19話 最前線の兄妹 2
兄妹はその後の道中でまたいくつも貝殻を見つけたが、その半分は中身のいない殻だった。ヤドカリが入っていた場合も打ち合わせ通り倒し、2体までなら同時に相手取れるようになっていた。
中には水鉄砲を飛ばしてくる岩の殻を持つ個体もいたが、ブラスが上手く立ち回ることで全て防いでいる。
「結構奥まで来たわね。ヤドカリしか出ないなんて不思議だけど」
「倒しやすい魔物でよかったろ。しばらくこの辺でレベル上げするのもアリだな」
「そうね、敵のレベルもちょうどいいし……待って、壁の色が変じゃない?」
「……マジだ。暗いから気づかなかった。ヤドカリと何か関係がありそうだな」
2人は洞窟の壁に近づき、その色が茶色から青っぽい黒に変わっていることを確認する。色の変化を見るのは今回が初めてだ。
慎重に進んでいくと、すぐに大きな空洞に行きついた。
高い天井に空いた穴から光が差し込み、壁を反射して全体を青く照らしている。
地面には見覚えのある貝殻が点在しており、その中心には巨大な岩が鎮座していた。
「あからさまにボス部屋だよな」
「さすがにね。ポーションはまだ余裕あるけど、引き返す?」
「威力偵察だけでもしておきたいが……まずは中身を確認しねぇとな」
ブラスは近くの岩をハンマーで砕き、手ごろな大きさの石ころを拾った。そして巨大な貝殻めがけて遠投し、伏せて様子をうかがう。
見事命中した石ころは、カツンと音を立てて弾かれる。何も起きないと思いきや、案の定その貝殻は浮き上がり、大ヤドカリが顔を覗かせた。
『Boss:巨岩ヤドカリ Lv.15』
その大ヤドカリは青と紫の美しいグラデーションがかかったハサミをカチカチと鳴らし、周囲を見渡す。近くに誰もいないのを見ると、ギィギィと鳴いて再び引きこもった。
ブラスが他の小さな貝殻にも同じように石を当てたが、それらは特に反応しなかった。
「綺麗な色のヤドカリだったわね」
「サイズが異常だけどな。ボスのレベルは15で、取り巻きは反応なし……どうする?」
「まかせるわ。あんたがリーダーでしょ」
素っ気なく聞こえるが、それが信頼からくるものだとブラスはわかっていた。しばらく考え込み、やがて両手で顔を叩いて引き締める。
「うし、やるか! いつでも逃げられるように、ボスを入り口付近まで連れてきて戦う。もし周りの貝殻がアクティブ化したら、1体までなら様子見、2体以上で即撤退。倒せそうなら倒すが、あくまで小手調べということを忘れんな、以上!」
「さすがお兄ちゃん、最高にかっこいいわ」
「へっ、知ってるっつーの!」
ふざけながら不敵に笑う兄妹だが、武器を握る手は固い。命がけ、それも格上との戦闘となると緊張しないほうがおかしい。
それでも彼らがここまでやってこられたのは、引き際を弁えていたからである。欲を出しつつも出しすぎないこと、その塩梅が絶妙なのだ。
己の決断を信じ、ブラスはゆっくりと中央へ向かう。
あと少しで触れられるというところで巨大な貝殻が持ち上がったので、すぐにチャージしておいた【スマッシュ】を本体に叩き込む。
続けて飛んでくるシスの火球と入れ替わるように距離を取り、敵から目を離さないまま入り口まで後退した。
同時にボス戦特有の乱入禁止結界が張られた。ゲームバランス上の都合で外部からの干渉を防ぐものだ。
「誘導成功っと。よしよし、取り巻きは寝たままだな。そんじゃあ大ヤドカリ、あんたの技全部見せてもらおうか!」
「ポーションよし、ヤバそうになったらいつでもぶん投げるわ」
「ヘッドショットだけは勘弁な!」
シスが両手にポーションを持って回復に専念してくれるので、落ち着いて防御に集中できる。ボス戦は些細な隙も命取りになる可能性があるため、こうして相手の攻撃に慣れるところから始めるのだ。
ブラスに追いついた大ヤドカリが大振りなモーションでハサミを叩きつける。
「【ガード】!」
いきなり繰り出された大技に対し、ブラスは重戦士の初期スキルを使用して盾で受け止める。
【ガード】は発動後1秒間のみダメージを軽減するスキルだが、スタミナを大きく消費する上にクールタイムがあるため、使いどころには注意が必要だ。
(くっ、重ぇ!)
