15話 王の林の試練 4
(なんかドラゴンが出てきたんだが……)
あまりの急展開にヒロシは心の中でつぶやく。
先ほどのやりとりでソラヤの好感度が100になったらしく、クエストクリアの通知を見て心の中で喜んでいた矢先にこれである。
強さはともかく、VRで見る巨大なドラゴンははっきり言って魔王よりも迫力があった。思わず動きを止めて眺めてしまう程度には。
「ヒロシ殿、逃げてください!」
ソラヤの声に、現実逃避から意識が引き戻される。
「逃げるって、姫様は?」
「残ります。紅玉竜が現れたのは恐らく巫女の力のせいですから」
「ダメだ。危険すぎる」
「大丈夫です。魔人の命令で動いている場合は太陽神の縛りが適応されるので、抵抗しなければ危害は加えられないはずです」
「でも、もし違ったら――」
「信じてください。何があっても、わたしは決して死にませんから」
ヒロシの言葉を手で制し、ソラヤは心配をかけまいと微笑んだ。
だが、ヒロシはそんなソラヤの頭に優しく手を置いた。微かに震える声に悲しそうな目……強がりを見抜けるくらいは彼女のことを知っているつもりだ。
「ふぇ?」
「安心して姫様。実は俺、こう見えて強いんだ」
「つ、強いのはもちろん知っていますけど、相手はあの紅玉竜ですよ!」
「王女を竜から救う騎士……恰好いいじゃないか」
「そんな、待ってください、ヒロシ殿!」
ソラヤの制止を振り払い、ドラゴンに向かって歩き出す。
余裕の態度を装ってはいるが、なにせ生のドラゴンなど初めて見るので怖いものは怖い。それでもソラヤの前では見栄を張っていたいのでヒロシは強気の態度を崩さない。
「おまたせ。かかってきなよ、ドラゴンさん。相手してあげよう」
それまで巫女であるソラヤに視線を注いでいたドラゴンは敵意に反応し、ヒロシを一瞥する。そして貧弱な装備を鼻で笑うと、前足を振り上げてヒロシの体を切り裂こうとした。
「ああっ……!」
ソラヤの悲鳴が衝撃音にかき消される。
その中心には片腕で爪を受け止めたヒロシと、ぎょっとした様子のドラゴンがいた。
ヒロシは爪を振り払うと、軽くジャンプしながら拳を構える。
「お返しだ――【スマッシュ】!」
つい最近戦士の職業ランクがBに上がり、新たに手に入れたスキルの一つ、【スマッシュ】――打撃力とノックバックを強化した一撃を放つことができる。
ドラゴンの顎に大気を震わせる強烈なアッパーカットが決まり、その巨体が大きく吹き飛ばされた。
「ギェアォォォォォォ!?」
レイドボスでありながら一撃でHPを3割持っていかれたドラゴンは悲痛な叫び声を響かせる。
よろめきながらもなんとか空中で体勢を整え、そのまま逃げるように飛び去って行った。
「姫様、もう大丈夫だよ。……姫様?」
「……きゅう」
振り返ると、衝撃のあまり口をパクパクさせたソラヤがふらりと倒れるところだった。
***
神殿を経由して王都へ帰還する。
時刻は昼過ぎで、早めの夕食をとるために近くのレストランに入ると正気に戻ったソラヤに質問攻めにあった。
なんとかごまかしていると、事情があるのを察したのかソラヤは意味深に頷く。そして今度は感謝の言葉を並べ始め、ヒロシはとてもこそばゆい気持ちになった。
ともあれ、食事を終えて店を出ると日が傾き始める時間帯だった。
「あちらで休憩しませんか?」
普段着姿のソラヤが指さしたのは、広場の中心にある大きな噴水。人は少なく静かだ。
「いいよ。大変な一日だったからね」
噴水の縁に腰を下ろすと、ソラヤもすぐ右隣に座った。髪を下ろしたソラヤを間近で見る機会は少なく、不意に色気を感じて目を逸らしてしまう。
しばらく無言の時間が続き、水の跳ねる音に耳を澄ます。
赤みがかった雲が流れるにつれて、ゆっくりと息を吐く。何もしないという行為に心身が癒されるのを感じた。
ふと右に目をやると、青と紫が混じった綺麗な色合いの瞳がこちらを見ていた。
ソラヤは照れながら微笑むと、膝をヒロシに向けるように座りなおした。
「……今日の戦いで、わたしではヒロシ殿の隣に立つには実力不足だと痛感しました」
スカートの裾を握りながら、ソラヤはぽつりと言った。……無論、レベル上限が200のOLWでヒロシと釣り合う者など存在しないのだが。
辛そうな様子を見かねて声をかけようとしたヒロシは、彼女の瞳に宿る光を見て息を呑んだ。
「なので、わたしは修行して強くなります。いずれあなたと肩を並べられるくらいに。その時はまた、わたしをパーティに入れてもらえませんか?」
「……ご要望とあらば、いつでも」
