23話 星の空洞 2
神秘的な空洞をブラスたちは慎重に進んでいく。
サンゴのような外見をしたゴーレムや毒の泡の弾幕を張る貝、針を飛ばすウニなどがいたが、不幸中の幸いかどれも足が遅いため会敵しても逃げきることができた。
しかし、次に出会ったのは素早い部類に入る魔物であった。
『Enemy:ガンナープラウン Lv.22』
「ちょっ、地上を走るエビなんて聞いたことないわよ!」
「こ、こわいです……」
「右腕から何か撃ってきそうだ、気をつけろ!」
ブラスの言う通り、その大型犬サイズのエビは筒のような形をした左腕のハサミを鳴らす。やや遅れ、破裂音とともに空気の弾丸が飛ばされる。
狙いは甘かったらしくブラスから少し外れたところに当たるが、地面がえぐれるほどの威力を見て皆がひやりする。
「こんなのまともに受けたら即死だろ……!」
「パリィしなさいよ!」
「無茶言うなって!」
【パリィ】は物理系攻撃を武器や盾で受ける瞬間にタイミングよく発動することで攻撃を跳ね返すスキルだが、弾こうとする攻撃のダメージ量、自身のPOWとDEXに応じて受付時間が変動する。
成功しても無効化したダメージに比例してスタミナを消費するため、格上相手に使うのは厳しい。
幸い連続して弾丸を撃ってくるようなことはなかったが、機敏な動きによる突進や、触覚をムチのように振るう攻撃に苦しめられる。
「【属性看破】……成功、弱点は火と雷です!」
「ナイスよトモエさん! 【サンダー】!」
後衛2人の魔法もレベル差のせいか効き目が薄く感じていたが、弱点を突き始めたことで着実に敵のHPを減らし始める。
ブラスも隙を見てポーションを浴びながら攻撃を凌いでいき、攻撃パターンを把握することで被弾を減らしていく。もちろん挑発スキルを挟むこともわすれない。
戦闘開始から2分ほど、エビが再び左腕のハサミを鳴らす。
狙いはブラスだろう。ゲームの仕様なのか、肌が焼けるような感覚が大技を警告してくる。このままでは当たる、と。
(さっきは音が鳴ってから約3秒。今回も同じ保証はねぇが、最初の1発がヒントとしてわざと外れるようになってるとしたら……)
ブラスがプレイしてきた限りでは、OLWにこれといった理不尽要素はない。危険は前もって知らせてくれるし、魔物の行動にも規則性が存在する。
すでに駆け出していたブラスはちょうど3秒が経つ直前で反対方向に飛ぶ。
ブラスを追尾していた銃口は急な変化に追いつけないまま弾を放ち、なにもない地面を穿った。
見たところかなり直前まで追尾されていたため、カウントがコンマ数秒ずれていたらと思うと背筋が凍る。だが、突破口が見つかったのは大きい。
「どーこ狙ってんだぁ、ガンナーの名が泣くぜ? 【シャウト】!」
「お兄ちゃん一回躱したくらいでイキりすぎなんだけど! 【サンダー】!」
「当たらなければ、というやつですね! 【マルチファイア】!」
それからもブラスは後衛に弾が行かないように立ち回りながら大技を回避し続け、シスとトモエも順調にダメージを稼いでいく。
だが、HPが2割を切ったところでエビが全身からピンク色のもやのようなものを出し始めた。
「な、なんだぁ? 煙幕か?」
「目くらましにしては薄いわね」
「……くんくん、なんだか甘い匂いがします」
「ちょっ、毒だったらどうするのよ! ……まあ、特に影響はないようだけど」
もやを出し終えたエビは再び攻撃を続けたが、行動パターンにこれといった変化はない。
引っ掛かりを覚えつつも戦闘に集中し、ついに敵のHPも残り1割を切る。
「よし、最後まで気ぃ抜くな!」
「後ろは大丈夫よ! このまま前に集中……」
前に向き直ったシスがあるものを見て言葉を途切れさせる。
ブラスとトモエにも見えていた――遠くに現れた巨大なエビを。
『Enemy:キャノンロブスター Lv.24』
「ッ、弱ってる方を速攻で潰せ! 2体同時に相手するのだけは避けるぞ!」
「は、はいっ! 【ボム】!」
「食らいなさい! 【ウィンド】! 【アース】!」
迅速な指示により、2人がMP残量度外視で全ての魔法を叩き込んでいく。
その間にもブラスはエビの攻撃を凌ぎ、敵の合流を遅らせるべくパーティごと後退する。
(……ッ、こ、これは!)
