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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第四章 四ツ宮編
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十一話 あたしが一緒に

「……うーん、及第点ですかねぇ?」


 どうにか、歩み寄る姿勢を見せた麒麟。そんな彼女に向けて呑気に、けれど厳しい判定を聞かせるのは龍であった。


「何?」


 聞こえてきた「及第点」という言葉に、麒麟は思わず目を細める。


「うわぁ〜おっかなぁ〜い! そうやってすぐ凄むのも良くないと思いますよぉ〜」


 だが、龍はそれに竦む事も無く、ただ大袈裟に反応して見せた。元々、龍は麒麟の事を恐れていなかったのだ。氷雨の様に高圧的でありながら、氷雨の様な魅力と統率力を持ち合わせていない、孤独な神。それが、龍からした麒麟の印象であった。


「チョ、ちょっと哥哥(にいさん)……!」


「いいじゃないですか小藍(しゃおらん)、本当に仲良くなりたいのなら対等になるべきですよぉ」


 袖を引く妹に対し、龍は片眼鏡をかけていない方の目を開けて凄む麒麟と目を合わせた。

 仲良くなるなら対等になるべき。自分と晴明を見てみろ、とでも言いたげな表情だ。


「……そうか、善処しよう」


 永遠とも感じる睨み合い。それを一方的に終わらせたのは麒麟であった。

 何も、彼女も睨みたかった訳では無い。及第点――つまり、まだまだだと言われ、一体何が足りないのだろうと思い耽っていただけなのである。それを睨んだと勘違いされ、麒麟は少しだけ落ち込んだ様子だ。


「――――!」


 龍の言葉に肩を落とす麒麟に、四ツ宮の一同は目を見張った。どうやら本当に、今まで彼女の事を勘違いしていたようだ。


「……ほら、ハク。こいつをそんなに恐れる必要なんか何処にもないですよ。ちゃっちゃと要件を言ったらどうです? いかるが言うには、時間も無いんでしょう」


「……そう、やね。んふふ、ありがとさん、おヤタ」


 まるで肩透かしを食らった気分だ。しょぼくれる麒麟の姿が何処か幼子の様にも見えてしまい、ハクは知らず知らずの内に笑声を零してしまった。

 礼を告げられたヤタは軽く鼻を鳴らして、面白くなさそうな表情を見せている。


「――麒麟様、改めてお願いしたい事があります」


 それから、ハクは佇まいをきちりと直してから、本題を口にする。例え相手がこちらと仲良くしたいと思っているとはいえ、この物事を頼む場で礼儀を欠くのは違うだろう。


「云ってみろ。……我に出来る事であれば、手を尽くす」


 そうすれば、ハクのそんな意図を感じ取ったのか、肩を落としていた麒麟もしゃんと背筋を伸ばして(いら)える。なるべく、柔らかい印象を与えられる様に努めて、だ。


「ウチに……ウチが人やった頃の記憶を、思い出させてください」


「記憶……成程、我の追憶術を貴殿に掛けろと云う事か」


 そのハクの短い言葉だけで、麒麟は自身に何を求められているかを察したようだ。自問とも質問とも取れる言葉尻。彼女と目が合ったハクは静かに点頭する。


「構わん。我は構わんが……人の頃の記憶、と云うと、貴殿が死せる其の瞬間の記憶まで思い出す事に成るぞ。本当に、良いのか」


 無表情のまま、麒麟は淡々と言った。しかし、その言葉の節々には心配とも取れる感情が散りばめられている。


「……っ!」


 ハクは目を見開いた。それは、麒麟が心配を見せた事に起因しない。彼女の言った言葉の内容に目を見張ったのだ。


「死の、記憶……」


 震える様に落とされたハクの呟きに、龍と氷雨の二柱はそっと目を伏せた。彼らも、しかと覚えている。自身が死した瞬間を、その痛みを、苦しみを。


「う、ちは……」


 怖い。


 たったそれだけ。それだけの感情で、ハクは動けなくなる。言葉を続けられなくなる。ぎゅっと握った拳の痛みも感じない程、追い詰められた。


 そんな拳に、暖かな体温が添えられる。


「――ねぇきりん様、その追憶術って、あたしにも一緒にかけてもらう事って出来るの?」


 それから、聞こえてきたのは主の声。


「緋月……?」


 はっとして隣を見れば、いつの間にか、隣に小さな主が並んでいた。握り締めた拳に、緋月が暖かな手を添えていた。


「其れは、貴殿も白虎代表の記憶を共に見る、と云う事か?」


 純粋な疑問に麒麟は首を傾げた。何処に好き好んで死の記憶を見る者がいる。彼女の表情はそう言いたげであった。


「うん。一人だったら怖いかもしれないけど、二人で……あたしと一緒だったら、ハクも怖くないかなって……」


「――――!」


 そんな麒麟の疑問に、緋月は笑って答えた。緋月は、ハクの為に自分も死の記憶を見るのに付き合うと言うのだ。

 驚きに緩んだハクの拳を、緋月はそっと柔らかく開いて、それから手を繋ぐようにハクの手をきゅっと握り込む。


「そうか。……不可能では無い。貴殿らは深い縁に結ばれている様だしな」


 納得した様に頷いて、それからそっと二人へ手を翳して。やがて思案する様に口を噤んでいた麒麟は、問題無いと首を縦に振った。それ程までに、緋月とハクの絆が深かったと言う事だろう。


