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16話 魔王軍報告会

 魔人――それぞれが数千、数万の魔物に匹敵する力を持つ恐るべき存在。

 そんな魔人すら従える魔王は現在、城の広い一室で会議を始めようとしていた。


 細長の大きなテーブルには大陸全体の地図が広げられており、移動能力に長けた数名を除き、大半の魔人たちは魔道具による音声通信で参加している。


「……同胞たちよ、諸君のおかげで人類をここまで追い詰めることができた。礼を言う」


 豪華な椅子に座り、鎧に身を包んだ魔王アムアムヒアが威厳に満ちた声で告げる。


 この場にいる魔人たちはデイ・ストーンを有する人間の街の管理を任された者――『ボス』たちであり、この場で定期的に進捗を報告する決まりになっていた。

 皆、忠誠心に差はあれど、魔王に少なからず畏怖の念を抱いていた。


「これより報告会を始める。バーガノス、月のデイ・ストーンは無事か?」


『オウ! 異常なしだゼ、魔王サン!』


 魔王の呼びかけに、太く快活な声が机に置かれた魔道具のひとつから返ってくる。


「元気そうだな。先の戦いではよく活躍してくれた」


『へへっ、戦いはオレ様の生き甲斐だからナ! にしても戦いがない時は暇でよォ、人間の兵士を牢から出して殴ってルんだが弱っちくてすぐ飽きちまったゼ。たまには魔王サンも相手になってくれよナ!』


『ブモォォォォ!』


『ほら、もう一人のオレ様もそういってるゼ!』


「相変わらずだな。気が向いたらそちらに向かおう」


 血気盛んな声と牛の鳴き声のような音を聞き、やれやれとため息をつきながらも魔王はわずかに口角を上げる。力の一部を封印されている状態であれば、いい勝負になるかもしれない。


「魔王様ぁ、そんな筋肉バカほっといてワーユと遊んでよー」


 魔王の膝の上に転移して甘えるのはサキュバス風の少女ワーユワーユ。優れた転移能力を持つ彼女は他の街を経由し、生身で会議に参加していた。


「ワーユワーユか。今朝相手をしたではないか。で、調子はどうだ?」


「絶好調だよぉ。人間の王様がちょーっと邪魔だったけど、魔王様がやっつけてくれたおかげで今ならワーユだけで王都を滅ぼせちゃうもんねー」


「ほう、頼もしいな。では、次の侵攻はそなたに任せるとしようか」


「ほんと!? やったぁ! よわよわの人間さんたちがどんな顔するか、今から楽しみぃ♥」


 ワーユワーユは蝙蝠のような羽を嬉しそうにはばたかせ、意地悪な笑みを浮かべた。

 王都に一番近い火の街のボスでもある彼女は、先の戦いでの消耗も少なく、好戦的なので適任だろう。油断して足元をすくわれないか不安ではあるが。


「次は……アコン。調子はどうだ?」


『ええ。今も愚かな人間ともから順調に魔力と労働力を搾り取っております。皆さん酒と賭け事に夢中で、反乱を起こそうなどという輩はさっぱりいなくなりましたよ』


 魔道具越しに聞こえてくる青年の声、その主は金の街のボス、アコンである。知的な響きの裏には性格の悪さがにじみ出ている。


『そうそう、最近ちょっとした粉をバラまきましてねぇ、するとあら不思議、皆さんより一層身を粉にして働いてくれていますよ、粉だけに、アッハハハ!』


「……程々にな」


『ええ、ええ。私、人間が死なないギリギリを見極めるのが大得意でして』


「ではネーネブルーム、報告を聞こうか」


 会話が長引きそうだったので、次の魔人に話を振ることにする。


『はぁぁい。こちらはいつも通りぃ、村の人間たちをお世話していますぅ。どこかの悪い狐みたいにぃ、ひどいことはしてませーん』


 間延びした優しそうな声がアコンを非難するが、当の本人は心外に思ったようだ。


『いやいや、あなたが言うお世話は身動きを取れないようにして、死なないように養分を流し込むことでしょう? 聞いた時、初めて人間に同情しましたよ』


『嫉妬ですかぁ? 可愛いですねぇ、ネーネのところにくればきみもたっぷり愛してあげますよぉ。根っこでぎゅーっと抱きしめてあげますぅ』


『死んでもお断りですねぇ!』


 しばらく言い争っていた2人だが、魔王がわざとらしく咳払いをすると静かになった。


「あと3人か。シータ、そなたから聞こう」


「は、はい。特に異常はない、と思います……」


 おずおずと返事をしたのはヒレのような耳をした気弱そうな少年。深い青色の髪を肩まで伸ばした彼は、いつのまにか移動していたワーユワーユにほっぺたをつんつんされていた。彼女が転移でつれてきたようで、仲がよさそうだ。


