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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第四章 四ツ宮編
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九話 伝言を“ハク様”へ

 落とされたいかるの言葉に、牢内はしんと静まり返った。龍と氷雨以外の者が驚愕を瞳に映し、息をする事も忘れてまじまじといかるを見つめる。


「殺されるって……どういう事、なん?」


 静寂を破ったのはハクであった。いち早く動揺から立ち直った彼女は、険しい顔のまま言葉の意味を問う。


「……言葉の通り、かしら。いかるはあのまま朱雀宮に居たら死んでいたのだわ……」


 殺される――それは比喩などでは無く、一つの事実。余程怖い目にあったのだろうか、固く握った拳を胸に当てるいかるの声は震えていた。


「……ここからは代わりに俺が説明しよう」


 彼女の震えた声を聞いた氷雨は、そっと片手を彼女の肩に置くと、表情を変えぬまま言葉を引き継いだ。いかるは小さく首を縦に振り、泣きそうな表情を氷雨で隠そうとする。


「……神獣朱雀は、先代朱雀代表を蘇らせようとしているのだ。――いかるを、贄としてな」


「なっ……!」


 それを咎める事無く、氷雨はただ真っ直ぐと事実を告げた。言葉を選ぶ事無く告げられた事実に、再び動揺が走る。思わず声を漏らしたのは、糸目を開いた美藍であった。


「それって……反魂(はんごん)術、って事か?」


 贄、それから死者蘇生。何処かで聞いた事がある。

 そうして記憶を辿り、ある術が思い当たった紅葉は、顔を上げて自身の考えが正しいか確かめる様に首を傾げた。


「わぁ〜正解で〜す! 流石は晴明君のお孫さん、よく勉強してるんですねぇ」


 わっと場違いにも感じる声をあげたのは龍であった。彼はにこにこと笑いながら、紅葉の言葉は正しいと肯定する。「よく勉強している」という言葉に、もう一人の晴明の孫はばつが悪そうに目を逸らした。


「……せやけど、反魂術(それ)って陰陽術やろ? なんで、神獣朱雀がそんな事……」


 紅葉が覚えており、流石は晴明(陰陽師)の孫だと褒められるという事。それはつまり、反魂術が陰陽術である事を示していて。


「それは分かんねぇけど……陰陽術が絡んでんなら、やっぱり爺さんの事待った方がいいんじゃ――……」

「っ、そんな悠長な事を言ってる暇は無いのだわ!」


 それならば、晴明を待った方が賢明では。そんな言葉はいかるの必死な言葉に掻き消される。その顔に浮かんでいるのは確かな焦燥。最初は驚いた紅葉も、その表情を認めて口を噤む。


「いかる……」


「はやく、はやくしないと……()()()()……!」


 思わずと言った様子で零された美藍の呼び掛けも、胸の前できゅっと拳を握るいかるには届かない。


 不意に彼女は、何かを思い出したかの様に顔を上げた。


「っ! そう、そうだわ……思い出したかしら……! 白虎代表。はく、というのは、お前で合ってるかしら」


 それから、ハクを見上げ、彼女の名がハクである事を確認する。


「……? 確かに、ハクはウチやけど……」


 そうする意味が分からず、ハクは首を傾げつつも頷いた。今にも泣き出しそうな表情をしているいかるを問い質す気にもなれず、ハクはそれ以上何も言わずに彼女をじっと見つめるばかり。


