14話 王の林の試練 3
「魔物が……すごい数だ」
「ごめんなさい、わたしの巫女の力に引き寄せられたのかもしれません」
現在ヒロシたちを囲んでいるのはどれも足の速い魔物だった。後続がいると考えてよさそうだ。
王家として太陽の力を色濃く受け継いでいる巫女は、その力を解放すると魔物を引き寄せることがある。聖剣に触れたことで目覚めたのかもしれない。
「気にしないで、姫様。魔物たちには俺が指一本触れさせないから」
「ヒロシ殿……」
ソラヤの手を握っていい雰囲気を出そうとしていると、ひときわ大きな地響きがして振り返る。
木々を張り倒しながら広場に出てきたのは、赤い肌をした鬼のような見た目の巨人だった。
『Boss:グランオーガ Lv.10』
「ボス、か」
「……レベル差はほぼ2倍、ですか。しかし、この状況では逃げることも難しいでしょう。わたしが戦います」
「姫様が?」
「はい、あの大きさだと攻撃は遅くなるはずです。身軽さでまさっているわたしなら……勝てます。いえ、勝ちます」
ソラヤは勝てると言い切った。最初はスライムに怯えていたような彼女がだ。
危険そうなのでヒロシがボスを倒すつもりだったが、ソラヤが大きく成長する機会だと割り切って任せることにした。
「その言葉、信じるよ」
「はい。ヒロシ殿は隙を見て逃げてくれても……」
「麗しの姫君を置いて逃げる騎士がどこにいるというんだ? ああ、お礼は頬へのキスで構わないよ」
「……もう」
頬を赤らめるソラヤだったが、多少は緊張が解けたように見える。
「取り巻きは全部俺がやる。大将首は頼むよ」
「はい、ご武運を」
ソラヤは聖木剣を佩刀し、使い慣れた姉の剣を構える。
ヒロシは頷くと、剣を抜いて近くの魔物に駆けていった。
***
少女と巨人の戦いは熾烈を極めていた。
巫女の力で強化されていたこともあり、序盤はソラヤが有利の展開が続き、グランオーガ攻撃をことごとくかわしながら氷が付与された剣で肢体を斬り刻む。
しかし、オーガも愚直にソラヤを殴ろうとするのではなく、代わりに付近の地面を叩き始めた。3メートルもある筋肉質な体躯から放たれる拳は足場を崩し、ソラヤの動きを鈍くする。
「ヴォォォォォォォォォ!!」
「くっ、攻撃が読みづらいですね……」
実戦経験の少ないソラヤが職業訓練所で最初に教わったのは、敵の攻撃を見ることだった。予備動作、間合い、後隙、それらを知った上で相手の動きを確認し、攻撃なり回避なり最適な行動を導き出す。
目を背けてしまいそうになるのを我慢して攻撃を避け、好機を探っていたが、不幸にも衝撃で飛んできた土が顔にかかる。
「しまっ……!」
その一瞬の隙に放たれたグランオーガの拳がついにソラヤを捉える。
とっさに剣を構えて防御したものの、とてつもない衝撃とともに吹き飛ばされ、受け身も取れないまま転がった。
「姫様!」
誰かに受け止められる感覚がした。聞き慣れた声に、飛びかけていた意識が戻る。
瞼を上げると、信頼する青年の端正な顔がすぐ近くにあった。
「ヒロシ殿……。やはりわたしには、無理なのでしょうか……?」
姉に発破をかけられて気張っていたが、以前はずっと守られるだけの存在だった。
弱気な自分が顔を出し、弱音を吐いてしまう。
よくないとわかっていても、甘えてしまうのだ。この方が、自分の望む答えをくれることを期待して。
「口説き文句でも言いたいところだけど、戦闘中なので手短に。
――君ならできる」
簡潔な言葉に込められた信頼の念がヒロシの表情から伝わってくる。
心から不安が消散し、なんでもできるような気がしてきた。
「……はい。わたし、勝ちたいです」
迫りくる敵に対峙すると、願いに呼応するように鞘の中の聖木剣が震え始める。
自然と導かれるように剣を抜いた瞬間、暖かな光が全身を包み込んだ。
結んでいた銀髪がほどけ、太陽を模した黄金の額飾りが現れる。
鎧は白とピンクを基調とした透明感のある儀式服に入れ替わり、光り輝く剣の柄に大きな虹色の花が咲いた。
「疑似覚醒――スプリングメイデン。生命の息吹を我が手に」
年中気候の変化が少ない浮遊大陸ウラナシアにおいて、季節というものは幻の概念である。
しかし、四大精霊が現れる以前の遠い過去、周期的な魔力の乱れにより四つの季節が存在したという。
