快楽の地獄
いわゆるマゾヒストである私は、目の前の男性がサディズムの闇に堕ちていくのを見るのが、好きで好きで堪らなかった。
そういう意味で言うと、根本はサディストとも言えたかもし知れないのだけど……
__今宵も一人の男が、その究極の闇に身を浸していた。
「ははっ……ははははは!!!」
狂ったように嗤うその男は、最高の快楽を知ったと同時に、これからの人生を失った。
縁の細い眼鏡の奥に光る目玉は血走っており、正気とは思えないほど見開かれる。
それに反射するように映し出された光景は、彼にとっては悦楽至極のものかもしれないが……普通の人間にとっては目を覆うような惨劇。
彼が跨いでいるのは仰向けの女。
完全に体重を預けているが、まったく苦しそうな顔はしない。
いや、それ以前の行為ですら、その女は苦しい顔はしなかった。
頬を叩かれたのか、赤く晴れ上がっているし。
首に巻かれたロープにより鬱血したアザにも、吉川線は見られない。
胸に突き刺さったナイフですら、恍惚とした表情で受け入れたのだ。
その表情こそが、男の罪悪感を麻痺させ、加虐性を引き出したのだろう。
彼はその薄く筋肉のついた胸板に、均整の整った顔に、返り血を浴びながらも、それを気にもせずにただ女を見下ろす。
女の方は、どこにでも居るような、それでいてあまり派手ではない普通の女。
黒髪が美しいが、顔は平均的。いつもの服装も、ブラウスにロングスカートといった無難な服装が多かったように思う。
まぁいつも最後には脱がしてしまうのだから記憶にはそう残っていなかったが。
今も彼女は何も着ておらず、体に纏わりついた赤色が、今までのなかで一番似合っているように思えた。
永遠と思える興奮に水が注されたのは、膝立ちする足にまで、血溜まりが広がってきたからだ。
その感触に驚いたように男はのけぞり、女から離れた。
彼女と彼の幸福の空間は非常に小さく。
体が離れたことで、その空間から一気に現実に引き戻されたような気にさせられ。
先程の興奮は、驚くほど早く冷めていった。
残ったのはナイフが突き刺さった女の死体だけ。
最高に美しかった筈の彼女は、今は物言わぬ破滅の女神に思える。
「あは、あはは、やっちまった……」
赤く染まった両の手を見つめながら、自然と涙が溢れる。
それはこれからの彼の人生を愁いたものか。
目の前の女の人生が終わった事に対するものか……。
自身にもわからなかった。
彼は風呂場で体を洗い流し、逃げるようにホテルを飛び出ていった。
『その後彼がどうなったかは知らない』
次の男は気弱そうで、一般的にはオタクといった感じだった。
パーカーに黒いセルフレームの眼鏡、それに掛かるくらいの長い前髪の奥からしか目が見えない。
ネットの中では毒を吐き、他者を貶める発言をしていたというのに、いざ会ってみると目も合わせられないような挙動不審の小心者。
「人を殺してぇ」なんて粋がってたのはどの口なのか……。
しかし、手玉に取るのは簡単だった。
服さえ脱げばすぐに関係を持てた。
その後は調教というのだろうか。
わざと怒らせ怒鳴られたり、喧嘩して殴られ、すぐに仲直りと称した体の関係を求める。
そしてだんだんとエスカレートしていく男の成長に、私はずっと興奮し続けている。
この男はどこまでやってくれるんだろうか。
__俯いた顔、黒渕眼鏡に涙が落ちる。
「ああ、ごめん、ごめんよ」
あまりにも女が求めてくるものだから、ついやりすぎてしまった。
女の眼球は上を向き、まるでオーがニズムを感じた瞬間のように固まり続けている。
一応蘇生を試みてみたが無駄だった。
しかし、救急車を呼ぶのは躊躇われる。
何故ならその白い首には、明らかに自分が付けた指の痕が絡み付いていたからだ。
現実に戻った筈の男は、未だに夢の中に居るように頭にもやが掛かっている感覚を感じながら、これからの事を考える。
服を着ると、急いで部屋を抜け出した。
数時間後、帰宅すると中身の見えない大きな袋を取り出した。
今しがたホームセンターで購入してきたのだろう。
それに女だったものを詰め込んだ。
深夜、パラパラと降りだした小雨のなか、車を走らせ。
それを山中まで運ぶと、穴を掘りはじめた。
人間を一人埋めるだけの穴を掘るのは思ったより重労働で、汗だくになった体を小雨がちょうどよく冷やしてくれる。
本当は、野生動物に掘り起こされないように、深く埋めるのが基本ではあるが、彼にはそこまでの知識も、体力もなく……この程度でいいかと自分を納得させると、袋の中から女を引っ張り出した。
露になった裸体は、もう欲情を駆り立てるものではなくなっていて、物を扱うようにその穴へと放り込んだ。
こいつはネットで知り合った女だ。
関係性を探られてもすぐにたどり着くことはないだろう……。
本当はそんなことはないかもしれないが、そう思うことで心の平穏を保つと、彼は急いでその場を立ち去った。
土が掘り返され、埋め直された事で、落ち葉がそこだけ落ちていない。それを見れば誰でもここに何か埋まってるのではないかと勘ぐるような状態。
その反面、袋ごと埋めてしまえばホームセンターの履歴から足が付くかもしれないと考えて一緒に埋めなかったりと、思考が纏まっていないのが伺える。
人を殺して、今後それに苛まれて生きるのか。
自首をして罪を償うのか……
『その後の彼がどういう人生を過ごしたかは知らない』
__その土の中から、手が突き出された。
それは回りの土を掻くように踠くと、肘、肩と段々と這い出してくる。
「埋めるなんて酷いなぁ、でも容赦無くて良かったぁ」
彼女は死なない。
ただ歪んだ快楽だけを求めて、男を堕とすモンスター。
彼らがどうなったのかは知らないが、死ぬほどの快楽を与えてくれたことには感謝してるし、彼らが普通に生きていても得られない快感や、経験をさせてあげているのだからお互い様だと考えていた。
彼女は裸のままふらふらと山を降りる。
恥ずかしがることもなく、そのまま車が通る道まで。
異様な光景に、一台の車が止まって声をかけてきた。
「大丈夫か!」
全裸で小雨に打たれ、土は筋になって流れているが、髪の毛などには落ち葉も絡み付いている。
「山に連れ込まれてレイプされて……」
女が顔を伏せて涙を流して見せると、男は汚れるのも構わず上着を脱いで女に着せる。
「とりあえず車に乗って……近くの警察へ行こうか」
「警察は嫌……思い出したくない、なにも話したくない」
男は困惑したが、辛い体験を人に語って聞かせるようになるには時間が要るのかもしれないと、強くは薦めなかった。
「泥だらけだから、よかったらシャワーだけ貸してくれませんか?」
その提案を受け入れる。
男に下心はない。
憐れみだったのかもしれない。
了承した男は、独り暮らしの我が家へ向けて車を走らせた。
後部座席の女が、舌舐りをしていることなど知らずに。
面白い、怖い、ひいぃーって思った。
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