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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第四章 四ツ宮編
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七話 ヤタさん、大暴れ

(……あれ、なんだろう。この感じ……。あたし、何だか凄く懐かしい気がする)


 高圧的で、有無を言わさない態度。何故か緋月はその態度に懐かしさを覚えた。


「……おおせの、ままに」


 故に、なのだろうか。緋月の口は、その意思とは無関係に是と答えてしまっていた。


「――っ、緋月!?」


「えっ……あっ!? ご、ごめん! なんか、こう言わなきゃいけない気がして……!」


 焦りが滲んだ声に名を呼ばれて、ようやく緋月は我に返る。だが、もう遅い。麒麟は言質を取ったと言わんばかりに頷いて、再び緋月と紅葉の姿を射抜いた。


「受け入れてくれて助かる。他の詳しい話は玄武宮看守から聞く様に。ではな」


 麒麟はそれだけ言い残して踵を返すと、陰陽亭から引き上げた時の様にふっと姿を消す。まるで煙の様だ、と緋月は密かに思っていた。


「……何も、あんなにこわぁい言い方しなくたっていいですよねぇ」


 彼女が去ってしばらくした後、一番最初に口を開いたのは龍であった。彼はうっすらと、片眼鏡をつけていない方の目を開いて、愚痴とも慰めとも取れる言葉を零す。


「ちょっと哥哥(にいさん)! 怒られても知らないわよ!」


 それを受けて焦った様に美藍が何かを続けるが、彼女が放った言葉は緋月の知る言葉では無い。その為、彼女が何を言ったのかは分からなかったが、どうやら咎めている、という事だけは表情から読み取れた。


「怒りやしませんよぉ。あの人は怖がられるの気にしてるので、良くてちょっとしょんぼりするだけです」


 だが、その言葉も龍には通じているらしく、彼は間を開けずに返答する。どうやら美藍がうっかり口にしたのは、二柱の故郷の言葉の様だ。


「えーっと……俺達は氷雨さんから話を聞けばいいのか?」


 悪びれる様子の無い龍を置いて、紅葉がぽつり。戸惑った様に氷雨を見つめれば、彼ははた、と瞬きをした。


「そうだ……いや、詳しい話は渦中の者から聞いた方が早いだろう。玄武宮へ行くぞ」


 是、と頷きかけてから、氷雨は思いとどまる。それから一瞬の逡巡の後、自分が話すよりいい方法があると口にした。


「かちゅーの……?」


「問題になってる人の事やねぇ。……ん?」


 氷雨の言葉遣いは少々難しく、きょとんと首を傾げる緋月にハクはこっそりと耳打ちをする。その瞬間、ハクは氷雨の難解な言葉遣いに怒り出しそうな者が一柱足りていない事に気が付いた。