「やめてよぅ、ワーユちゃん」


「やだー。嫌がるシータが可愛いんだもーん。おねーさんの特権だよ♪」


「ぼ、ぼくのほうが早く顕現したのに……うぅ……」


 子供のじゃれ合いのようなものを見せられた魔王は苦笑いを浮かべた。この様子なら大丈夫そうである。


「次、トンマック」


 魔王が別の魔人の名を呼ぶが、しばらく待っても返事はない。


『あの馬鹿が欠席するのはこれで10回目ですねぇ。いい加減ボスから外したほうがよいのでは?』


「……問題ない。あの地にとどめておかなければ、何をしでかすかわからぬからな」


 魔王ですら制御しきれない魔人は存在する。その一人が暴食の名を冠するトンマック。

 そしてもう一人こそ、沈黙を貫いている白銀の鎧を纏う長身の麗人。目元は兜に隠れて見えないが、体つきは明らかに女性のものだ。その長髪は金色に煌いており、毛先はやや青みがかっている。

 しかし、特筆すべきは背後に折りたたまれた黄金の両翼が、まさしく竜のものであるということであろう。竜の頂点、天空の覇者とも称される彼女の空中戦闘能力はまさに大陸随一である。


「最後にシプリナ。報告を聞こ――」


 ――その刹那、魔王の喉元に槍の矛先が突きつけられていた。


「アムアムヒアよ、言ったはずだ。私は貴殿の配下としてではなく、あくまで対等な関係としてここにいると」


「……まだ我を主として認めてくれぬのか」


「そう気を落とすな、同盟を結べただけでも誇らしく思え。私が主として認めるのは、私を片手で屈服させられる圧倒的な強者のみ。貴殿では相討ちがいいところだろう」


 そんな者がいてたまるか、と心の中で思う。

 現存する最古の魔人、シプリナ。一度己が認めた主に全てを捧げる性質を持つが、そのあまりの強さゆえに彼女に認められた者はいまだかつて存在しない。

 同盟という形ではあるものの、彼女の気分ひとつで反故になるような力関係であった。

 魔王は席を立ち、頭を下げる。


「非礼を詫びよう、シプリナ殿。改めて、報告を聞かせてはくれぬだろうか」


「いいだろう。伝えておきたいこともあるからな」


 槍を収めたシプリナは席に戻りながら語る。途中、ワーユがふくれっ面でにらみつけるが、歯牙にもかけない様子だ。


「土のデイ・ストーンは問題ない。ただ、王都付近を見回りさせていた配下の竜が妙なことを言うのだ」


「妙なこと……とな?」


「ああ。なんでも巫女の力を感じて近づいてみると、巫女らしき人物の隣に恐ろしい強さの青年がいたようでな。敵意を向けられたので襲い掛かると逆に半殺しにされ、おめおめと逃げ帰ってきたのだ」


「……なんと。まだ人間の中にそのような強者がおるとは」


 シプリナが従える竜はどれも高位の魔物であり、たとえ下っ端でも王国兵士100人分の戦力に相当する。シプリナと力を共有しているため、魔人同様に平時は戦意のない敵に手を出せないという縛りがあるが、侵攻中は敵にとって悪夢のような存在だろう。


「きゃははっ、人間さんに負けるなんて、すっごいよわよわなドラゴンさんだね! しつけがなってないんじゃな~い?」


「黙れ小娘。無論、愚か者の性根を叩き直しているところだが……わざわざ報告するのには理由がある」


 見下すように言い放つワーユだったが、シプリナの次の言葉にワーユ含むその場にいた全員が凍り付いた。


「その竜は……ルーベだ」


「なっ、紅玉竜ルーベ、だと……? あの最強の三宝竜の一柱の……?」


 シプリナの配下の中でも三宝竜と呼ばれる3体の竜は、魔人に迫る強さを持つことで知られている。それを一人で撃退しうる人間など、王族でもなければあり得ない。


「まあ待て、私もルーベの言うことを鵜呑みにするつもりはない。あやつとて王都周辺まで行くと大きく弱体化するからな。大方ルーベが油断していたか、野良の魔人が人間に化けていたのだろう」


「そ、そうだよっ! 超ざこざこの人間さんがそんな強いわけないもん、絶対!」


 シプリナの見解に、他の魔人たちも心の中で警戒を緩める。

 しかし、魔王はなぜか引っ掛かりを覚えた。


「シプリナ殿、一応その青年とやらの特徴を聞いてもよいだろうか?」


「ああ、別に構わないが。貧弱な装備をした、茶髪の青年だそうだ」


「……そうか」


 一瞬頭痛が走り、青年の姿が脳裏に浮かんだが、疲れがたまっているのだろうと幻覚を振り払う。

 しかし、その得体の知れない胸騒ぎは会議が終わってもしばらく残り続けるのであった。


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