座ったまま西洋風のお辞儀をすると、ソラヤは口元を隠して嬉しそうに笑った。
「それと、その……と、時々でいいので、わたしと会ってほしいのですが」
「はい、姫様。喜んで」
もう一度お辞儀をしたヒロシが顔を上げようとしたとき、ソラヤに胸ぐらをそっと引っ張られる。
――直後、頬に柔らかい感触がした。
「……姫様?」
「わたしを名前で呼んでくれない、騎士殿へのご褒美です」
手を後ろに回して悪戯っぽく笑う少女は、しかし夕日を言い訳にできないほど顔を紅潮させていた。
「……顔が真っ赤だよ、ソラヤ」
「うっ……そ、それではまた! なにかあれば伝書鳩で連絡してください!」
より一層顔を赤らめたソラヤはごまかすように飛び上がり、別れを告げながら早足で去っていった。
ひとり残されたヒロシは頬に触れ、先ほどの感触を思い出す。
(……恥ず)
身悶えそうになるのを我慢していると、タイミングを見計らったかのようにビデオ通話の通知が鳴った。
発信者名を確認したヒロシはすぐさま路地裏に駆け込み、誰もいないことを確認して通話を受ける。
『やあやあヒロシ、クエストクリアおめでとう。先ほどはお楽しみだったね』
開かれた画面に映るのは白衣を着た例のゲームディレクター。心なしかにやにやしているように見える。
どこから見ていたのか問いただしたいが、知らないほうが幸せかもしれない。
「久しぶりだねレイナ。言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず一発殴らせてくれないか?」
『せっかくの熱いお誘いだが、遠慮させてもらうよ。ところでずいぶんと熱心にお姫様を口説いていたみたいじゃないか』
「おかげさまでね。まさかこれからもこんなクエストを出すつもりじゃないだろうな?」
『嫌なのかい? このゲームのヒロインは美少女揃いだし、人工知能も特別仕様で他のNPCに比べてかなりリソースを割いているのだが』
「人間らしすぎるのが問題なんだよ。そもそも好感なんていう主観的なものをクリア条件にしないでほしい」
『ふむ、一理あるね。これからは気をつけよう』
レイナが素直に非を認めたのを見てヒロシはひとまず安心した。
「そういや報酬をまだもらってない気がするんだが」
『ああ、今回連絡したのはその報酬を渡すためだよ。貴重なものだ、今から送ろう』
レイナがそう言うと、チャット上にプレゼントボックスのようなアイコンが出てくる。押してみると、手元に可愛らしい花の意匠が施されたピアスが現れた。
「……なにこれ?」
『それは女体化ピアスといって、身に着けている間は女の子になることができるんだ。肉体も声も服装も女の子。すごいだろう?』
「はは、そりゃすごい」
『反応薄いなぁ。使用中は名前も変わるから、正体を隠したいときにも便利だろうと思ってね』
「何かに目覚めそうで怖いんだけど」
抵抗はあるが役立ちそうなのは事実なので、ひとまずインベントリにしまっておく。
「で、仮にも命がけのクエストなんだ。報酬がこれだけとは言わないよね?」
『ふふ、欲張るね。そう言うと思って考えておいたんだ、ほら』
続けて送られてきたプレゼントは、なんとヒロシがよく知る銘柄のエナジードリンクだった。久しく味わっていなかったそれにごくりと喉を鳴らす。
「エリクシルエナジーのアソートセット……? 見たことのない味まで……一体どうやって?」
『なにせ世界が注目するゲームだからね。世界観そっちのけて企業コラボの予定が山積みなんだ』
無論、デスゲームにならなかった場合の話ではあるが。
『どうかなヒロシ、これで満足かい?』
「……まあね。次はもう少しまともなクエストにしてくれ」
『ふふっ、善処しよう。それじゃあボクは仕事に戻るよ』
通話が切れると同時、ヒロシはキンキンに冷えたエリクシルエナジー・オリジンを握り、缶のタブを引く。プシュッとガスが抜ける音が暗い裏路地に響いた。
強い甘みに程よい酸味、爽やかな刺激。癖になる独特な後味に、極めつけは特に仕事もないのにキメる背徳感。
「ぷはっ、これぞ現代のエリクサー……!」
思わず缶を強く握りしめる。
王都の薄味料理に慣れていたからか、はたまた別の要因か――それは人生で一番おいしく感じられた。
『ユニーククエスト:第二王女のおとも をクリアしました。
ソラヤ・オルデイの強い信頼を得たため、以下の特典が与えられます:
・オルデイ城への入城許可
・ソラヤ・オルデイの座標表示
・一部施設の利用権
・名声値上昇』




