4話 ヒロシ、出発する
神殿で転職ってベタだなーと思いながら道沿いに歩くこと数分、石造りの神殿が見えてきた。屋根はなく、四角い台の上に柱がいくつか立っているだけのシンプルな構造だ。
神殿の中央で浮いている虹色の宝石が神秘的なオーラを醸し出している。
神殿には転職以外にも回復効果があり、近づくだけでHPなどが全快する。加えて一度触れたことのある神殿間でワープする機能も備わっており、攻略の鍵となる施設である。
すでに来ていたプレイヤーたちが次々と宝石に手をかざしており、まるで何かの儀式をしているように見えた。
これは別に頭がおかしくなったわけではなく、転職するための手順である。
ヒロシも真似て手をかざし、選択肢から転職を選ぶ。
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職業を選択してください。
現在:なし
1次職:〈戦士C〉〈重戦士C〉〈弓使いC〉〈盗賊C〉〈魔法使いC〉〈神官C〉〈農家C〉〈鉱夫C〉〈漁師C〉〈鍛冶師C〉〈調合師C〉〈料理人C〉〈芸人C〉〈商人C〉
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職業多すぎないか、と心の中でつっこむヒロシ。戦闘職らしいものが6つ、生産職に至っては8つとさらに充実している。
(魔王と戦うんだし生産職は除外かな。となると……)
詳細を確認しながら一通り見てみたヒロシは一番無難そうな職業を選択する。
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〈戦士C〉:物理属性の近距離攻撃を得意とする職業。攻撃面と防御面のバランスがよく、装備の特徴に応じた立ち回りが要求される。
ステータス補正:POW上昇(小)・SPD上昇(小)・MGC低下(中)
職業スキル:C【スラッシュ★1】【パリィ★1】【瞬間加速★2】
*職業スキルは職業ランクを上げることによって増えていき、該当する職業以外の職業では使用できません。(自力でスキルを習得した場合は除く)
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攻守共にバランスのよい職業だ。
POWはもちろんSPDも上昇するようなので、より早く魔王を見つけられるだろう。デメリットのMGC低下は先ほど魔法を習得したばかりなのでもったいない気もするが、致し方ない。
転職することで職業スキルが使えるようになるそうなので、さっそく実行する。
体が一瞬光っただけで特に変化はなかったが、ステータスを見ると確かに『職業:戦士C』と表示されていた。
スキル画面も開いてみると、サブスキルのところに新しいスキルが3つ追加されていた。職業スキルは赤字で表示されるらしい。
ひとまず新しいスキルをメインに装備してみる。
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メインスキル(5/10): 【クイックファイア★1】【スラッシュ★1】【パリィ★1】【瞬間加速★2】
サブスキル:
奥義:
スキルポイント:0PT
+
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星の隣にある数字はスキルのコストを表しており、基本的にコストが高いほど強力な効果を期待できる。コスト上限を超えてスキルを装着することはできないようだが、転職したことにより上限が5から10に上がり、まだまだ余裕がある。
無事転職を済ませたヒロシが次に向かったのは道具屋だった。
武器屋に行くことも考えたが、今の所持金で大したものは買えそうにないのでやめた。
「いらっしゃいませー!」
一階建ての小さな店に入ると、箒で床を掃除していた女の子がパタパタとやってくる。タグに『NPC:ジェリー Lv.1』とあり、どうやらNPCはプレイヤーと違ってレベルが表示されるらしい。
「お手伝いかな? 偉いね」
「えへへー。お兄ちゃん、何か欲しいものあるー?」
「地図とか売ってる?」
「んー、こっち! ついてきて!」
少女に連れられて店の奥に向かうと、床に置かれた樽の中に棒状に丸められた茶色い紙が何本か刺さっていた。
広げてみると、それは地名やダンジョンなどがおおざっぱに記された地図のようだった。大陸の南端である王都から次の街までのエリアのみが描かれている。
『簡易地図(王都周辺)を1000Gで購入しますか?
