7話 ヒロシ、契約する
なんとかして魔王を倒し、ヒロシはようやく一息ついた。
しかし、ゲームクリアのアナウンスは一向に流れない。
不思議に思い魔王を見ると、ポリゴンが散るエフェクトがなぜか止まっていた。
バグという単語が頭をよぎるが、その可能性はすぐに否定される。
「ゲームクリアおめでとう。……なんて、いうと思ったかい?」
突然現れた光輝く門から出てきた人物を見て、タグを見るまでもなくヒロシは身構える。
『Staff:レイナ』
白衣を身にまとう青髪の美少女――OLWのゲームディレクターにして、ヒロシが一番会ってはいけない存在だった。
そんな彼女を前にして、ヒロシがとった行動は――
「くたばれ魔王!」
「へ? いや、ちょっとまひゃぶぇぇぇっ!?」
私怨をたっぷり込めた拳で少女の頬をぶん殴る。
吹っ飛ばされたレイナは何度も地面にバウンドし、顔面からスライディングを決めた。
「うぅ、なんてことするんだ! ボクが魔王なわけがないだろう!」
「あーごめんてっきり魔王の最終形態かと」
「絶対わかっててやったよねキミぃ! まったく、このゲームは痛覚も再現しているからとても痛いんだ。勘弁してくれ」
涙目になりながら戻ってきたレイナは軽く咳ばらいをする。
「こほん、茶番はここまでだ。……いやはや、このゲームにチーターが紛れ込んでいたとはね」
明らかに確信した様子で目を細めながらレイナはヒロシに顔を近づけた。近くで並ぶと、2人の身長には頭一つ分くらいの差があった。
「……俺もまさかハッキングしたVRMMOがデスゲームだとは思わなかったよ」
「へえ、この計画に気づいていたわけではない、と」
「見知らぬ誰かにハッキングを依頼されただけだ。利用規約にはゲームデータの改変は禁止されてなかったから何も問題ないよね?」
「いやいやいや大ありだよ、大問題だ! 確かに規約には書いていなかったのかもしれないが、それは『アダマント』の存在でハッキングが事実上不可能になったからであって常識的にはアウトだ!」
『アダマント』――それは月の地下に埋められた大量の量子コンピューターによる画期的な全自動セキュリティAIで、サイバー大戦に終止符を打ったことで知られている。その名に恥じぬ鉄壁のセキュリティから『ハッカーキラー』の異名を持ち、OLWの開発にも一番高い料金プランのものが用いられている。
「デスゲーム運営に常識を語られてもね」
「うぐ、とにかくだ、キミは本当にセキュリティAI『アダマント』を突破してハッキングしてきたのかい?」
「うん、一か月かけて入念にね。毎朝のエナドリに誓ってもいい」
「……いまだに信じられないが、バグでもない以上信じるしかない、か。そんなことができるなら、世界の支配者にだってなれるだろうに」
世界でトップレベルの研究者であるレイナの目からしても、アダマントの攻略はとんでもない偉業である。世界を掌握したようなものなのだ。
「興味ないね。それで本題なんだけど、君は魔王を倒せばゲームクリアって言ったよな。ログアウトボタンはいつ出るんだ?」
「チートしておきながら図々しいなキミは。残念だが魔王はまだ倒されていない。なぜなら完全に消える前にボクが時間を止めたからだ。その証拠にリザルト画面がまだ出ていないだろう?」
「HPが0になったんだから倒したようなものでしょ。まさか魔王を復活させようなんて思ってないよね?」
「ふふふ、思っているとも! こんな終わり方で満足するわけがないだろう?」
何のためらいもなく開き直ったレイナにヒロシはジト目を向ける。
多少の後ろめたさはあるようで、レイナは目を逸らした。
「はぁ。それで、俺の処遇は?」
「手段はどうあれ、一度魔王を倒したのは事実。データ復元を見逃してもらう代わりに、キミにはこのまま好きにゲームを続けてもらおうと思う。ただし、2つほど条件がある」
ヒロシが無言で促すと、レイナは黒い腕輪を取り出した。
