8話 ヒロシ、王都に帰る
ワープゲートを開くなりぶっ倒れた魔人少女を見てヒロシは驚いたが、レイナがどうにかしてくれることに期待してゲートを飛び越える。
着地と同時に踏んだ落ち葉がくしゃりと音を立てる。そこは行きに通りがかった王都近くの林で、『王の林 推奨Lv.5~』と視界の片隅にエリア名が少しの間表示された。
適度に間隔を空けて生えている木々は程よく陽の光を受け入れ、涼しさと暖かさを共存させている。
「いろいろあって疲れたなー。森林浴でもするかな」
魔王戦での疲れを癒すべくぼーっとして過ごすことを決意する。
それと忘れる前にレイナにもらった偽装スキルを発動させておく。
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【偽装】被鑑定時プレビュー
ヒロシ Lv.3
HP:1200/1200
MP:1049/1050
スタミナ:1350/1350
状態異常:
POW(筋力):3(+1)
VIT(耐久):3(+2)
SPD(素早さ):3
DEX(器用さ):3
MGC(魔法力):3
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「なるほど、こんな風に見えるのか」
レベルを変えると見かけのステータスが自動で変化した。
あとはプレイヤーの平均レベルに合わせて少しずつレベルを上げていくつもりだ。
ちなみに偽装スキルのMP消費は自動回復分(毎秒1%回復)で相殺できていたので常にオンにしておくことにした。
昼寝を交えつつ林を散策するうちに結構な数のアイテムが集まった。一日の体感の長さはリアルと同じなので、かれこれ数時間も林の中にいたことになる。
途中で気づいたことだが、アイテム化できるオブジェクトは意識を向けることで控えめに光るエフェクトがある。
例えばエフェクトのついたキノコを採取すればイベントリに入れることができるが、エフェクトのない雑草や石ころは手に持てるだけで収納できない。
現在、ヒロシのインベントリの大半は現実に存在するものを少しファンタジー風に捻った山菜やキノコ、そして試しに木を切り倒したときにドロップした木材で埋まっていた。
終始ハイキング気分だったヒロシだが、何度か魔物にも遭遇している。
魔物はタグに『Enemy』と表示され、近づくと問答無用で襲ってくるものもいれば、こちらが手出ししない限り無反応なものもいた。そのどちらも手加減の練習という名目でむなしく散ったのだが。
『Enemy:ボア Lv.6』
「お、イノシシだ」
「プギッ!?」
また1匹、運悪くヒロシに見つかった魔物が剣でたやすく両断される。
初めて戦った時は剣の腹で叩いて爆散させてしまったのだが、何度かやっているうちに綺麗に倒せるようになった。
『Enemy:ボア Lv.6を倒しました。
これ以上経験値を獲得できません。
75Gを獲得しました。
獣肉(F級)x1、ボアの牙(F級)x1を手に入れました。』
「F級の肉ってどんな味なんだろ……」
リザルト画面を閉じながらヒロシはつぶやく。思えばゲームを始めてから一度も食事をとっていない。
満腹度は30まで下がっていた。移動や魔王との戦いでスタミナを消費したからである。
(生肉を食べるのは抵抗あるし、焼いたほうがいいんだろうけど……)
魔王に放った炎魔法の威力を思い出す。あんなのを放つと肉が真っ黒になりそうである。
(でも、集中すれば威力を調整できるかもしれない。あ、失敗してもゲームだし山火事になったりしないよね……?)
木々の密度はそれほどでもないので、なるべく開いた空間を見つけてスキルを使用する。なるべく大きさ、熱量、速度を下げるようなイメージで。
「【クイックファイア】……お、できた」
握りこぶしほどの火球がふわりと手のひらから浮かび上がる。それだけでなく、MPを消費し続けることで軌道を操ることもできた。
のちにチューニングと呼ばれるようになるこの仕様は魔法本来の動きから離れるほど燃費が悪くなるのだが、DEX値に応じて効率が上がるためにヒロシは改変し放題である。
F級の肉を剣で刺して地面に突き立て、火球で炙って焼き色をつける。
木材を皿代わりにして山菜を盛り合わせ、そのまま手に取って肉を口に入れる。
「……味うっす」
味の強度がまるで足りていない。調味料がないせいかもしれないが、まるで味覚を制限されているような感じだ。
せめてもの救いは食感が平均的であることだろうか。咀嚼し、山菜と一緒に口に流し込んだ。
デザートに王都で買った果物をかじるが、どれも水で薄めたような味がした。バナナに至っては無味だ。
あまりお腹が膨れた気がしないが、ゲームだからという可能性はある。
ヒロシは満腹度を確認し……驚愕した。
(1しか回復してないんだけど……? 一体どれだけ食べればいいんだよ)
