11話 ヒロシ、姫と冒険に出る
「む、無理です無理です、逃げましょうヒロシ殿?!」
さっそく街を出たヒロシとソラヤは草原で『スライム Lv.1』に遭遇していた。
ソラヤは一応職業訓練所で戦い方を学んではいるものの、生まれて初めて魔物と対面したことでパニックに陥っていた。
「姫様、たぶんこいつが草原で一番弱い敵だと思う」
「は、はい、図鑑にもそう書かれていたので知っていますけど……! やはり無理です~~~ッ!」
想像以上に臆病なソラヤにヒロシは頭を抱える。
街を出るときも草原へ一歩踏み出すのに数分かかった彼女のヘタレAIは筋金入りだ。だが、スライムから逃げるようじゃこの先やっていけないだろう。
応援したいという気持ちはあるが、戦いを強制すれば好感度が下がりかねない。かといってヒロシが倒すのではソラヤのためにならない。あくまで自分の意思でスライムを倒させるべきだろう。
ならばとヒロシはスライムに近づいていく。
「ヒロシ殿、何を……?」
「よっと。ほら、こうして押さえているから落ち着いて倒してごらん」
後ろからスライムをつぶれないようにそっと抱きかかえ、ソラヤの前に持っていく。その透明なゼリー状のボディはひんやりしていて弾力があった。
「い、いけません、今すぐ離してください!」
「大丈夫、関節きめてるし」
「スライムに関節は……ってそういう問題ではなく、スライムは表面に強い酸をまとっていて触れると危険です!」
「そうなの?」
ステータスに差がありすぎるヒロシは気づかなかったが、通常、スライムに触れると酸が付着してひりつく痛みとともに持続ダメージを受ける。
言い訳をしようとしたヒロシは、ふと策を思いついて芝居を打つことにした。
「ぐあぁぁぁッ、腕にくっついて離れない!」
「そんなっ!? ヒロシ殿、じっとしていてください!」
ヒロシの迫真の演技にようやく片手剣を構えたソラヤは、小さな氷の塊を取り出して剣にかざす。すると氷が剣を覆い始めた。
「【エンチャント:アイス】――【エレメントスラッシュ】!!」
冷気を放つ剣がスライムを見事に両断する。
切り口から凍り付いたスライムは地面に落ちた衝撃で砕け散った。
「大丈夫ですか! お怪我は……?」
「助かったよ。にしても一撃で倒すなんてすごいじゃないか」
「わ、わたし、無我夢中で……。でも、少し自信がつきました。次のスライムはまかせてください」
「それは頼もしいな」
唇を強く結んだソラヤはその後、宣言通りにスライムを一刀両断し続けてレベルを上げた。ヘタレな部分さえ治れば十分強い。
次はドリルラビットいってみようか、なんて話しているとソラヤはこんな質問をしてきた。
「ヒロシ殿は戦わなくてよいのですか? あっ、その、決して責めているわけではないのですが」
「いや、パーティ組んでいるんだし俺も戦わないと。次の魔物は俺がやるよ」
「わかりました」
パーティとはプレイヤー同士で最大6人まで組めるシステムで、味方への攻撃を無効化でき、戦闘終了時の報酬と経験値がメンバーに均等に分散されるというメリットがある。
ヒロシの場合、カンストで超過した経験値は全てソラヤに行くようなので都合がよかった。
そして次の魔物を探している途中、遠くでいくつかの影を見つける。
「なんだろう。魔物の群れ?」
「あっ、誰かが追われているようです!」
若い男性のプレイヤーが魔物から逃げており、こちらに気づいて助けを求めているようだ。
魔物の数は4匹で、全て灰色の狼の姿をしていた。
「ブリーズウルフ、足が速くて連携が得意な魔物です。戦闘が長引くと仲間を呼ぶ習性があります」
「レベルは4か。姫様、いけそう?」
「自信はありませんが、そうも言っていられません。なるべく多く引き付けますので、残りを頼めますか?」
「わかった、気をつけて」
てっきり怖気づくかと思ったが、誰かを救うためなら危険をいとわない性格なのかもしれない。
ソラヤは火のついた松明を取り出し、炎のエンチャントを剣に施して駆け出した。
「はぁぁぁっ!」
炎を纏う剣筋が先頭の1匹の鼻先を捉え、大きく怯ませる。
返す刀で後続を狙うが、残りの狼たちは散開してソラヤを素通りした。
「そんなっ! ヒロシ殿!」
「そっちの1匹に集中するんだ、こっちはなんとかする!」
「ッ、はい!」
ソラヤを狼に向き直らせてから、男を追ってこちらに駆けてくる3匹の狼と対峙する。
どうやら狼たちは逃げる男のことしか眼中にないようで、1匹だけ狙えば他を取りこぼしてしまう。それならこの男に的になってもらえばいい。
「た、助けてぇぇ!」
「君、俺の後ろに隠れて!」
「へっ? は、はい!」
男が動きを止めたことで狼はヒロシを避けて通れなくなった。
一列になって向かってくる狼を1,2,3とテンポよく斬り捨てる。両断された体が宙を舞い、そのまま空に溶けていくように消えた。
「ヒロシ殿! 今加勢しま……あれ?」
「おつかれ。なんとかするって言ったでしょ?」
「も、もう全部倒したんですか?」
最初の1匹を急いで仕留めたソラヤは、振り返って敵がいないことを知り拍子抜けした。
「君、大丈夫?」
「た、助けてくれてありがとうございます! モンスター連れてきて本当にすみません、スタミナが切れそうだったんです」
「そっか、運がよかったね」
「はい、今日はもう街に戻ろうと思います。あ、これお礼です。その人にも分けてください」
男は道具屋で購入したと思われるアイテムをいくつかヒロシに渡し、もう一度礼を告げて走り去っていった。街はそう離れていないので気をつけて帰れば大丈夫だろう。
「……3匹をあっという間に倒すなんて、ヒロシ殿は経験豊富なのですね」
「ははっ、敵が弱かっただけだよ」
戦闘チュートリアルが魔王戦だったヒロシからすれば当然のことなのだが、それをソラヤが知る由もない。
少し考えるそぶりをしたソラヤは、顔を上げてヒロシを見る。
「あの、ひょっとしてスライムを抱えたのは……」
「……うん、君が想像している通りかな。騙すような真似をしてごめん」
「いえ、体を張って、わたしが勇気を出すきっかけをくれたのですね……。ヒロシ殿、心から感謝します」
「ん? なに、なんてことないさ」
少し勘違いしている気もするが、ヒロシは素直に礼を受け取った。
その後もソラヤのレベル上げを続け、日が暮れる頃にはLv.4に達していた。ヒロシもそれに合わせて偽装されたレベルを上げておく。
王都につくと、ソラヤが何か言いたそうにしていることに気づいた。
「どうしたの?」
「ヒロシ殿、今日はつきあってくれてありがとうございました。その、迷惑でなければですが、明日もお願いしていいですか……?」
「もとよりそのつもりだよ。よろしくね」
「ヒロシ殿……!」
感動した様子で手を組んだソラヤはキラキラした目でヒロシを見上げる。
この調子で全力で甘やかすつもりだ。
「ところで、お礼も兼ねて城の料理をご馳走したいのですが、いかがでしょう」
「いいの? じゃあお言葉に甘えようかな」
こうして、夕食を通じてさらに親睦を深めるのであった。




