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2話 ヒロシ、デスゲームに巻き込まれる

 キャラメイクを終えたヒロシは真っ白な空間にいた。


 周りには数万人のプレイヤーたちがおり、姿を確認したり話し合ったりしている。

 見たところ若年層が7割、中高年層が3割くらいで、男女比は五分五分ほど。皆似たような服装だ。


 しばらく様子を見ていると空中に巨大なスクリーンが現れ、足を組んでいる青髪の美少女が映し出された。まっすぐ肩まで伸びた長髪はつややかで、黒いインナーの上に白衣を羽織っている。


 突然の出来事に喧騒がパタリと途絶えると、少女は垂れ目をパチパチさせてから開く。


『あー、注目注目。ボクはレイナ、このゲームのディレクター兼プログラマーだ。プレイヤー数が定員の5万名に達したので、これよりOLW(ワンライフワールド)のチュートリアルを行おうと思う。質問は一切(・・)受け付けないのでそのつもりで』


 面倒くさそうな声が空間に響き渡る。

 質問を受け付けないという前置きに不満の声が上がるが、ヒロシはそれよりも5万人という定員について気になった。定員があるとは知らされてないし、なぜチュートリアルを一斉に行うのか、など突っ込みどころは多いが、ひとまず話を聞く。


『さて、オープニングで見てもらった通り、OLWは中世ヨーロッパをモチーフとした剣と魔法の世界だ。キミたちプレイヤーは冒険者として王都に降り立つが、人類の王国は魔王の侵略によって滅亡しかけている』


『魔王を倒せばゲームクリアだが、初期の戦力ではまず勝てない。そこでキミたちはNPCと協力して王都を防衛しつつ、魔王に支配されている他の街を奪還して戦力を増やすことになるだろう』


『戦う意思のある者は、まず街の周辺で魔物を倒してレベルを上げることを推奨しよう。戦いが苦手な者は生産職としてアイテムを作ることでも貢献できる。好みに合わせて自由にプレイしてくれ』


 画像を交えて次々と語られる説明をヒロシは他人事のように聞き流す。実際、少し様子見したらログアウトするつもりなので他人事だ。

 別にゲームが嫌いなわけではないが、早急にリゾート旅行の準備をする必要がある。


『さて、次にこのゲームをプレイするにあたっての注意点を言っておこうか』


 少女は間を空け、にやりと笑って言い放つ。


『まず、ゲームがクリアされるまでキミたちは現実世界に戻れない』


「……は?」


 さらりと告げられた爆弾発言に対し、ヒロシは思わず間抜けな声を漏らす。

 ログアウトできないということは依頼を達成できないということ。2000万もリゾートの予定も全てパーという悪夢にヒロシは言葉を失った。


 チートツールを使えば強制ログアウトも可能かもしれないが、セキュリティを警戒してゲームの中から使えるようにはしていない。

 そもそも、サイバー大戦後の電脳世界における規制や取り締まりが急速に発展した現代でデスゲームが実現してしまうなんて誰が予測できただろうか。……ハッキングなんてやってのけたヒロシも大概だが。


 その理不尽な内容に不満を持ったプレイヤーは多かったのか、スクリーンに向かってたくさんの怒声が飛ばされた。


 それを少女は気にも留めないどころか、いたずらっぽく微笑んで説明を続ける。


『そして察しのいい者は気づいているかもしれないが、プレイ中にキャラクターが死亡した場合、特殊な電流によってプレイヤーの脳機能が停止し、二度と意識を取り戻すことはない。――いわゆるデスゲーム、というやつだ』


 ゲームでの死が、現実世界での死に繋がる――

 少女の発した言葉に、プレイヤーたちは戦慄した。



(まじか、チートしててよかったー)



 ……一部例外を除いて。



 つかの間の静寂から、多くのプレイヤーたちが少女に向かって罵声を浴びせ始めた。

 呆然と立ち尽くす者、泣き出す者、果てはただの演出だと言って信じない者もいた。


『ああ、言い忘れていたがチュートリアルが開始した時点から全員の思考速度を1億倍に加速させている。リアルの心配は無用だ、安心してゲームに励んでほしい』


 外部者や警察の介入はないと言外に示され、プレイヤーたちの絶望が深まる。


(1億倍って、大丈夫かよそれ……)


 時間加速に関する論文はヒロシも読んだことがある。主流なのは脳内の情報処理を量子コンピューターなどが一部肩代わりし、仮想思考の演算結果を3次元の電流刺激で脳に反映させる方法だ。