「ほんと!? 良かったぁ! ……だいじょーぶだよ、ハク。あたしが一緒に居るから!」


 麒麟の言葉を聞いた瞬間、緋月はぱぁっと目を輝かせて喜んだ。それから繋いだ手をそっと引いてハクを見上げると、彼女を安心させるように咲笑う。


「っ……! ……ん、ありがとね、緋月」


 その気遣いが、心の底から嬉しくて。ハクは泣きそうになりながら、金の瞳を潤ませながら頷いた。


「さて……白虎代表と安倍緋月には追憶術を掛ける事に成ったが、他の者共はどうするのだ?」


 麒麟が次に水を向けたのは、緋月とハク以外の面々。ハクが何かを思い出すのをここで待つのか、それとも、他に、何か。


「――決まっている、正面から朱雀宮に乗り込むだけだ」


 ふっと、凛とした声があがった。その声が選びとったのは、待つ以外の選択肢。真っ直ぐと、ただ真っ直ぐと麒麟を見据えているのは――。


「なっ……本気かよ氷雨さん!?」


 氷雨だ。異論は認めないとでも言いたげな顔で、堂々と胸を張っている氷雨に、紅葉は素っ頓狂な声で問い掛ける。


「あに様はいつでも本気なのだわ。いかるも同じ気持ちかしら」


「ウフフ! 燃えますネ! 正面衝突!」


 その問い掛けに答えたのはいかる。後に続く美藍も賛同の意気だ。少女神の揺るぎない覚悟が、青龍代表の燃え上がる闘志が、紅葉の困惑を更に加速させて行く。


「えっ……えぇっ……? い、いいのかよ? だっていかるは生け贄として狙われてるんだろ……?」


 だって、少女神は、いかるは、その命を狙われているはずで。死地に赴く覚悟というのは、死ぬ覚悟が出来ているという事で。


「――? おかしな事を言うのだわ。どうして、いかるがお家に帰るのにこそこそしなくてはいけないかしら」


 けれど、いかるは何を言うのかと紅葉の疑問を笑い飛ばす様に、堂々とただ紅葉を見据えて答えた。

 自分はただ家に帰るだけ。ならば、何処の誰ぞに遠慮する必要がある。自分は家の主なのだ。


「――――……」


 これは、死ぬ覚悟では無い。死なない覚悟だ。


 そう思った紅葉は、思わず押し黙る。ただただ不安そうな瞳をいかるへ向けて、本当に大丈夫なのかと言いたげに、ただただ彼女を見つめ続ける。


「いかるは平気、かしら。……朱雀宮まで行ければ、どこかにいかるの弓があるはずなのだわ。それさえあれば、いかるは邪のものも祓えるかしら」


 その瞳が物語る言葉に気が付いたのか、次にいかるが口にしたのは打開策。きゅっと握られた拳は、()()()()()


 ――虚勢だ。


 紅葉がそう気が付くのにも、時間は要らなかった。いかるは必死に虚勢を張って、まだ大丈夫と希望を持って、決して挫けないようにと頑張っているのだ。それに気が付いた紅葉は、もう何も言えなくなっていた。


「……ふ、面白い。確かに、先代朱雀代表の娘で有れば、破邪退魔(はじゃたいま)の矢を放てる」


 訪れた静寂。それを破ったのが、微かに漏らされた麒麟の笑声。彼女は、いかるの口にした打開策を裏付けて、何も案ずる事は無いと首を振る。


「……其れに最悪、御前が居れば神獣朱雀さえも討てるだろう、ヤタ」


「――――……」


 それから、白羽の矢が立てられたのはヤタであった。名指しされた彼女は、何も言わずにただ目を閉じている。


「なっ……ま、待つんよ! う、討てるって……まさか……」


 麒麟が告げた奥の手に、ハクは動揺した声をあげた。

 神を討つ――同族を、討つ。それは、命じる方も、命じられる方も、相当な覚悟がいる事だ。それこそ、経験が無ければ成せない様な。


「何だ御前、云って居ないのか。其奴は()()()()()()()()()。其れも、自身の兄を其の手で討った筈だ」


「――――っ!?」


 全員分の視線が、困惑した視線が、驚愕した視線が、一斉にヤタへと集まった。けれど、ヤタは何も言わない。目と閉じて、口を固く引き結んで、自分から言う事は何も無いと、そう体現していた。


「……『兄殺しの蓮希』。故に、ヤタは其の名を捨てたのだろう」


 再度呼ばれた名前。けれど、ヤタが激高する事はもう無かった。そこに、揶揄う様な意図が無かったからだ。今の状況で、叫ばれてもおかしくない蔑称――それが、彼女の真名であった。


「ヤタ……」


 静かに、緋月が彼女の()()を呼ぶ。それに呼応するように、ようやくヤタは目を開けた。目を開けて、ただ辛そうにその顔を歪める。


「……だから、ヤタさんはお前に会いたくなかったんですよ。()()()()()を、思い出してしまうから」


 苦々しく零された本音。それがきっと、彼女がこの四ツ宮に入ってから――否、最初に麒麟に会った時から心中を巡っていた想いなのだろう。


「何だ、今更辞めると云っても聞かんぞ」


「元々お前に協力するなんて真っ平御免ですよ!」


 刺々しく返された腐れ縁の言葉に、烏は神経を逆撫でされたかの様に、反射的に言い返した。その時ばかりは、幾許(いくばく)かいつもの調子が戻っている様にも見えて。


「けれど……私は、()()は、緋月の式神です。……ですから、私はお前に手を貸す緋月に手を貸します。今はそれで、勘弁してやりますよ」


 それから、ヤタは気を落ち着かせる様に深呼吸。やがて、決して揺るぎない信念を瞳に宿して、ヤタは真正面から麒麟を見据えた。


「……そう、か。……有難う」


 金色の瞳が、人知れず揺れた気がした。揺れた瞳はすぐ様その瞼に覆い隠されて見えなくなる。けれど微かに上げられた口角が、震えた口角が、麒麟の揺れる感情をしかと表しているのであった。

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