太陽の巫女として覚醒したソラヤは今、周囲の魔力の質を偏らせることで『春』の権能を手にしていた。
「これが春ですか……。とても心地が良いです」
文献でしか知りえなかった春は、想像以上にのどかだった。
左手を振るうと緑が芽吹き、地面から小動物が顔を出す。足元に咲いた花々は穏やかな風に揺られていた。
花の香りを吸うと不安や緊張が解きほぐされていき、調子が上がっていくのがわかる。
「力がみなぎってくるよう……。行きます!」
剣を構え、ソラヤは追い風に乗って駆けていく。
突然の異変に動きを止めていたグランオーガは身構える。
「そこっ!」
「グォォッ!」
足への斬撃を許しうめき声を上げるグランオーガ。
苦し紛れに反撃するも、ソラヤはそれをひらりとかわし、さらに攻撃を叩き込む。
続けざまに足を狙われたグランオーガは膝をつき、ダウン状態になった。こうなるとオーガはしばらく身動きが取れない。
――そして、ソラヤはこの好機を待っていた。
「始まりの春よ。大いなる恵みの春よ。大輪を咲かせ、悪しきものを抱擁せよ」
大地に剣を突き立てると、グランオーガの足元に巨大な薄桃色の花が咲いた。
そして5枚の花弁はゆっくりと起き上がり、中身ごと静かに閉じる。
剣を引き抜いたソラヤは悠々と、しかし荘厳な空気を纏いながら閉じた花に赴き、おもむろに剣を掲げる。
「奥義――【実らずの大花】。無へと散りなさい」
斜めに振り下ろされる剣。
刹那、5本の剣筋によって花は縦横無尽に細かく切り裂さかれ、破片が小さな花弁となって風に飛ばされていった。
同時にソラヤの覚醒状態が解け、服装が元に戻る。
眩暈がし、ふらついた体を誰かに抱き留められた。
「おつかれ、姫様。かっこよかったよ」
「ヒロシ殿……。えへへ、少し力を使いすぎたようです」
「無理しないで。にしても、不思議な力だったね」
「覚醒したとき、歴代の巫女たちの力が流れ込んできたんです。ですが、使いこなすにはまだまだ実力不足ですし、覚醒も不完全のようで……」
ヒロシに体重を預け、戦闘の余韻に浸りながら語る。
だが、そんなひと時に水を差すかのように雄たけびがすぐ近くから聞こえてきた。
「……ッ! そんな、まだ生きて……!?」
「姫様、離れよう!」
ヒロシに抱えられて距離をとる。
薄まりつつある花吹雪の中心に目を向けると、倒れていた傷だらけのグランオーガが起き上がるところだった。赤みをさらに増した肌には血管がびっしりと浮かび上がり、筋肉も一回り太くなっている。
一目見て、勝てないと思ってしまった。覚醒が解けてしまった今では、なおさら。
「手負いの獣ってやつか」
「……ごめんなさい、仕留め損ねてしまいました。ですが、わたしがなんとか時間を稼ぐので、ヒロシ殿は……」
あまりの不甲斐なさに泣きそうになりながらも、せめて時間を稼ぐから逃げてほしいと伝えようとする。
するとヒロシは優しくソラヤを腕から下ろし、手を握って立たせてくれた。
「姫様は俺の期待に十分応えてくれた。俺も手伝うから、2人で倒そう」
「ヒロシ殿……」
優しい言葉に目頭が熱くなるのを感じた。同時に彼に全幅の信頼を寄せることを決める。全てを捧げてもいいくらいに。
もちろん、戦闘中であることは忘れていない。涙をぬぐい、姉の剣を鞘から取り出す。
「感謝します、ヒロシ殿。必ず勝って帰りましょう」
「もちろんだ。行くよ――」
2人が激高しているオーガに向かって駆け出そうとしたその時、広場全体に影がかかる。
次の瞬間、オーガのいた場所に真っ赤な巨体が天より降り立った。
それは片足でグランオーガを踏みつけられるほどの体躯を持つ四本足のドラゴンで、体の随所に深紅の宝石が散りばめられている。
ドラゴンは苦しみもがく瀕死のオーガを見下ろすと、その首を食いちぎった。
『Raid Boss:紅玉竜ルーベ Lv.50』
ある強力な魔人が従えるドラゴンのうち、抜きんでた強さと美しさから宝石の名を与えられた最強の3柱。それらは過去に王国軍を何度も壊滅に追いやり、今や天災として語り継がれている。
「そんな……どうして紅玉竜が……」
そのうちの1体、紅玉竜ルーベの降臨を目の当たりにしたソラヤは、ただただ絶望した。