 ただ、最新の技術をもってしても倍率はせいぜい5倍で、さらに安全上の都合から短時間に限定されている。

 それが一気に1億倍となると世界に革命を起こしかねない技術だ。なぜそんなものをゲーム会社が独占しているのか疑問だが、それをデスゲームに使うなんて無駄遣いも甚だしい。


(まあ、生きて帰れれば飛行機にも間に合うだろうし、いいか)


 あくまでリゾートにこだわるヒロシであった。


『あと、難易度が高すぎた場合の救済処置として、生存しているプレイヤーが50人を下回ると自動的にゲームクリアになるようにしておいた。どんなに敵が強くても、最後まで諦めないようにね』


 そう告げられても、喜ぶ者は少ない。

 救済処置といえば聞こえはいいが、5万人中の50人、つまり0.1%しか生きて帰れないということ。下手すればその枠を巡って殺し合いが起こる。


『チュートリアルはここまで。細かいことはTIPSやヘルプを読んでほしい。さあ、一度きりの命で思う存分OLW(ワンライフワールド)を楽しんでくれ。健闘を祈るよ』


 少女は手を振りながらチュートリアルを終える。

 そしていまだに文句を言いつづけているプレイヤーたちを、有無を言わせず転送させたのだった。



***



 浮遊大陸ウラナシアにて、人類と魔人は長きに渡り争いを繰り広げていた。

 強大な力を有する魔人に対し、大陸唯一の国家、オルデイ王国は前線に軍を配備して抵抗を続けていた。

 しかし、その均衡は魔王の誕生によって破られる。

 絶大な力を持った魔王は魔人と魔物を従えて人類の街を次々と支配していった。

 とうとう南の果てまで追い詰められた国王は決死の覚悟で魔王と戦い、王都はなんとか陥落を免れた。

 だが、王は重傷で意識を失い、さらに太陽の巫女である第一王女が魔王によってさらわれてしまう。

 絶望的な状況下で、王都に集まった数万人の冒険者の卵たちが立ち上がる。

 果たして、彼らは国を救うことができるのだろうか……。


――OLW「オープニングムービー」ナレーションより




「これがフルダイブVR……科学ってすごいなぁ」


 街の大通りに転送され、ヒロシはその景色に感嘆の声を上げた。

 街道には2、3階の建物がずらりと並んでおり、高低差のある街並みの果てには巨大な白亜の城が高台の上にそびえ立ち、昼の日差しを受けて見事に輝いている。


 そんな心躍る光景とは対照的に、道を歩くNPCらしき住人たちはどこか暗い表情をしていた。人通りは少なく、開いている店の数も少ない。


 ヒロシが現実と大差のない風景に感動していると、隣から喚き声が聞こえてきた。


「クソが! 意味わかんねぇよあの女! 早く俺を現実世界に戻せ! 訴えてやる!」


 近くに転移していた若い男性が周囲に当たり散らしている。

 恰好はヒロシとまったく同じ布の服であるため、プレイヤーだ。

 認識すると同時に、彼の頭の上に『Player:+闇の十字架+』というタグとHPゲージが表示された。

 プレイヤーのレベルは表示されないようで、ヒロシはひとまずホッとした。その場を去ろうとすると、男性に声をかけられる。


「おいあんた、なんでそんな平然としてんだよ! デスゲームだぞ!?」


「えーっと、達観してるから?」


「けっ、かっこつけやがって。どうせ内心でビビってんだろ、そうに決まってる!」


 苦笑いでごまかしたヒロシだが、男はその反応が気に入らなかったようだ。

 チートしている手前、少し気まずい。


「てかよ、ずっとこの街に引きこもっていれば少なくとも死ぬことはねぇ。他のやつが魔王を倒すのを待ってりゃいいんだ。な、名案だろ? あんたもそうしないか?」


「いや、この街がずっと安全だとは限らないし、レベル上げはしておいたほうがいいんじゃない?」


「はっ、勇者気取りかよ。ゲームと現実の区別もつかねぇのか? だったらせいぜい早めに魔王倒してくれよな、勇者様よぉ!」


 厭味ったらしく男は言うが、それは案外ヒロシにとって良い案だったりする。

 考えようによっては一番命が危ういのはチートしているヒロシだ。キャラデータがプロテクトされていようが、一度死ねば終わりというシステムを利用すれば簡単に排除できる。運営に魔改造されたモンスターでも送り込まれればお終いだ。

 だったらやけくそでも見つかる前に魔王を速攻で倒してゲームを終わらせれば、まだ可能性はある。


「そうだな、じゃあ今からサクッと倒してくるよ」


「あっ、おい! ど、どうなっても知らねーからな!」


 男に背を向け、ヒロシは魔王を倒すべく動き始めた。


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