「そう言えば緋月、アホガラスどこ行ったん?」


 それは、ヤタの存在。いつもであれば、何処かしらで騒ぎ出してもおかしくないはずだが、今は一切それが無かった。


「あっ……忘れてた! そーなんだよハクっ! ヤタがどこにも居なくて……!」


 緋月もヤタがいない事をすっかり忘れていた様だ。はっとして何度も瞬きをすると、慌てて大変だとハクに縋る。


「あのアホ……緋月置いて一体どこほっつき歩いとるんよ……」


 縋られたハクは思わず呆れ顔。目線だけを上へ向けて、虚空を白眼視する。


「えぇい好き勝手喋るな貴様ら! 収拾がつかんだろう!」


 そこで、遂に氷雨の堪忍袋の緒が切れた。彼は良く通る声を荒らげると、白蛇が巻き付いた杖をがんがんと打ち鳴らした。


「全く……何処までも自由な奴らだな。いいか、良く聞け。今から一度玄武宮まで移動するぞ」


 そうして無理矢理にでも視線を集めると、呆れた様に首を振るって、既に決定事項とした事柄を口にする。


「あ〜確かにぃ。()()()から話聞いた方が早いですよねぇ」


「だから先程から何度も言ってるだろうが! どれだけ話を聞いていないんだ貴様はッ!」


 その言葉に呑気に頷く龍であったが、氷雨がそれを言うのは二度目。全く話を聞いていなかった事が露呈して、氷雨は更に眉を吊り上げた。


「あぇ〜?」


「くっ、貴様は何処までも……! ……はぁ、とにかく案内する。ついてこい」


 素知らぬ顔で恍ける龍をぎろりと睨み付け、握った拳をわなわなと震わせる氷雨であったが、やがてそれも無意味だと察して、さったさと歩き出してしまうのであった。


****


 長い階段を降りたり登ったり。緋月が疲労感にうんざりし始めた頃、ようやく玄武宮と呼ばれる場所へ辿り着いた。

 宮とは言っても、この玄武宮はまるで中に浮かぶ岩を切り出して作られた要塞の様であった。


「――――!」

「――――――――!?」


 ようやく辿り着いたそこは、何やら騒がしく、管理者に近い立場の氷雨は眉を(ひそ)める。


「……何だ? 騒がしいな。……おい、何があった!」


 それから、慌ただしく走り回っている眷属神の一人を呼び止めると、一体何がと問い質す。


「氷雨様……! それが、先程捕らえた怪しい奴が……」


「あぁ、そう言えば先程言っていたな。どんな奴だ?」


 助かったと言うような安堵の表情で駆け寄ってきた部下の言葉を聞きながら、氷雨は先刻入った連絡を思い出した。


「それが、朱雀宮の者の様に羽根を生やした者なのですが、どうも様子が……」


 氷雨の部下は泣きそうな顔でそう告げる。瞬間、話を聞いていた緋月一行の表情が苦々しいものへと変化した。


「……ウチ、すんごく()な予感するんよ」


「あたしもぉ……」


「………………すぐに向かおう」


 げんなりと呟いた緋月とハクの様子に、氷雨も大方何かしらを察したのであろう。彼も同じく呆れた様な表情で部下にそう告げた。



「……だから! ヤタさんは朱雀なんかじゃねぇって言ってるんですよ! 何も怪しくねぇです! さっさとここから出しやがれ下さいッ!」


 案内された牢の元。そこに響き渡っているのは聞き馴染みしかない声だ。


「ほらなぁ……」


「ヤタ……なんで捕まってるの……?」


 予想的中。ハクは萎れた菜っ葉の様に肩を落とし、緋月は信じられないものを見る目で牢の中のヤタを見つめた。


「……成程。あれは貴様らの連れという訳か」


 そんな陰鬱な空気を放ち出した一人と一柱を見て、氷雨は微かにため息をついて、憐れむ様な視線を緋月とハクへ向ける。


「お恥ずかしながら、なんね。アホなだけで害は無いから出しても平気なんよ……」


 ハクは認めたく無いといった様に顔を(しか)めながら頷いた。恐らく彼女は、身内が痴態を晒す姿に耐えられないのだろう。


「そうか……承知した……。――おいお前達!」


 あまりにもハクがげんなりとした様子であった為、氷雨の返答もそれに引きずられる。それから彼は大股で騒いでいる牢の前の部下達へ声を掛けた。


「ひ、氷雨様ぁ……」


 途端に部下達へ安堵の雰囲気が広がる。氷雨はそれ程信頼されているのだろう。


「あ!? 今度は何ですお前! ヤタさんは怪しくなんか――……」


「えぇい煩い奴だな! 少しは静かにしろ! ……コホン、それは朱雀の関係者では無い。解放してやれ」


 一方、ヤタはまた敵が増えたと言わんばかりに騒ぎ始めるが、眉を吊り上げた氷雨に一喝される。それから咳払いを一つ、部下へヤタを解放する様に命じた。


「かっ、かしこまりました!」


「――! ふふん、なんですか、分かる奴もいるじゃねぇですか! お前の態度に免じて、ここまでの狼藉は許してやろうじゃねぇですか」


 途端に態度を変え、ばたばたとヤタを解放し始める氷雨の部下達を見て、ヤタはふふんと満足そうに笑う。勿論、その流れを緋月が見ている事にも、凍えそうな程冷ややかな視線をハクから向けられている事にも気が付いていない。


