六話 四獣と四神代表
「……――やからもう、ウチ急いどるっていうたんにぃ」
「仕方ないですヨ、神獣白虎様はお喋りなんですカラ。ただでさえ小虎帰ってないですシ……」
「それもそうやけどぉ……」
ここは中央宮。四ツ宮をぐるりと囲む城壁から繋がる、文字通り中央に存在する宮だ。とは言え宮とはいっても、あるのは比較的大きな東屋だけであるが。
聞こえてくる話し声は二つ。一つは甘ったるい声で延々と愚痴をこぼし、もう一つの透き通った声はそれを窘めている。
「あっ! ハクいた〜っ! ハク〜っ!」
「――! 緋月ぃ!」
そこへ加わる甲高い声。呼ばれたハクは勢いよく顔を上げると、嬉しそうに飛び込んでくる緋月を、更に嬉しそうな顔で抱きとめた。
「あれっ!? 今度こそ本物の美藍さん!?」
少し遅れてついてきた紅葉は、緋月とハクが抱き合うのを見守っていた美藍の存在に気付き、目を丸くする。
「あら、緋月様に紅葉様! 何日かぶりですネ!」
手を振り笑う美藍は、今度こそ本物の美藍だ。彼女はいつも髪を紅葉と同じ様に団子にしているが、きっとそれを下ろせば龍と見分けがつかなくなってしまうだろう。
「それから、氷雨と哥哥も。久しぶりネ」
二人に挨拶をした後、美藍はふっと視線を紅葉の後ろへ向ける。そこには、今度は走り出した緋月の背を追う事になった氷雨と、最初から最後尾を歩いていた龍が居た。
「小藍! 会いたかったですよぉ! 後で久しぶりに麻雀打ちましょぉ!」
龍はぱぁっと表情を明るくさせると、久しぶりに会った妹へと手を振る。後半の提案に関しては、「それ所じゃないデショ」とばっさり切り捨てられていた。
「ふん、久しいな。だが、麒麟様より聞いていた話だとお前はいなかった、との事だったが……どういう事だ?」
鼻を鳴らして挨拶を返した氷雨は、自身が聞いていた話と状況が異なっている事に関して説明を求める。その瞬間、美藍は「あぁ、それネ」と口にした。
「晴明様がネ、『僕には夕凪がいるから平気だ』ッテ、ワタシだけ先にこっちへ寄越したのヨ。晴明様は後から来るって言ってたワ」
それから美藍が続けたのはそんな説明。確かに、しばらくの間青の里に脅威は無いだろう。故に、彼女だけが四ツ宮へ帰された事についても納得が行く。
「……ねぇねぇろん兄!」
美藍と氷雨が話し始め、すっかり置いてけぼりになった龍の裾を緋月が引く。
「うん? 何ですかぁ?」
何事かと膝をついて目線を合わせた龍の耳元へ、緋月は顔を寄せてこしょこしょと内緒話を始めた。
「あのさっ! もしかして、美藍ちゃんがあたしたち呼ぶ時のって……」
「あ、そうですねぇ。あれも僕達がむかぁしに住んでた所の言葉……と言うより、まんま『緋月』と『紅葉』を僕達の故郷の言葉で読んだものになりますねぇ」
「やっぱり!」
緋月が気になったのは、美藍が緋月と紅葉を呼ぶ時に口にした名についてだ。期待を抑えられないかの様な緋月の問い掛けに、龍は笑って是と頷く。
「あら对不起、緋月様! 未だにワタシ、こっちの國の言葉慣れなくテ……名前だけはどうしても初めは故郷の読み方になってしまうんデス」
その内緒話は美藍にも聞こえていた様だ。どうやら彼女は耳がいいらしい。彼女はしゅんとした表情で訳を話す。確かに、美藍の言葉には少々訛りが混ざっていた。
「んーん! ふぇいゆえ……って呼ばれるのも、すっごく可愛くって好きだよ!」
緋月はそんなしょんぼりとした美藍に向けて笑いかけると、彼女に呼ばれる名も好きだと胸を張る。
