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侵蝕の解放者  作者: 小語
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第11話 アグレイの過去 序

自宅に帰ったアグレイは祖母の手料理を食べ、休むことにする。

アグレイは自身の過去を夢として見るのだった。

……アグレイが八歳のときだった。


 その日、父親の休みに合わせて家族で行楽していたアグレイは、サクラノ公園にいた。


 イフリヤで一番広く、名前の通り桜の美しさが有名な公園だ。この公園を目的にして遠方から客が訪れるほど、桜の名所として名高い観光地である。


 小高い丘に設けられたサクラノ公園は、中央にある大きな池を縁取るように桜が据えられ、沿道にも並木が植えられている。


 桜が満開になる季節だと、地面は散った花弁で、上空は咲き誇った桜で、一面は薄紅色に染められる。折よく、その時季だった。


 雲霞(うんか)のように咲き乱れる桜から零れる花びらを浴びながら、アグレイは弟のアルジーと戯れていた。大人達は、林立する桜の隙間に敷布を広げて寛ぎながら桜花に見惚れ、子どもは草原を駆け回っている。


「お兄ちゃん待ってよー」


「アルジー、あっちに行ってみようぜ」


 アグレイは二歳下の弟を振り向いた。母親譲りの細面と黒髪が、将来の美丈夫の片鱗を宿している。父親似で精悍な面をしているアグレイとは対照的だ。


「でも、僕達だけで遠くに行っちゃいけないって……」


「大丈夫だって。何かあったら兄ちゃんが守ってやるよ」


「だけど、お母さんの言うことは守らなきゃ……」


「いいから行くぞ!」


 アグレイは勝手に走っていく。アルジーは、兄の背中と後方に幾度か視線をおろおろと往復させると、意を決したようにアグレイを追いかけた。


 二人は池の畔に来ると水面を覗き込む。


 風が吹くのに合わせて波立つ表面には、数え切れないほどの花弁が浮いていた。空の色を映す地上の蒼穹に、桜の彩りが雲のように漂っている。


「魚っているのかな?」


「そりゃいるよ、お兄ちゃん。釣りしてる人がいるんだからさー」


「分かってるよ! ちょっと言ってみただけだ!」


 意地になって怒る兄の横で、アルジーが頭を抱える。短気な兄には普段から喧嘩で勝ったことがない。気の優しいアルジーは争いが苦手でもあった。


「ごめんー、お兄ちゃん。ぶたないでー」


 アルジーの頭にアグレイの手が置かれた。


「へッ、嘘だよー。アルジー、騙されてんの」


「うぅー、ひどいよ、お兄ちゃん……」


「こらー、アグレイ。アルジーを虐めたら駄目だろう」


 声をかけてきたのは父親だった。慌ててアグレイが手を放す。


「お、お父さん? 虐めてなんかないよ。遊んでただけだもん。な、アルジー?」


 父は、短い灰色の頭髪の下で表情を綻ばす。細まった目の奥に、琥珀の光が温かい。


「そうか? それならいいんだ。母さんが、お前達の姿が見えなくて心配してるぞ。そら、速く戻ろうぜ! 昼飯の弁当がお前らと、ついでに俺のことも待っているんだ」


 父は右手でアグレイを、左手でアルジーを引いていく。消防士をしているだけあって大きくて逞しい父の掌に、アグレイの手はすっぽりと収まっていた。


 元の場所に戻ると、母親が一人で座って待っていた。自宅からは遠いので、ばぁばは留守番をしている。


 帰ってきた息子達を見つけると、母がその整った容姿を怒りに染めた。


「まったくあんた達は、勝手に遠くに行っちゃって! 心配するでしょう? 今日は人が多いんだから、迷子になったらどうするの?」


「まあ、そう言うなよソフィー。たまにしか連れて来てやれないだ。はしゃいでも仕方がないだろう?」


「はしゃぐのと、親の言いつけを守らないのは別です! 大体こうなるのも、あなたが甘やかすからよ。分かってるの?」


「よし、お前ら母さんにちゃんと謝るんだ」


 妻の剣幕に圧されて寝返った父に非難が集中する。


「うわ、お父さん弱い。男のゆうじょーはどこいったのさ」


「こういうのをキョーサイカっていうんだよー。だから出世できないんだー」


「うるせえ! アルジーに関しては恐妻家なんて言葉をどこで覚えてきやがったんだ」


「近所の人がみんな言ってるよー?」


「ちきしょう!」


「うっさいのよ、あんた達はッ! いいから謝りなさい!!」


 三人の男は背筋を伸ばして、それを直角に折り曲げる。放った言葉は異口同音であった。


「はい、すいませんでした」


 謝罪が上達している男どもは、母親の気を損ねないように静かに敷布へ腰を下ろす。


 神妙に座る三人の前で、母は持参してきた弁当を広げていた。四人分にしては多い弁当は、早起きしたばぁばと母の力作だった。


「ほら、あんた達、これが楽しみだったんでしょう。私とお義母様が腕によりをかけて作ったんだから、残すんじゃないよ」


「はーい。頂きまーす!」


 母が笑顔を見せると、子ども達はようやく緊張を弛緩させて、弁当に食らいつく。


「ほら、アグレイ、ゆっくり食べないと喉に詰まるわよ。アルジーは好き嫌いしないの。あなたは子どもの分まで食べないように、少しは遠慮しなさいよ」


 母の采配を無視して、男達は好きなように料理を口に運んでいる。日頃の苦労が垣間見えるが、母もさして気にした様子はなく、周囲の桜に目を馳せていた。


「子どもの頃から何度も見ているけど、ここの桜は本当に綺麗ね。遠慮なさらずに、お義母様も一緒にいらっしゃればよかったのに……」


「別に遠慮はしてないだろう。お袋の足じゃ、ここは遠いからな。それに、お袋がいれば、お前も気を使うだろう。たまには羽目を外せるいい機会だよ。……ほら」


 父はそう言って、妻の持つ酒杯に小麦色の液体を注ぎ足した。


「ありがとう、ランディ」


 夫の顔に似合わない気配りに、妻は礼を言って微笑んだ。


 イフリヤ最大の商店街、ミツバ通りの小町と称されたソフィーの心を射止めたのが、ランディであった。


 喫茶店で働くソフィーの軽やかな姿態と、その動きに合わせてなびく黒の長髪、線の細い美貌は、それを目当てに来店する客を集めていた。


 ソフィーを妻にしたことで、婚約当時ランディは妬みの視線を背に受けたことも多い。


 まさかソフィーが、消防士として訓練を積んだ屈強な男を相手に引けをとらないほど勝気な女だったとは、不覚にもランディは尻に敷かれるまで気づかなかった。


 ランディに嫉妬を覚えていた男どもも、よもや想像していまい。

ここから2話分がアグレイの過去話になります。

平凡で幸せな家庭に育ったアグレイ。


アグレイの見た目と性格は、正義感が強い父親に似ています。

表面上気が強いけど、性根がやさしいのは母親似でしょうか。


アルジーは外見が母親似です。

アグレイにやられる弟なので、今は気が弱いですが成長したらどのような性格になるでしょうか。

普通にこのままのやさしい感じで育つ気がします。

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