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6話 魔王、覚醒する

「これより我が力の全てを解放する」


 魔王がそう告げた瞬間、一気に解き放たれた魔力の波動により城が崩壊を始める。

 変身中イコール攻撃チャンスと見て駆け寄ったヒロシは暴れ狂う魔力に吹き飛ばされた。無粋な真似をするからである。


「集え、世界の根源よ。我が糧となれ」


 魔王が手を掲げると、欠けた天井から複数の光球が入り込み、魔王に取り込まれていく。

 現在魔王の支配下にある7つの街にはそれぞれデイ・ストーンとよばれる巨大なクリスタルがある。これらは魔力の根源であり、本来人類に加護を与えるものだが、魔族の手に落ちたことにより魔王に利用されていた。


 魔王は今、王都にある虹のデイ・ストーンを除いた全ての根源と融合することでオルデイ王の封印を一時的に無効化し、魔法を自由に使える状態へ至ろうとしていた。


 魔力の密度に耐えられなくなった鎧が派手な音とともに砕け散り、魔王の鍛え抜かれた肉体があらわになる。

 明かされた兜の下は紫髪をオールバックにした美中年で、切れ長の目から放たれる眼光はあらゆる生物を畏怖させるであろう迫力があった。


「我は終焉の魔王アムアムヒア。小僧……いや、英雄よ。名を何という?」


「【クイックファイア】【クイックファイア】【クイックファイア】」


「無礼者め……その罪、死をもって償うがいい!」


 漆黒の翼を広げ、炎弾を払い落とすと同時に7本の巨大な腕を周囲に創り出す。

 腕のひとつひとつが独立して様々な魔法を放ち、手数でヒロシを追い詰める。


「どうした。避けているだけでは勝てんぞ?」


 爆炎、水流、光線、暴風――ありとあらゆる上級魔法を同時展開しつつ、翼によって相手の遠距離攻撃から身を守る。

 完全に隙がないかに見えた魔王だが、ヒロシは思い切った行動に出る。


(魔法を突き抜けて接近してきただと!? 確かにあれほどの魔法の使い手、魔法に耐性があるのはわかっていたが、顔色ひとつ変えぬとは……)


 地面に横たわっていた2振りの剣を即座に手元に呼び戻し、盾代わりにして敵の突進を防御する。

 すかさず反撃を試みるが、相手はここにきて怒涛の連撃を繰り出してきた。


(速い、そして重いッ! 防御してなおこの威力か……!)


 ただ闇雲に剣を振っているようにも見えるが、その一撃一撃に決して無視できない破壊力が込められており防御に回らざるを得なかった。

 自分を巻き込んで魔法を放とうにも、神速の域に達している剣を捌くのに必死で魔法腕の操作が追い付かない。こうしている間にも少しずつダメージが蓄積していっている。


「くはッ、まさかこの我がここまで追い詰められるとは……!」


 とうとう6本目のHPゲージが尽き最後の1本になってしまう。

 だが、それは最終形態を解放するトリガーでもあった。

 強制的な吹き飛ばしが発生し、ヒロシは攻撃を中断させられる。


「――認めよう、勇者よ。そなたは強い。だが……我には勝てぬ」


「この演出スキップできないのか……。運営さんどうか気づかないでくださいお願いします」


「……この期に及んで命乞いか? 見苦しい」


 ヒロシが何か訳の分からないことを言っている間にも、異変は進行していく。

 王座の間全体に巨大な魔方陣が現れ、荒れ狂う魔力とともに魔王の体が宙に浮かび始めた。

 空からどす黒い雲と実体化した闇が流れ込み、魔王を核として胴体、手足、頭、そして巨大な斧を生成する。


 やがて城を凌ぐ高さまで成長したそれは、究極の肉体を誇る牛頭の巨人。


『魔王覚醒――タウロスフォルム。終わりだ、人間』


 終焉を告げる思念波が世界中を震わせる。


 覚醒――それは魔王城の魔方陣を要いて邪神の力を身に宿す魔王の切り札。

 窮地に陥った時のみに発動でき、状況に応じて適切な形態に変化することができる。

 今回魔王が選択したのは物理攻撃に超特化したタウロスフォルム――ヒロシが物理攻撃に弱いと踏んでの判断である。スキルによるバフを含め、限界まで尖らせたPOW値はなんと1500に達していた。