「緋月様……! なら、これからも沢山呼ばせて頂きマス!」
「うんっ!」
感動した様に口元に手をやる美藍は、すぐに兄とそっくりな顔でにこーっと笑うと、嬉しそうに緋月の頭を撫で回した。
「――皆、揃っている様だな」
そんな和やかな空気を、きゅっと引き締めたのは突如現れた麒麟だ。
「――――!」
彼女の姿を認知した途端、緋月と紅葉以外の皆は一斉に傅いて、麒麟の次の言葉を待っていた。
「良い、面を上げよ。それから並びに、現在の問題が解決する迄の間、我の前での自由発言を許可する」
緋月が真似した方がいいのかと迷っていると、麒麟はすぐ様ハク達を立ち上がらせる。それから麒麟の許可を受けて、ずいっと前に出たのは氷雨であった。
「有難く。ではまず初めに、協力者二人にこの四ツ宮についての説明からさせて頂く」
「好きにせよと云っている」
氷雨が求めるのは、緋月達へ全てを一から説明する事の許可だ。麒麟は自身の言葉が上手く伝わっていなかった事が不満だったのか、少しだけ不機嫌そうにもう一度「自由にしていい」といった意味の言葉を告げた。
「まずは……そうだな、神獣と我々の話からか?」
その言葉にようやく頷いた氷雨は、身体の向きを緋月達の方へ向けると、何から話すべきかと首を傾げる。
「そうですねぇ、この子達、神獣についても代表についても知らないみたいですしぃ……。ハクってばちゃんと話してなかったんですかぁ?」
それに同意するのは龍だった。手持ち無沙汰気味に手にしていた杖を身体ごと左右に振ると、突然くるりとハクの方へ身体を向け、彼女をやんわりと非難する。
「しゃーないやろぉ。ウチらの立場は割と複雑やし、下手に話しても混乱させるだけやと思ったんよぉ」
言葉でちくりと突かれ、ハクはぷーいといつもより少々子供っぽい態度で口を尖らせる。麒麟の御前であるが、それ以前に顔馴染みの前である事が大きいのだろう。
「デスネ。多分、十六夜様にもちゃんと言ってないですヨ、コレ」
美藍はハクの味方の様だ。彼女は片手をあげながらひょいと肩を竦めて、やれやれと首を振る。
「まぁいい、とにかく俺から話そう。龍だと無駄な話が多くなるからな」
シーリウイェって誰だろう、と緋月が密かに思っている間に話は進んでしまった。どうやら問う機会を逃してしまった様だ。
「あ〜! 酷いですよぉ!」
名指しで貶された龍はぷりぷりと怒り始めるが、氷雨はそれを一切合切無視してそのまま話を続ける。
「緋月、紅葉、貴様らはハクや美藍を白虎や青龍そのものだと思っているだろうが、実はそれは違う」
「えっ、そ、そうなの!?」
そうして、氷雨が告げたのはそんな事実。彼の言う通り、ハクや美藍は白虎や青龍そのものだと思っていた緋月は、心底驚いて素っ頓狂な声をあげた。
「正確に言えば、俺達も含めて皆神獣――つまり、本物の四神の眷属神なのだ」
「なっ……ど、どういう事だよ!?」
続けて告げられる真実に、どうやら流石の紅葉も追い付けない様だ。確かにハクが言っていた通り複雑で、彼女が本当の事を言っていなかった事にも納得がいく。
「其れについては我から話そう。昔の話だ。気が遠くなる程昔、我々四神は眷属神等持たずとも存在する事が可能であった。だが、時が経つにつれ、四神を纏め上げていた我以外の四獣の力が弱まり始めてな。故に、我は彼らの元に眷属神を付けて、力を補う事にしたのだ。その特性故に、眷属神は皆人神であるのだ」
そこで、今まで黙って見守っていた麒麟が口を開いた。語られる昔話に、緋月は瞬きを繰り返す。思っていたよりも壮大な話だ。
