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夏が夏って言ってるんだ

作者: 薬剤師のやくちゃん

 蝉の声が、夏の風に乗って部屋の中まで訪れていた。


 食べ終わった二人分の食器は、折り畳み式の小さめのテーブルの上で重なって、口元を拭いたティッシュペーパーが丸まって中に入っていた。


 1Kの狭い部屋には、3階からの景色を網戸越しに見下ろす猫と、座布団を枕に寝そべってスマホを眺める君と、私がいる。


 食器をキッチンの流しに静かに置き、全体を水道水で流す。少しすると、温かくなった。


 片付いたテーブルの上に、引き出しから出したものを準備する。君は、何も言わずに体勢を起こした。


 麦茶が入ったグラスは水滴のドレスを装い、コースターを濡らしていた。


 セピア色の正方形、19本の黒色の縦線と横線が交わる盤。


 スマホを片手に君は、目線と人差し指の先を私に向けた。それに対して、私は首を横に振った。君は、盤上で真ん中の交点に黒色の丸い石を置いた。続いて、私は少し離れた交点に白い丸い石を置いた。


 テレビは嫌いで普段は真っ暗だけど、君がいる時は昼の特番とか映画とかが映っている。

 自炊は面倒臭くて普段はコンビニで済ましちゃうけど、君がいる時はスーパーの袋いっぱいに野菜もお魚も入っている。

 シャワーは楽でいいけど、君がいる時は気づいたら入浴剤を選んでいる。

 太るって分かっていても夜用にアイス買っちゃうし、作ったこともないお菓子作ろうと考えちゃうし。

 何の日でもないのに乾杯して、何も面白くないのに大笑いして、小さいことで口喧嘩して、眠る前におやすみって言って。

 大変だよ。全く。


 盤上に不規則に並ぶ黒色と白色の石を見つめ、私は方杖をつきながら次の一手を考える。

 君は顔色一つ変えず、スマホに映る動画を1.5倍速で見ていた。


 ここと決めて白い石を置くと、すぐに盤上に黒い石が置かれた。

 君の目線は再び、1.5倍速の動画に向かった。


 昨夜は、二人で窓から花火を見た。

 3年ぶりで屋台も楽しみだったけど、流行病はその楽しみを安易と奪った。夕方、二人で向かった先には、検温とアルコール消毒を待つ長蛇の列と、それを行う設営テント。澱んだ空からは次第にポツポツと雨が降ってきて、傘を開いていつものスーパーに向かった。人の邪魔にならないように、折りたたみの小さな傘に二人で入って歩いた。

 窓ガラス越しに咲く花火は、窓についた雨粒で少し滲んで見えた。真っ暗にした部屋で、これが好き、この色も好きと言い合って、スーパーで買った割引のフランクフルトを頬張った。

 見ている人の中で告白してる人とかいるのかなと言うと、君は私にキスをした。


 眉間にしわを寄せて考えた後、白い石を盤上に置いた。

 スマホから目を離して体勢を起こした君は、何の躊躇もなく黒い石を置いて、再び寝転がった。


 盤上に不規則に並ぶ黒と白の石を眺めて、私はハッとした。


 君はスマホの画面を見たまま、鼻で笑った。


 黒い石は4つ並んでいた。次の一手で5つ並ぶ。今回の私の一手では、その阻止はできなかった。


 私の負けだった。


 「だからいつも言ってるじゃん。先手の方が強いんだって」


 先手は真ん中に置けるから有利って、毎回教えてくれる君に勝ちたいが為に、私はあえて先手はやらない主義を守っていた。

 悔しい思いで笑いが込み上げてくるのを感じながら、君のいるベッドにダイブした。


 また、蝉の声がした。

 優しく笑う君の額は汗ばんでいた。「暑い?」と聞くと、「暑いよ。クーラーつけようよ」と怒られた。電気代がかかるから普段は扇風機で我慢している。

 「後でね」

 私が言うと、立ち上がった君はクーラーをつけた。

今日も暑いわ。

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