※購入するとマップに情報が反映されます』
「1000Gか……」
魔王城の位置がわかればいいなと期待していたのだが、そう上手くはいかないらしい。他の物を買ったほうが有意義だ。
といっても序盤の街に魔王攻略に役立ちそうな物があるとも思えず……とりあえずF級のポーションを数本買うことにした。試験管のような容器に入っており、飲めばHPが回復するらしい。
ヒロシが出した冒険者カードに少女が別のカードを重ねると、ゴールドの受け渡しが完了する。
「またきてねー!」
笑顔の少女に見送られながら店を出る。
ついでに余ったゴールドで隣の果物屋からりんご、みかん、バナナなどに見えるフルーツをいくつか購入しておいた。
(こんなものかな。あとは魔王城の場所さえわかればいいんだけど)
王都の北門に向かったヒロシは、門番をしていた金髪の男兵士に聞いてみることにした。
「面白いことを聞くね。知っての通り魔人は陽の光に弱いから、魔王城は太陽から最も遠い大陸の北端にあるんだ。王都とは正反対だね」
「へー。行くとしたらどれくらいかかりそう?」
「そうだなぁ……街が魔王に支配される前だと、ワープを使えば半日、使わないなら歩いて5日くらいか。今は魔王の影響で魔物が強くなっているし、街で休むこともできないからたどり着くのはほぼ不可能だよ」
「なるほど、ありがとう。ちょっと出かけてくるよ」
「行ってらっしゃい。夜は魔物が狂暴化するから、日が暮れる前に帰ってきなさい」
先ほどの道具屋の少女といい、NPCは人間と遜色ない受け答えをするようだ。職業柄人工知能に詳しいヒロシからすれば驚くようなことではない。
まさかお出かけ先が魔王城とは夢にも思っていない門番に見送られ、ヒロシは草原に踏み出した。
『北草原 推奨Lv.1~』
視界の隅にエリア情報とマップ更新を知らせるウィンドウが現れるが、それよりも青空の下にどこまでも続く緑色の丘陵に目を奪われた。
太陽のぬくもり、土の匂い、そよ風といった数多くの情報が五感を通じて伝わってくる。
(っと、感動してる場合じゃなかった。とにかく北方向にまっすぐ走るか)
歩きから早歩き、そして駆け足へ。
スタミナゲージを確認しながら、走る速度を徐々に上げていく。
やがてスタミナ消費と自然回復が一致するスピードに達すると、そのペースを維持して走り続ける。
体感ではかなり抑えて走っているのに、まるで車でドライブしているかのような速度で景色が流れて奇妙な感じがした。
時折見かける魔物を無視して走ること数十分。
草原を越え、林を抜け、岩場を踏破した先で街らしきものが見えてきた。
マップによると『火の商都テューズ』という名前の都市で、赤みがかった色が印象的な中東風の街並みが広がっている。
「確か街は魔王軍に支配されてるんだっけ。迂回したほうがよさそうかな」
進路を斜めに変えて進もうとしたとき、体が何か透明な膜をすり抜けたような気がした。
妙な感覚に首をかしげていると、前方の空間が歪み、人ひとり通れそうな穴が現れる。
その中から飛び出てきた存在にヒロシは目を見開いた。
「ばぁ! びっくりした? ねーねーびっくりしたぁ? きゃははははっ!」
突然転移してきたのは、黒い金色の角を2本耳の上に生やした紫髪の少女。
しかし、驚くべきところはそこではない。
『Raid Boss:変転の魔人ワーユワーユ Lv.70』
魔人――それはこの世界で長年人類を苦しめてきた存在。
圧倒的な力、無尽蔵の魔力、そして無限の寿命を持ち、数多くの魔物を従えることができる。
人類にとってせめてもの救いは、魔人が大陸に数人しか存在しないこと。
そして太陽神の縛りにより、魔人は通常時、人間に危害を加えられないことである。
ヒロシは今、そんな魔人と対面していた。
「あれれぇ、おにーさんひとりー? 結界に反応があったから来てみたけどぉ……ぷっ、そんなよっわーい装備で何ができるのぉ? あっ、もしかして迷子でちゅかー?」
(……一体何を学習させればこんな鬱陶しいAIが出来上がるんだ?)
ヒロシに密着し、生意気そうな表情で嬉々として煽ってくる魔人ワーユワーユ。
見た目は子供だが、黒く細長い尻尾に蝙蝠のような羽、そして紐のような衣装はまさに妖艶なサキュバスのそれである。
「あれぇ、怖くて声も出ないの? なっさけなーい! でもよかったねぇ、太陽神とやらが力を使ったせいで魔王様も魔人もむやみに人間を襲えない決まりになってるんだぁ。例外は人間の街に侵攻予告したときか、逆におにーさんがワーユを襲おうとしただけどぉ……よわよわでだめだめなおにーさんに、そんな度胸あるわけないよね~! あはっ♡」
「……言いたいことはそれだけかな?」
「わぁ、おにーさん喋ったぁ♡ えらいでちゅねー、でもぉ、強がってるのばればれでだっさーい♡ あれぇ、泣いちゃうのぉ? もしかして泣いちゃ――」
聞くだけ聞いたヒロシはワーユワーユの顔面を片手で掴み、そこそこの力で地面に叩きつけた。
が、それだけで地面が大きく揺れてクレーターが生まれ、ワーユワーユの4本あったHPゲージのうち3本が消し飛び、最後の1本も半分まで削られる。太陽の近くにいたことで弱体化していた上に、油断してバリアを張っていなかった彼女は元来のVITの低さも相まって一気に瀕死に追い込まれた。
「ふぇ……? 痛い、痛いよぅ……」
いまだかつて感じたことのない痛みに、少女は涙をぽろぽろとこぼし始める。
あまりの結果にヒロシ自身もドン引きしたが、とりあえずこの状況を利用することにした。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな」
「……っ、ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ! なんでもすゆぅ! なんでもすゆからゆるじてぇぇぇ!」
四つん這いになって号泣する幼女に多少の後ろめたさを感じつつも、先ほど閃いた考えを述べる。
「君、さっきワープしてきたよね。俺を魔王のいるところまで案内できる?」
「ま、魔王様のところに? 魔力足りるかな……ま、まって、やるやる、いますぐやるから!」
(え、できるんだ。ラッキー)
やらないとひどい目に合うと思ったのか、ワールワールは慌てて転移の準備をする。
顔が青ざめるほど大量の魔力をひねり出し、なんとか魔王城の王座までつなげるのであった。