 しかし、ここで魔王にとって予想外のことが起きる。


『人類よ。勇敢なる者たちよ。太陽の使徒たちよ。あなたたちはここで負けるべきではありません』


『ぐっ、この光は……まさか、太陽神か!』


 曇天が割れ、美しい光芒が王座の間に降りかかる。

 それは魔王の理不尽なまでの強さにバランスをとるべく用意された、プレイヤーたちへの救済措置――太陽神の加護。

 加護は魔王が覚醒状態になると同時に発動し、戦闘中のプレイヤーの人数が少ないほど全ステータスが上昇する。その上昇量は戦闘推奨人数の50人から1減っていくごとに指数的に増加していき、最後の一人ともなると10倍にまで達する。


 魔王にとっては最悪なことに、最初からソロで挑んでいたヒロシには光の粒子が大量に集まり、ただでさえ反則なステータスを1万前後まで跳ね上げてしまっていた。


『ふん、加護を受けたところで防御を捨てているそなたに我の攻撃は防げまい。我が勝利は揺るがぬ!』


「防御を捨てて……? 何言ってるんだ?」


 ヒロシが動き出す前に魔王は先手を打つ。攻撃が当たらないのなら、避けられない状況を生み出すまで。


『【クエイクストンプ】!』


 全力で地面を踏みつけ、振動と衝撃でヒロシを麻痺させつつ宙に浮かせる。そして即座に斧を振りかぶり、限界まで力を溜めて渾身の奥義を放つ。


『さらばだ、強敵よ。【断絶する大地(ディバイドアース)】!!!』


 血管がはち切れんばかりの力が込められた両腕が振り下ろされる。

 超重量の刃は寸分たがわずヒロシを捕え、凄まじい轟音を響かせながら大地に叩きつけた。


 土煙でその姿は見えないが、魔王は確かな手ごたえを感じていた。


『やったか……』


 煙が晴れ、真っ二つに割れられた地面が現れる。

 だが、不思議なことに斧は地面に刺さっていなかった。


 そして、今も手ごたえを感じ続けている(・・・・・・・)という違和感に気がついて目を凝らす。


(な……に……? 紙装甲では……なかったのか……?)


 魔王の目に映っていたのは剣を斧で受け止め、崖をまたいで踏ん張っているヒロシの姿だった。五体満足であるどころか傷ひとつ見当たらない。

 あれほどの力、俊敏さ、魔法の腕を持っていながら防御力まで兼ね備えているという事実に魔王は戦慄する。


『我が会心の一撃を受けて無傷などありえぬ……! それになんだその剣は、なぜ壊れない!? 聖剣をも粉砕しうる一撃であるぞ!!』


 魔王はヒロシの明らかに貧弱そうな剣がこの攻撃に耐えたという事実に驚愕する。魔王の奥義の一つ【断絶する大地(ディバイドアース)】は攻撃の威力を大幅に上げるだけでなく、触れた物質の耐久値を大きく減少させるウェポンブレイク効果もあった。

 それでもヒロシが持つ始まりの剣が無事だったのは、初期装備ということで低い性能と引き換えに耐久値が高めに設定されていたこと、そして高いDEX値によって耐久値の減りが大幅に軽減されたことが原因である。


「なんだ、この程度の威力なら最初からごり押しすればよかったかな。慎重になりすぎたみたいだ」


『何を――』


 次の瞬間、凄まじい力によって斧が跳ね上げられる。

 ヒロシが剣で弾いたのだ。


『な、な、一体何なのだ貴様はァァァァ!!』


 大きくのけぞらされた魔王はただ叫ぶことしかできない。

 明確な隙が生まれたのを見て、ヒロシは何かを思い出したかのように口を開く。


「っと、スキル使うの忘れてた。【瞬間加速】」


 ――それは空間が歪むほどの加速。

 全ての力を解放しているからこそ、その一瞬で絶対的な格の違いを理解してしまう。

 まるで最初からそこにいたかのように空中で止まる青年に、魔王はただただ純粋な恐怖を覚えた。


「【スラッシュ】」


「――――」


 一瞬にして偽の肉体は消散し、本体が地面に叩きつけられる。

 体に刻まれた傷を見て初めて、斜めに斬られたのだと認識した。

 少し遅れて体から黄金の粒子があふれ出し、太陽へと還っていく。


(死、か……。我は、復讐を果たせなかったのか……)


 愛する者の笑顔がよぎり、しかし、どうすることもできない。

 消えゆく手足に呆然としながらも、これだけは聞かなければならないと、隣に降り立った青年に問いかける。


「……これほどの力、普通に生きておれば決して得られまい。そなたは一体、どれほどのものを犠牲にしたというのだ……?」


 すると青年は気まずそうに目を逸らしながら、


「睡眠時間かな?」


 絶句した魔王の意識はそこで途絶えた。


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