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9話 姫、決意する

 ――オルデイ王国、王城にて。


「お父様……。わたしは、どうすればよいのですか」


 自室のベッドで眠るオルデイ王の傍らで、ドレスをまとった一人の少女が悲痛な表情で父の手を握る。

 先日の魔王との戦いで意識を失って以来一向に目を覚まさない王は、魔法で命をつなぎとめている状態だった。王都こそ守り切ったが、王は倒れ、第一王女は魔王に捕らわれてしまう。


 父と姉が戦っている間、ただ城で祈ることしかできなかった少女は己の無力さを悔やむ。

 姉と違って箱入り娘として育てられた彼女は父の意向によって常に争いとは無縁の環境にいた。ゆえに戦場に出ても足手まといになっていただろう。

 それでも、もし自分が身を差し出せば姉は無事だったのでは、などと考えてしまう。


「わたしだけが残っても、なにも、できません……」


 なんどぬぐったか覚えていない涙をこぼしながら、少女は弱音を吐く。

 立派な父、尊敬する姉、そして優しかった母上を思い出すほど孤独感で胸が苦しくなる。


 そんな時、扉をノックする音が聞こえてきた。


「……どうぞ」


 少女は涙を拭いて背筋を正し、返事をする。王族の一員として、臣下の前で情けない姿は見せられない。

 少し間をあけて入ってきたのは専属メイドのアンだった。同い年なのに、仕草のひとつひとつが大人びている。


「ソラヤ様。こちらを」


「これは……?」


 差し出された鍵を受け取る。それはどこか見覚えのある形をしていた。


「クララ様が、ご自分の身に何かあればソラヤ様に渡すようにと」


「お姉様が……? まさか!」


「ソラヤ様? 廊下を走っては……」


 ハッとした表情で鍵を見た少女は、急いで部屋を飛び出してある場所へ向かう。

 驚いている見張りの兵士をよそに姉の武器庫の鍵を開けると、机の上に手紙が置かれていた。


『親愛なるソラヤへ


 この手紙を読んでいるということは、私は先の戦闘で敗れてしまったのでしょう。寂しい思いをさせてごめんなさい。あなたに役目を押し付けてしまう不甲斐ない私を許してください。

 けれど、決して諦めてはいけません。あなたには巫女にふさわしい純粋さと優しさ、そして加護を持っています。巫女になるために一番大事なのは心の持ちよう。頼れる仲間を見つけ、困難を乗り越え、どうか私の代わりに民を導いて。


お姉ちゃんより』


 流麗な文字で書かれた励ましの言葉に涙がこみあげてくる。

 読み終えるといつのまにか前向きな気持ちに切り替わっていた。

 姉のお古の軽鎧に着替え、いくつかの武器をインベントリに入れていく。


「お姉様、待っていてください。わたし、強くなって、必ず追いつきます……!」


 銀髪を一束にまとめ、第二王女ソラヤ・オルデイは城を飛び出した。





 姉の助言通り仲間を探し始めたソラヤだったが、その成果は芳しくなかった。

 理由は単純、彼女が人見知りだからである。見慣れた城内の使用人ならいざ知らず、あまり城から離れたことのないソラヤにとって知らない人に話しかけるというのは非常に勇気の伴う行為なのだ。


 それでもなんとか自分を奮い立たせ、先日の戦いを経て冒険者として立ち上がった民たちに声をかけてはみたものの、興奮していたり情緒不安定だったりする者が多くてつい逃げ出してしまった。


「やはり魔王軍の影響で皆不安になっているのでしょうか……。それにしても、えぬぴーしーというものは一体……?」


 冒険者たちが言っていた単語を思い出す。他にも聞いたことのない言葉をたくさん使っていた。


「ひょっとして戦闘用語でしょうか。……でしたらまず、戦い方を身に着けねばなりませんね。その、決して誰かに話しかけるのが怖いというわけではなくてですね?」


 なぜか言い訳をするように独り言をつぶやきながらソラヤが向かったのは、職業訓練所という建物だった。

 この施設には英霊と対話できる魔法の大鏡が置かれており、職業を持つ者はここでその道の英霊に手ほどきを受けることができる。

 それは王族である父や姉も例外ではなく、これまでソラヤがここを利用しなかったのは父が彼女を戦場から遠ざけたかったからだ。


「ごめんなさいお父様、わたしは戦うと決めました。姉の後を継ぐために、そして民を守るためにも」


 覚悟を決めた表情で施設に入り、列に並ぶ。

 前にいる冒険者たちが鏡に入っていくのを眺めていると、ソラヤの番がやってくる。すると鏡を管理する老人が驚いた表情で立ち上がる。


「これはソラヤ様、どうなされたのですか?」


「……英霊に戦うすべを教わりに来ました」


「なんと……! そうですか、やはり……」


 鏡を管理する老人は何かを察したように頷き、敬礼する。


「どうぞお通りください。ソラヤ様の職業は巫女見習いですね? きっと初代様が力になってくれるでしょう」


「は、はい」


 恐る恐る鏡に触れると、指先が中へ沈んでいく。思い切って飛び込むと、そこは雲海に浮かぶ屋根のない神殿のような場所だった。


「む? 見ない顔だな」


 偉そうな口調とは不釣り合いな、幼くて可愛らしい声がした。

 外周に並ぶ柱に囲まれた広場の中央で、半透明の儀式服を羽織った少女が腕を組みながら立っていた。


「あなたは……」


「よくぞ聞いてくれた。我はオルデイ王国の初代王妃にして初代太陽の巫女、フレア・オルデイであるっ!」


 輝かしい金髪を風に揺らしながら、茜色の空に浮かぶ巨大な太陽を背に仁王立ちするその姿は、確かに疑いようのないくらい威厳に満ち溢れている。

 だが、その背丈はまさに幼女のそれであり、小柄であるソラヤですら彼女を見下ろすこととなる。


「なぜ幼子の姿なのか気になるかの?」


「えと、その、ごめんなさい……」


「謝るようなことではない、我が子孫よ。我の成長した姿はあまりに魅力的で危険ゆえ、生前から人前では魔法で幼子に見えるようにしておるのだ。我が伴侶はなぜかこちらの姿をより好んでいたがの」


 歴史書によると初代王妃は男女問わず、その姿を見たあらゆる者を虜にしてしまう美貌を持ち合わせていたという。

 そんな伝説の存在と対面したソラヤは、幼女になってなおにじみ出る存在感に圧倒されて緊張しっぱなしだった。


「して、そなた……もしやクララの妹か?」


「は、はい。お姉様をご存じなのですか?」


「もちろん、自慢の弟子だ。やつは歴代の王女の中でも抜きん出て武闘派だから気に入っておる。……やたら搦め手を好むのは王女としてどうかと思うがの」


 普段は潔白そうに振る舞っておきながら戦闘では挨拶代わりに不意打ちや目つぶしをしてくる弟子を思い出して遠い目をするフレアだったが、幸い後半の部分はソラヤの耳に入らなかったようだ。


「あの、わたしもお姉様のように強くなれるでしょうか」


「あやつの真似などせんでもよい、我がおぬしの才能を見極めてしんぜよう。我にかかれば素人とて3日もあれば一人前の兵士よ、みっちり鍛えるゆえ覚悟せい!」


「ひ、はいっ、よろしくお願いします!」


 こうして殺戮の女神とよばれた初代王妃による、3日に渡るスパルタ教育が始まったのであった。


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