妄想に縋ったりせずに
「……なんかいいことあったのか…?」
牧島煌輝が凶行を思いとどまり琴美と再び一緒に図書室で課題をするようになったその日、家に帰ってきた彼女の様子がいつもと少し違うことに気付いた一真がそう尋ねた。
「え……? うん。牧島さんがね、また一緒に課題してくれたんだ」
応えた時の声も、いつもより軽い感じになっている印象もある。
「そうか……このところちょっと元気がない感じだったのは、それか?」
改めて尋ねると、
「あ……そうかな。そうかもしんない……」
やや苦笑いを含んだ感じで琴美が応えると、一真も、
「なら、よかった……」
ホッとしたように呟いて、その話題はそこで終わった。
こうして淡々とやり取りをするのは、なるべく簡潔に会話を済ませて、両親の前では息を殺し気配を消すためだった。両親がいる時には何も考えないようにしていたのも、そのためだ。そうすることでやり過ごす方法を、一真と琴美は自ら編み出したのである。
『どうすればこれ以上、嫌な思いをしなくて済むか?』
と考えればこそ。
何も考えずその場の気持ちや感情に任せていたなら、それこそ両親に反発し悪罵をぶつけ、場合によってはそれこそ包丁などを持ち出していたかもしれない。実際、一真は何度も、包丁を手にどうやって両親を殺害しそれを隠蔽するかを考えたことがある。そう、何度もだ。小学校の高学年の頃から何度も何度も何度も。
けれど、考えれば考えるほど、それが成功する確率の低さを思い知らされ、結果、実行に移せなかった。今以上に不幸になる未来しか見えなかった。
それに、自分一人ならまだしも、琴美まで巻き込んでしまうのだけは避けたかった。だから耐えた。考えて考えて考えて考えて、
<自分が耐えることの合理性>
を見出して、それを頼りに耐えてきた。だから今がある。気持ちのままに感情のままに両親に反発していたら、もしかしたら殺されていたかもしれない。
正直なところ、
『死んだ方がマシだ』
と思ったことさえ何度もある。しかしそういう時にこそ琴美のことを思い出してしまい、
『琴美だけ残してはいけない』
そう考えて思いとどまった。ここで『琴美も一緒に』と考えていれば最悪の事態も有り得たかもしれないが、
『琴美が死ぬのは嫌だ』
と思えたから、<次善の策>を模索し続けた。
つまりはそういうことだ。
何か<超常の力>でも有していれば、この世の道理のなにもかもをぶち壊して好き勝手に生きることもできたかもしれない。だが、よくよく考えればこそそんな漫画やアニメのようなことはないと分かるから、そのような妄想に縋ったりせずに済んだのだ。