「まず、常にこの腕輪を身に着けておくこと。これは装備者が魔王と魔人に与えるすべてのダメージが0になる効果がある。キミに魔人を倒されるとゲームバランスが大きく崩れるから当然の処置だ」
腕輪を受け取ったヒロシはメニューを開いて装備してみる。腕輪は腕の大きさに合わせて縮み、透明になる。
絶縁の腕輪【魔人】という名前で、レイナが言った通りの効果に加えてこちらが魔人から受けるダメージも半減されるようだ。
「それと、このゲームがクリアされるまでの間、ボクがキミ専用のクエストを不定期に用意する。ゲームを面白くするためのものにする予定だ」
「……もし失敗したら?」
ヒロシが問うと、黙ってにこにこしていたレイナは待ってましたとばかりに口を開く。
「――ゲームオーバーだ」
デスゲームではそれはつまり、死を意味する。
それに対し、
「だと思った」
あっさりとそう答えたヒロシに、期待していた反応と違ったのかレイナは意外そうな顔をする。
「死ぬのが怖くないのかい? それとも、殺されない自信でもあるのかな?」
「どうかな。ご想像にお任せするよ」
2人の目が合ったまま、短い沈黙が流れる。
レイナは一瞬、ヒロシの瞳の奥に得体のしれないものを垣間見てぞくりとした。
「ふふっ、ますますキミに興味が湧いてきたよ。誤解のないように言っておくが、無理難題を押し付けたりはしない。こっちでフレンド登録しておいたから、何かあればチャットで連絡してくれ」
「チャット機能とかあるんだ。ビデオ通話まで……」
ヒロシが確認したフレンド一覧にはレイナの名前が追加されていた。初フレンドが運営の人間になるなんて誰が想像できただろうか。
「最後にひとつ、プレゼントだ。使ってみてくれ」
レイナは玉を取り出してヒロシに手渡す。
スキルオーブ【偽装★1】というもので、消費すると新しくスキルが手に入った。
【偽装★1】MPを消費している間、見かけの名前とレベルを自由に設定できる。自身のレベル以下の相手にのみ有効。
「レベルを偽装するスキルか」
「そう、鑑定されたときに怪しまれずに済むようにね」
「目立ってほしくない、ってことか?」
「いや、それはキミの自由だ。ただまあ、キミが全てのプレイヤーを救おうだなんて馬鹿なことを考えているなら、ボクも動かざるを得なくなるから程々にね」
やんわりと釘を刺すレイナだが、ヒロシとてそんな正義感があるならそもそもハッキングなどしていない。さすがに目の前で死にかけているプレイヤーがいれば助けるが。
「それじゃあボクはデータを復元してくるよ。しばらくしたら城は元通り、魔王らもキミのことを綺麗さっぱり忘れているはずさ。キミがどうこの世界をかき回すのか楽しみにしているよ、ヒロシ」
話が済むとレイナはすぐに消えていった。ああ見えて忙しいのだろう。
とりあえずいきなり殺されずに済んだことを喜びつつ、王都に戻るためにヒロシは振り返る。
時が再び動きだし、広間の片隅でへたり込んでいたワーユワーユはヒロシと目が合った瞬間震えあがった。戦闘中は魔王が結界を張ってくれたため無傷だが、魔王が蹂躙される一部始終を見ていた彼女が負った心の傷は深い。
「あのー、ちょっといいかな?」
「ひぃッ……! ゆ、ゆるしっ、ひぅっ!」
魔王をあっさりと倒した青年が笑顔で近づいてくるが、恐怖でしかない。その一歩一歩が世界の終わりを知らせるカウントダウンのようで、自然と生暖かい液体がふとももを伝う。
すでに魔力は底をつき、これ以上魔法を使うとなると魔力を前借りしなければならないが、それは下手をすると命に関わる禁じ手だ。
ゆえにもし転移を頼まれても絶対に断らなければいけないのだが……。
「王都まで頼める?」
「ひ、ひゃいっ!」
哀れな魔人の少女は泣きながら頷いたのであった。
スタッフA「た、大変です主任! 何者かが魔王と交戦していますッ!」
レイナ「なんだこのクソ忙しいときに。冗談なら後にしてくれ」
~数分後~
レイナ「しつこいなぁ、冗談だったらただじゃ……ほわあああああああ魔王しにかけてりゅうううううう!?」