「全く……随分と態度の大きい()だな。感謝するのはお前のほ――……」


 呆れる氷雨の言葉が不自然に切れるのと、彼の身体が宙を舞うのは同時であった。響く衝突音。誰もが唖然とそれを見守る。


「だァれが男ですかァッ!? どっからどう見ても! ヤタさんは美少女神でしょうがァ――ッ!」


 氷雨を木の葉の様に吹き飛ばしたのはヤタの拳。彼女は頬に青筋を浮かべながら、男と間違われた事に対して憤慨する。


「……――ッ、そいつをもう一度牢へぶち込んでおけェ――ッ!」


 そうなるのも、当然の事であった。



「おい! 何ですこれ! 外しやがれ下さい!」


 相も変わらず騒ぐヤタ。その両手には、ずっしりとした金属製の手枷が嵌められている。


「諦めぇアホガラス……お前ほんまアホ。流石に救えやん」


 その鎖を引くのはハクだ。彼女はかつて見た事が無い程うんざりとした表情で首を振るう。


「んんんんちくしょーっ!」


「ご、ごめんね氷雨お兄さん……! 普段のヤタはもうちょっと大人しいはずなんだけど……」


 負け鳥の遠吠えを聞きながら、緋月はこそこそと氷雨へ謝罪。何故か、今のヤタは普段より凶暴だ。牢に入れられていたからなのだろうか。


「全くだ! 己の式くらいちゃんと躾けておけ! 龍も何時まで笑っている!? いい加減にしろ馬鹿者!」


 氷雨がぴしゃりと叱り付けるのは緋月だけでは無い。先程から延々と笑い続けている龍に対しても、怒りが収まらない様子で叱責を飛ばした。


「あはははは! だって、だってぴさめぇ! 吹っ飛んでぇっ! どぉんってぇっ! あはははははぁ!」


「ひ、さ、め、だァ――――――――ッ!」


 まさに火に油を注ぐとはこの事だろう。煽る様な龍の笑声に、一段と大きな音で轟く氷雨の怒声。近くにいた緋月は耳がきーんとしてその手をあわあわと振った。


「にしてモ、氷雨がこっちの牢まで使うなんて珍しいワネ。そんなに危ない奴を捕らえたノ?」


 そんな怒れる氷雨に、美藍はのんびりと問うた。彼女も兄とは別の方向性で呑気なのだ。


「っ……、あぁ、まぁそうなるな。便()()()()


 それが我に返る材料となったのか、氷雨は(かぶり)を振って冷静になると、美藍の問いへ意味深長な言葉を返す。


「…………?」


「見ればわかる。いいからついてこい」


 首を傾げる一同。だが、それ以上氷雨が説明を加える事は無く、仕方なく彼の後をついて行くしか無いのであった。



「……ここって、地下牢……か?」


 それから、辿り着いたのはまるで鍾乳洞の様な地下牢。恐る恐る紅葉は辺りを見回すが、どうも罪人が収容されている様子は無い。


「あぁ。神獣玄武の力で保護された、最上級の結界牢だ」


 神獣の力は、代表の力など比べようが無い程に強い。それはつまり、それだけ厳重な守りで閉じ込める必要がある者がいるという事だ。ハクは慌てて興味津々に目を輝かせている緋月を捕まえる。


「緋月、あんま前行ったらあかんよ。……ほんで、そんな危険なとこに誰が……」


 響く、(くつ)音。


「……随分と、騒がしいかしら」


 じゃらと鎖の音がして、甲高い幼子の声がした。


「――っ!?」


「安心するのだわ。――いかるは、急に噛み付いたりしないかしら」


 格子の向こう。そこに立っていたのは、桜色の瞳でじっとこちらを見つめる少女であった。

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