「そんで今、その四獣様の代わりに四神として顕現するのがウチら――つまり、それぞれの代表って事なんよ」
その言葉を継いで、ハクが補足を入れる。彼女は主の理解力と、その相棒の理解力をしっかり理解している。紅葉にさえ伝われば、彼女は途端に緋月にも分かりやすい様に噛み砕いて言葉を反芻してくれる事を知っていた。
「なるほど……だから、ハクや美藍さんは白虎や青龍の代わり……代表……って訳か」
そんなハクの思惑通り、紅葉にはしっかり伝わった様だ。彼女はハクが思い浮かべていた筋書きと全く同じ様に反芻する。
「なるほどぉ……! ……あれ? じゃあ、朱雀の代表は誰なの? だってじー様の所にいるのはあと、夕凪おじいちゃんだけだよね?」
紅葉の噛み砕いた言葉に、ようやく緋月も腑に落ちた様な顔で相槌を打った。だが、不意に知っている四神代表の数が、四神と言うには一柱足りない事に気が付き、むむ、と首を傾げる。
「ソレが……」
「……あぁ、其れが今回、我が貴殿らを呼んだ事に関係している」
辛そうに眉を顰める美藍。彼女の代わりに口を開いたのは麒麟であった。自然と彼女に視線が集まる。
「之は……何時だったか。そうだな、晴明がまだ生きていた時の話だ。ある時、当時朱雀の代表だった者が戦いの末に命を落としてな。それから、朱雀代表はずっと空席なのだ」
「――――!」
それを聞いた瞬間、緋月は最初麒麟が陰陽亭を訪れた時、晴明に向けて放った言葉の意味を理解した。
『ならば、貴殿の所為で命を落とした先代の朱雀代表が関わっている、とでも云えば貴殿は動くか?』
あの時の冷ややかな目を、緋月はしかと覚えている。今回の件は、そんな重たい脅しをしてまで晴明を呼びたかったという事だ。緋月は、背中を冷たいものが流れ落ちていくのを感じた。
「朱雀には代表の後継者がいませんでしたからねぇ。四獣の代わりを務めるものがいなければ、次第に四獣の力も弱まってしまうんですよぉ」
そんな緋月の焦りは露知らず、龍はのんびりと続ける。まるで他人事の様に、自分には関係無い事の様に。そのまま、誰も彼もが黙りこくる。
「……故に先日、遂に朱雀の気が触れた」
そんなしんと静まり返った静寂を破ったのは、麒麟であった。重たい口を開いた彼女の表情は、無から哀へ僅かに変わって見えた。
「ここは四ツ宮。本来で在れば、中央宮の他に、四神の名を冠した宮が在って然るべきなのだが……」
それから麒麟はすっと立ち上がると、中央宮から見える三つの宮を指さした。
「……! 三つしか、無い……?」
彼女の言葉通り、四ツ宮という名を冠しているいるこの世界には、三つの宮しか存在していなかった。その事実に気が付いた緋月は、導かれる様に麒麟の言おうとしていた言葉を口にする。
「あぁ。少し前、朱雀は宮と共に忽然と姿を消した。四ツ宮から朱雀宮だけを切り離して、独立した隠り世へと逃げ込んだのだ」
かつて朱雀宮があったらしい方向へ身体を向けたまま、麒麟は続ける。それからふっと言葉を切ると同時に振り向いて、緋月と紅葉を真正面から見つめた。
「……いいか、晴明の孫娘。之は我からの頼みだ」
虹の煌めきを宿したその瞳が、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐと緋月と紅葉を射抜く。
「朱雀を正気に戻して連れ帰り、四ツ宮を元の状態へと戻せ。――いいな?」
そうして、二人に下ったのはそんな勅命であった。