そう、スタミナの最大値が上がるほど、ランクの低い食材では満腹度が回復しにくくなるのである。
ヒロシは絶望の表情を浮かべながらも、林で集めた食材を作業のように飲み込んでいき、ひとまず満腹度を50まで回復させた。
そんなこんなでVR森林浴を満喫したヒロシは途中で見つけた林内の神殿に戻る。王都のものより簡易な構造をしていたが、ちゃんと転職とワープの機能は備わっていた。
日が暮れる前に王都へワープしたヒロシは、街の入り口付近にある冒険者ギルドに訪れていた。木造の立派な建物で、中には受付と酒場のようなエリアがある。
OLWにおいてプレイヤーは皆デフォルトで冒険者という扱いで、冒険者ギルドにてクエストを受けたりアイテムを売却したりすることができる。
ちらほらとドロップアイテムなどを換金しているプレイヤーを見かけるが、その表情は暗い。命がけの状況で常に周囲を警戒しなければならないのは相当なストレスだろう。
受付は大半が無人で、専用のウィンドウから売却を行うことができるという仕様だ。5万人というプレイヤー人口を想定してのことだが、街の外に出るプレイヤーは今のところ少数派でありガラガラだ。
ヒロシはせっかくなのでふたつだけある有人受付に行き、NPCの受付嬢にアイテムを渡していく。
「……合計3100ゴールドです。まだFランクなのにやりますね」
「はは、それほどでも」
笑ってごまかしながらゴールドが振り込まれたのを確認し、冒険者カードを受け取る。
「ヒロシ様、アイテムの売却だけでは冒険者ランクは上がらないので、次からはギルドクエストを受けることを推奨します。ランクが上がると受けられるクエストが増える他、様々な特典が得られますので」
「ありがとう、気が向いたら受けてみるよ」
アドバイスをくれた受付嬢に礼を言って去る。
次に満腹度を少しでも満たすべく、近場の飲食店を巡って10人前ほどの料理を食べた。野菜スープ、焼き魚、燻製肉などを試したが、どれも端的に言って不味かった。店や調理法の問題ではなく、素材の味がランクに応じて意図的に制限されているのだろう。
なんとか食べきってからマップから宿屋を検索し、オルデイホテルという場所に行くことにした。食事がアレだったので寝床くらいはマシであってほしい。
すっかり暗くなった街を少しふらつきながら歩き、ヒロシは4階建ての立派な建物を見つける。ランプに照らされた看板には『オルデイホテル』と大きく書かれていた。
中に入ると、フロントでエルフの中年プレイヤーが従業員らしいNPCと交渉していた。高すぎると抗議しているようだ。
すると奥から腕っぷしの立ちそうな男が出てきて中年を持ち上げる。
「ぼったくりだ! 一泊800ゴールドとかおかしいだろ! なあ、兄ちゃんもそう思うよな!」
「俺? 普通に払える額だと思いますけど」
「ちくしょおぉぉ! 聞こえるか運営、課金するからゴールドくれぇぇぇ!」
のちに知ることであるが、王都の宿屋は基本的に王城に近いほど宿泊費が高くなる傾向があり、このホテルはかなり高級な部類に入る。
外に引きずられていく中年を尻目に、ヒロシはフロントに向かう。ちらりと木版に貼られた料金表を確認する。
「一泊、スイートルームで」
「……かしこまりました。2500Gでございます」
一瞬だけ驚くような表情をしつつも流れるように応答した従業員にゴールドを支払い、説明を受ける。遠くで素っ頓狂な声がしたが気のせいだろう。
説明を受けたヒロシは渡された鍵代わりの水晶玉(譲渡不可、期限付き)を持ち、奥にあるアンティークなエレベーターに向かう。渡された水晶に反応する仕組みらしく、中に入ると自動的に昇り始めた。
「おぉ、豪華だ」
再び開いた扉は直接部屋につながっており、さすがスイートだけあってかなり奥行きの感じられる空間だった。
シャンデリアに照らされた部屋の中には天蓋付きのベッドにクロスつきの洒落たテーブル、クローゼットなどがスペースに余裕をもって置かれていた。
カーテンを開けると大きな窓から月光が差し込んでくる。リアルのものより何倍か拡大された巨大な満月が大通りを淡く照らしていた。高さからして最上階のようだ。
しばらく夜景を楽しんでいたが、窓越しに伝わる冷気に身を震わせたヒロシは武器を解除してベッドにもぐりこむ。
リアルで高級マットレスに慣れていたせいで安眠できるか不安だったのだが、スイートにしたかいあって心地いい。
「あー、眠い時に寝れるって幸せ……」
明かりが消えて暗くなった部屋で、ヒロシはすぐに眠りに落ちた。
そして翌日の朝。
日の出を告げる鐘の音とともに起き上がったヒロシの視界にウィンドウが入る。
『レイナクエスト:お姫様のハートを掴め が発生しました。推奨Lv.なし
クリア条件:ソラヤ・オルデイの好感度を100以上にする
失敗条件:クリア条件を満たさず7日経過(残り6日)
報酬:???
*このクエストに失敗するとスタッフが全力で殺しに来ます』
「……は?」




