事を終えるとはぐれ孤児院に向かうことを常としていた。

だが、孤児院に顔を出すことはしない。


 夕方に職務から解放されると、はぐれ孤児院の付近に身を潜め、異変がないか監視している。夜になってキクが帰ってくると、ようやくアグレイは自身も帰途に就くのであった。


 界面活性が起これば直ちに孤児達を救助するためだったが、今のところそれを実行する事態は発生していない。


 キクもこのことは知っておらず、アグレイの独断によるものだった。いつまで続けられるか分からないものの、そうしなければアグレイの気が収まらなかった。


「まったく。何で俺がこんなことまで……」


 自分で決めたくせにボヤキを吐くが、一日も欠かさず孤児院を見張る生真面目さを有する、奇特な男だった。


 時の頃合いは夕刻であったが、イフリヤには夕焼けは存在しない。ただ、西の空に浮かぶ雲の一角が、彼方にある太陽光を浴びて茜色を滲ませるだけである。


 アグレイが歩く往来の通行人が次第に減っていくのは、時間のせいばかりではない。はぐれ孤児院の一帯は、界面活性を恐れて人が立ち寄らないのだ。


 通い慣れた道筋である寂れた横丁に入ろうとしたとき、アグレイと同じ道に向かう姿が側にあった。


 勤務の後で疲労していたためにアグレイは気づくのが遅れた。


 しかも、それが見知った顔だったことで、喉から押し出された空気が声帯を震わせる。


「あ……」


「え……」


 ほぼ同時に相手、キクもか細い声を漏らした。その反応から察するに、キクも今になって気がついたようだった。


「キク? お前が何でいるんだ?」


「あ、アグレイ? いや、私は帰り道なんだけど……。あなたの方こそどうして?」


 この場にいて不自然なのはアグレイの方だった。慌てて弁解しようにも口下手なアグレイは咄嗟に言葉が出てこない。


「え、あの、そっちこそ、何でいつもより帰りが早いんだ……?」


「何ですって?」


「しまッ……」


 簡単に言質をとられ、アグレイは悄然とうなだれる。


 説明を求めるキクの尖った視線を受けて、アグレイは無断で孤児院を監視していた旨を打ち明けた。


「……そうだったの」


「悪かったな。黙っていた方が面倒は少ないと思ったんだ」


「まあ、いいわ。あの子達を心配してくれたんだから。……気に入らないけどね」


 心配の対象にはキクも入れてあったアグレイは、余計なことを口にせず次の言葉を待った。


「実は、私もずっとあなたに言われたことを考えていたのよ。レビンのことは置いておくとしても、孤児院は移動するべきじゃないかって。あの子達の安全を第一にしたら、その方がいいわよね。でも、手頃な隠れ処が見つからないのよ」


「そうか。何なら、俺が警備隊の巡回の隙間で人通りの少ない場所を調べておこう」


「そうしてくれれば助かるけど」


 両者は和解の道を歩みつつあった。


 しかし、そんなときに限って凶事は訪れる。


「これって!?」


「界面活性だ! 逃げるぞ!」


 たちまちにして空間が揺らめき始めるのを前にして、キクは狼狽するだけだった。


 アグレイは慣れたもので、左手でキクの手を引き、すでに右手は強化を示す青い燐光を宿している。


 行く手を遮る邪魔な界面活性を右手で払拭しつつ、アグレイは孤児院へとひた走る。


 手を引かれるキクは自然と後ろを走ることになった。二人は大通りに出ると、界面活性の程度を確認するため四方に素早く視線を送った。


 界面活性は広い範囲を覆っていたものの、その密度は薄かった。所々で空間が歪曲しているが、物体が原形を保っていられる軽度のものだ。侵蝕には至らず自然消滅するだろう。


 そのなかで一ヶ所だけ界面活性の顕著な場所が目についた。それが孤児院の方角であることに気づいた途端、血相を変えたキクがアグレイの手を振り解いて一人で疾走していく。


「あ、待てッ。……?」


 気後れしたアグレイが叫んだとき、キクは孤児院に続く横道に姿を消していた。


 キクを追おうとしたアグレイが一歩を踏み出しかけたときだった。


 アグレイの視野の端に、その男が映ったのは。


 長身の男の衣服は薄汚れ、黒の長髪が腰までを包んでいる。後ろ姿を一瞬だけ晒し、男は界面活性に紛れて去っていった。


 アグレイの脳裡で、完蝕された男について語るレビンの声が再生される。男の特徴はそれに合致していた。本能的に追跡しようとするが、キクを放っておくこともできない。


 わずかな間で判断を下し、アグレイは孤児院に向かった。


 どうせ、あの男はただの完蝕だ。後日にどうとでもなる。


 そう自分に言い聞かせ後顧の憂いを断ち切った。

せっかくキクが歩み寄ってくれたのに、異変が起こってしまいます。

怪しい男の登場ですが、もちろんキーマンです。

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