盾越しに衝撃が伝わり、ブラスは膝をつかないだけで精いっぱいだった。ガードしてなおHPを3割も削られたが、背中に叩きつけられたポーションを浴びてすぐに全快する。
しかし反撃する間もなく、もう片方の腕が横から迫ってくるのを再び盾で受け止めた。振り下ろしほどの威力はなかったが、盾をハサミで挟まれたことに気づく。拘束が目的の攻撃だったのだ。
「やべ……!」
「お兄ちゃんっ!」
身動きをとれなくなったところに最初のハサミが再び振り下ろされる。
ブラスはとっさに盾を手放して足で蹴り、転がるようにしてなんとか逃れた。
「っふぅぅ……なんつー初見殺しだ。まともに受けちゃだめだな」
「ぶつぶつ言ってないで予備の盾出しなさい!」
「とっくに出してるっての、ホラ」
前のより取り回しのよさそうな小さめの丸い盾を取り出す。
手放したほうの盾は30秒経てば手元に呼び寄せられるようになるが、回避や受け流しを重視するなら今の盾が適しているかもしれない。
再び動き出そうとした大ヤドカリだが、シスの溜めていた【ファイア】を受けて怯む。両手がポーションでふさがっているので杖を経由しない分弱体化してしまうが、フルチャージともなれば決して無視できない威力だ。
ブラスはヘイトを稼いで敵の攻撃を誘導しつつ、ヘビーアーマーを着ているようには思えない機敏な動きでハサミをいなしていく。
攻撃パターンに慣れてくると被弾が減ると共に反撃も入れられるようになり、シスも片手をポーションから杖に持ち替えたことで与えるダメージも増えていった。
「【シールドバッシュ】ッッ!」
「【ファイア】」
ブラスが盾を叩きつけて生まれた一瞬の硬直を見逃さず、シスの魔法が大ヤドカリの顔面に直撃する。
そしてついにHPを8割まで削ると、大ヤドカリは殻に引きこもった。
「おっ、これは殻を砕けってことだよな。【スマッシュ】!」
「【アース】……全然削れないわね」
ハンマー打撃に魔法の石礫と、何度も攻撃を加える兄妹だったが、殻の耐久ゲージは攻撃ごとにミリ単位しか減っていない。
「子分ヤドカリとは段違いの硬さだな。つっても殴り放題だから時間さえかければ……」
「ねぇお兄ちゃん。ヤドカリ回復してない?」
「おいおい、冗談はよせって。……マジか」
確認すると、じわじわと本体のHPが回復していた。このペースだと殻を破る前に全快してしまいそうだ。
そして想像していた通り、殻の耐久を3割ほど削ったあたりで回復を終えた大ヤドカリが殻を持ち上げて這い出てくる。
「ははっ、殻に籠って回復とか反則だろ!」
「面倒ね。一度割ってみる? それとも帰る?」
「……帰るぞ! 十分な収穫はあった」
「わかったわ。しんがりよろしく」
動き出した大ヤドカリの攻撃を防ぎながら入り口まで後退する。
結界の外に出ると大ヤドカリはそれ以上追ってくることはなく、しばらくして空洞の中央に戻っていった。敵が殻に籠ると状態が初期化されたのか殻の耐久が全快し、同時に結界も消える。
「ここから魔法で攻撃したら削り切れるかしら」
「さすがに対策されてるだろ。けどまあ、殻を削る手段はなんとかしねぇとな」
「冒険者ギルドで野良パーティ募集してみる? できれば鉱石系に強いビルドで」
「おいおい、ただでさえ人気がない大洞窟だぞ? ほぼ初見のボス討伐とか集まる気がしねぇぜ」
「ダメ元よダメ元。息抜きも兼ねて2日ほど待ってみましょう」
結局シスに押し切られるような形で方針が決定し、2人は王都へ帰還するのだった。