「っ、で、伝言があるかしら! あの、()()()()()……っ、()()()()()!」


「落ち着くんよ、いかる……あの子って?」


 いかるは慌てた様に、ハクに縋る様に、むしろハクの服に縋り付きながら、()()()()()()()()を伝えようとする。

 ハクは、伝えなくてはという気持ちが先行して思わず言葉を詰まらせるいかるの肩をそっと叩き、一つずつ伝言を聞き届けようとした。


「……朱雀宮にいる、赤髪の男の子かしら……」


 肩を叩かれたいかるははっとして深呼吸。それからやっと落ち着いた様子で、ハクへの伝言を預けた者について語り出す。


「朱雀宮の……? ウチ、朱雀宮に知り合いなんておらんはずやけど……。そん子の名前は?」


 けれど、ハクには一切心当たりが無くて。ハクはどちらかと言うと、昔から晴明や緋月と行動を共にしていた為、四ツ宮の知り合いはそう多くない。

 覚えている限りでは朱雀宮に知り合いはいない。だが。単に忘れているだけの可能性も勿論ある。それが故に、ハクはその者の名を問うた。


 瞬間、いかるの目が微かに見開かれて。それから、綺麗な桜色は何度も見え隠れをして、やがて困った様に逸らされた。


「……分からない、のだわ。いかるにも、本人にも」


「本人、にも……?」


 今にも泣き出しそうな声の小さな呟き。それを拾った者全てに、驚きが伝播していく。


「あの子がそう言ったのだわ……。だから……だから、言ってたかしら……! 『僕を思い出して』って……!」


 唯一驚きの表情を宿していないいかるだけが、必死に声を上げる。潤んだ大きな瞳に、ハクの姿が映り込んだ。


「思い出す、って……」


 詰め寄られて、ハクは僅かに身を捩った。悩む様に困惑しきった顔を俯けた瞬間、じゃらりと耳飾りが音を立てる。


「――! その耳飾り……! それと同じ物を、あの子も首から下げてたかしら……!」


 それを認めたいかるは目を見張る。ハクの耳飾り――虎の紋様が刻まれたそれに、見覚えがあったのだ。


「え……?」


「……? ハクのそれって、びゃっこきゅー? の、代表の証……みたいなやつじゃないの?」


 緋月はぱやと首を傾げると、表情を固くしたハクを見上げて、覚えたての言葉を使いながらも問いかける。所々疑問符が入り交じっているが、これでも緋月にしては覚えるのが早い方だ。


「これは……違うんよ。ウチが、最初から持っとったもんなんね。()()()()()()()()()()


 そっと耳飾りに手を伸ばして、慈しむように優しく撫でて。ハクは何度も瞬きをしながら首を横に振るった。

 最初から。それこそ、眷属神になった時から。ハクの記憶の始まり――麒麟と、神獣白虎の前に立った時から。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……あのぉ、水を差して申し訳ないんですけどぉ……確かハクって、人間の時の記憶無いですよねぇ?」


 ハクはすっかり黙り込んでしまい、話は停滞する。そんな止まってしまった流れをもう一度動かす様に、龍は呑気を装って小石を投げ入れた。


「えぇっ!? そうなの!? ってことはハクも記憶喪失!?」

「えっ!? そうなのか!? って言うか、逆に人間の頃の記憶ってあるもんなのか!?」


 そうすれば、思い通り。緋と紺の声が後半を除いて綺麗に重なる。思わず緋月と紅葉は顔を見合せた。龍の話が本当ならば、身近にいる記憶喪失は三人目となる。


「そうですよぉ〜! ちなみに僕と氷雨は持ってますが、小藍は持ってませんねぇ」


「もう哥哥(にいさん)、今それは関係ないデショ」


 龍はにこにこと笑いながら肯定した。彼はそのままの勢いで余計な事まで喋り出し、呆れ返った様子の妹に咎められる。


「まぁ……その通り、なんね……」


 どうにも信用ならない龍の言葉だったが、どうやら彼の付けた言葉は事実だったらしい。

 顔を強ばらせたままのハクは静かに頷いた。その間もずっと、彼女の手は耳飾りを撫で続けている。


 だって、この飾りを持つ者はこの世にいるはずがないと居ないものだと思っていたから。


「ってことは、いかるちゃんの言うあの子って、ハクが人間だった頃のお友達って事?」


 明らかに考え込む時間が増えたハクを見上げながら、緋月は一人首を傾げる。緋月がその可能性に辿り着けたのは、ついこの間同じ様な経験をしたが故だ。


「そう判断するのが妥当だろうな。ハク、何か思い出せないか?」


 その問いに答えたのはハクでは無く、今までずっと黙って話を聞いていた氷雨。彼は軍人然とした視線をハクに向けると、そこまで聞いて記憶は戻らないかと問いかけた。


「っ、無茶言わんで。名前も分からへんのに、思い出せる訳無いんよ……」


 だが、ハクの(かんばせ)は苦々しく歪むばかり。忘れてしまった名も知らぬ人物を思い出せなど、何とも度し難い無理難題だ。


「あの子は今、きっといかるの身代わりになって捕まってるのだわ……! 待ってる時間は無いかしら!」


 しかし、焦るあまりいかるはその難しさを理解し得ない。どうか今すぐにと言いたげな様子で何度もハクの袖を引くその顔には、明確な焦燥が浮かんでいた。


「ま、待っていかるちゃん! 無くなっちゃった記憶を探すのって、すっごく大変なんだよ!」


 そんないかるを引き止めるのは緋月であった。同じく記憶喪失である緋月は、記憶を取り戻す大変さも、取り戻せない辛さも知っている。現にまだ、大切な存在であったはずの桐の事は、何も思い出せていない。


「でも、はやくしないとあの子が……!」


 けれどいかるは引き下がらない、引き下がれない。引き下がっては、いけない。ここで引き下がれば、きっと自身を助けてくれた少年の命が危うい。


「――一つだけ、方法がありますよ」


 両者ともに引かず、一進一退。

 そんな状況に石を投じたのは――。


「ヤタ……?」


 いつの間にか自力で手枷を外し、目を伏せて壁に寄りかかっていたヤタだ。


()()()()――麒麟の、追憶術を使えばいいんです」


 そうして彼女は、普段であれば決して見せないような鋭い目付きで、()()()()()を口にするのだった。

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