あと少しで倒せるというところで肌が強烈にぴりつく感覚。しかしハサミの音は聞こえていない。
(ちょ、後ろかッ!?)
視線を遠方へやると、目の前のエビよりも一回り大きいロブスターがその巨大なハサミを斜め上に構えていた。
足元にはご丁寧にも着弾予測範囲が真っ赤な円で表示されている。わかりやすい警告、つまりそれだけヤバい攻撃というわけだ。
考える間もなく爆発音が空洞内に響き渡る。すぐさま範囲から逃れようとするが、赤い円は通路の大部分を占め、重戦士のブラスでは全力疾走でも間に合うか怪しい。
一瞬の判断。逃げるのをやめ、盾を構える。巨大な水弾が天井スレスレの放物線を描き、すでに目前まで迫っていた。
「お兄ちゃんッ!」
「ブラスさん!」
2人の悲鳴が聞こえるが、返事をしている余裕はない。
小エビの弾丸に比べ、この水弾は高威力で広範囲――だが、見える《・・・》。
「【ガード】!!」
1秒間被ダメージを軽減する【ガード】――スタミナ消費とクールタイムが難点だが、攻撃のタイミングに合わせて発動すると軽減量が増加し、おまけにスタミナ消費0、クールタイム0になるテクニックがある。
着弾間際、土壇場で発動させたそれは奇跡的にジャストガード判定となり、青いエフェクトが体を一瞬だけ包み込む。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
水弾が破裂し、圧倒的な質量に押されつつも全力で踏ん張る。
「ジャストガード!? な、ナイスよお兄ちゃん、踏ん張って!」
シスが投げたポーションをガラス片ごと浴びながら耐え忍ぶ。
水流の勢いが弱まっていき、後衛と並ぶ位置まで押されてようやく止まった。
「うへぇ、ジャスガじゃなけりゃやばかったな。初見で成功して助かったぜ」
「まったくよ! 死にかけじゃないの!」
涙ぐんでいるシスに礼を言おうとしたが、相手は息をつく暇も与えてくれないらしい。
見れば小さい方のエビがまだ生きていたようで、銃口をブラスに向けていた。
(……やべ、ハサミの音聞いてなかった。てか、足が痺れて動けねぇ)
逃げることはできず、パリィもジャスガもタイミングがわからない以上当てにならない。死を覚悟するが、すぐにシスとトモエのことが頭によぎる。
「2人とも、逃げ――」
「【パリィ】」
視界の片隅に映ったのは地面に落ちる三角帽子。
そして黒と紫の長髪をなびかせた少女が金属の杖を振るう姿だった。
金属音がして不可視の弾丸が見事に弾き返され、貫かれたエビは消滅する。
(トモエさん!? 魔法使いなのになんでパリィを……って敵に弾き返した!?)
飛び道具を弾くだけならまだしも、それを相手に命中させるにはタイミングに加えて武器の向きまで完璧に合わせなければならない。対象が弾丸ともなるともはや神業である。
だが、トモエはその場で膝をつく。パリィした攻撃の威力があまりにも高く、反動でスタミナが底を尽きたのだ。
そして最悪なことに、再び赤い円がブラスを中心に広がり警告してくる。先ほど水弾を撃ったばかりのロブスターが、今度は反対側のハサミを構えていた。
「連発とかありかよ! だあくそっ、回復が間に合わねぇがやるしかねぇ!」
ブラスはポーションを飲みながら前に駆けだす。トモエたちに被害が及ばないよう、できるだけ前方で受ける必要がある。
「【マルチファイア】!」
シスが最大まで溜めて放った魔法が、ほぼ同時に放たれた水弾を削ろうとする。
しかし差があまりにも大きたようで一部を蒸発するにとどまった。
ブラスの残りHPは6割ほど。ジャスガをしても耐えられないだろう。
ならば判定はさらに厳しくなるが一か八かでパリィを試すしかない。
(くそ、理不尽要素がねぇのがこのゲームの数少ない長所だってのに)
目で見えていようがあの規模の攻撃だと成功率は天文学的に低い。成功したところで逃げ切れる保証はない。
それでもブラスは足掻き続ける。目をかっぴらいて盾を構える。
「来やがれぇぇぇ!!」
全神経を研ぎ澄まし、着弾の瞬間を待つ。
その直前――虹色の奔流が水弾をぶち抜いた。




