第14話 レビンの処遇について
アグレイはキクのはぐれ孤児院を訪れる。
レビンは身体を侵蝕されていないため、他の孤児院に移すように説得を試みるのだった。
「あ、キクお姉ちゃん、お帰りー」
「はいはいレビン、ただいま。夕食の材料を買ってきたのよ。……それより、何であなたがここにいるの。この前言ったこと、もう忘れちゃった?」
レビンに向けていた眼差しをアグレイに据えると、打って変わってキクの瞳は冷淡な色を帯びる。ただし今回は微温の熱が残されていた。
子ども達の前で温もりを捨てきれないのと、レビンが言った先日のアグレイへの仕打ちが酷過ぎたという後悔があったせいだろう。
「待て。今日、俺は非番なんだ。レビンの友達として、ここを訪ねただけだ」
「ふぅん?」
「この場所は俺しか知らない。警備隊の仲間にも言っていない。少し話をしに来ただけだ」
キクは、面前の男が信用に値する人物か吟味するように押し黙る。
レビンは両者に視線を右往左往させていたが、沈黙に耐えられずに助け船を出した。
「アグレイは、いい人だと思うけど」
「……分かった。そうね。話くらいなら聞くわ。荷物を置いてくるから待ってて」
キクが別室に消えるとアグレイはそれとなく周囲に目をやった。
壁の下方は落書きで埋まっており、その上の方、アグレイの顔より少し下、多分それがキクの目線ちょうどなのだろう、子ども達の描いた絵が飾られている。
風景や友人、キクらしき女性が描かれているその絵のどれもが、背景が一様に灰色であったことで、アグレイの心に陰が落ちた。
キクが部屋に戻ってくる。
「それで、話って何なの?」
「ここじゃ、ちょっとな。外で話そう。すぐに済むからよ」
玄関に行きかけたアグレイをレビンが呼び止める。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「ああ。用事はこれで……、おっと忘れるとこだった。お前のおかげで思い出したぜ」
アグレイは懐に手を入れる。それが出されたときには、小さな箱を握っていた。
「ここに来る手土産のつもりで買ったんだが、つい出しそびれていたな。色鉛筆だ。こんなに人数がいるとは思わなかったんで、一つしか用意していないが、仲良く使ってくれよ」
「わー。新品だ。凄ーい」
レビンの感嘆を聞いて、それまで遠巻きに眺めているだけだった子どもも集まってきた。喜色を湛えて色鉛筆を手にとっている。
「これ色が多いな」
「使うのがもったいないよ」
アグレイが見たところ、みんな短くなった色鉛筆を大事に使っていた。子ども達の喜びようを確かめ、悩んだ末の無難な選択だったが間違いではなかったとアグレイも安心する。
「ほら、みんな。お礼を言うのを忘れてるんじゃないの?」
キクが促すと、小さな太陽かと思わせる笑顔が一斉にアグレイを向いた。
「ありがとうございまーす!」
「……ああ。礼なんていいんだ、うん。くれぐれも仲良くな」
アグレイが照れて灰色の頭髪に手をやる。別れを告げてキクを伴って部屋を出た。玄関口で出し抜けにキクが口を開く。
「あれで私が気を許すわけじゃないからね」
「分かってる。別にそれが目的でもないしな。だが、色鉛筆であんなに喜ばれるとは、さすがに思わなかったな」
「……なかなか買って上げられないのよ。服とか玩具は、捨ててあるのを拾ってきてるの」
アグレイは返す言葉を見つけられなかった。無言のまま外に出て、孤児院として利用している診療所から離れると、アグレイから話を切り出した。
「もう俺は、許可がどうだとか面倒なことは言わない。ただ、この場所からは移動するべきだ。近くで界面活性が頻発しているのは知っているか? ここは危険なんだ」
「でも、これ以上人気の多い地域だと、他人にはぐれ孤児院だって露見しちゃうじゃない。そしたら、あの子達は一生隔離されて生きないといけないのよ。元も子もなくなるわ」
「この辺に住人はいないから、警備隊はほとんど巡回に来ない。俺にだって持ち場があるからな、仕事中は所定の地域を出られないんだ。あんたは昼から晩まで仕事して、一体誰があいつらを守ってやれるんだ?」
「それは……」
返事に窮するキクがお座なりに反論しようとすると、アグレイは片手を挙げてそれを制した。
「いいんだ。今すぐ決めろと言っているんじゃない。それと、レビンだけは普通の孤児院に入れてやった方がいい。一人減るだけで、あんたの負担もかなり軽減されるはずだ」
「あの子、私がいないと寂しがるもの……」
「本当か? 寂しいのはレビンじゃなくて、あんたじゃないのか?」
「え……?」
キクは自信が揺らいでいたことで落としていた目線を、アグレイのそれに合わせた。
「何て言うかな。子ども達があんたを必要としているんじゃなくて、あんたが子ども達を必要としているんじゃないか。頼られることで生きがいを見つけているから、自分を頼ってくれる相手がいないと、不安じゃないかって」
「私が、自分のためにあの子達の世話をしているって言うの……?」
「あんたが子ども達のために必死なのは分かる。だけど、はぐれ孤児院の規制とか界面活性だとか、あんたがどう頑張っても変えられない状況もあるんだ。だったら、あんたが状況に合わせるってことも必要だろう」
「……」
キクは、胸中の混沌とした感情から言葉を汲み出せないようだった。論駁できずに目を伏している。
何だかフリッツに説教された論調に似ていると我ながら思いつつ、アグレイが踵を返しながら言い置いた。
「話はこれだけだ。手間をとらせたな。俺の言ったこと、少しでも考えておいてくれよ」
アグレイの放った声が宙を移ろってキクに届いたとき、彼の背はすでに遠くにあった。
アグレイの論法は手厳しいですね。
キクの世話好きは、なんとか症候群みたいな感じかもしれません。
他人の世話が自分の存在意義になっているみたいです。
ここから話の内容が少し暗くなってしまいます。