五話 呑気な看守と厳格な看守
「あぇ〜? 今回はサボりじゃないですよぉ。晴明君のお孫さん達とお話してただけです、ぴさめぇ〜」
突進するが如く物凄い勢いで歩いてくる青年に対し、龍は口を尖らせて反論する。彼が「ぴさめ」と呼んだ瞬間、つかつかと早歩きする青年の眉が吊り上がった。
「ひ、さ、めだァァッ! 貴様は何回言えば分かるのだ!? その長い耳は飾りか!?」
轟く絶叫、緋月はぴゃっと叫んでその肩を震わせた。加速した青年は龍の元まで勢いよくやってくると、びしっとその指を龍の鼻先へと突き付ける。
「確かにこれだけ長いと飾りは付けやすいですよぉ!」
「そういう意味では無い、張り倒すぞ貴様ァッ!」
だが、対する龍は呑気に笑う。その言葉に青年の額へ更に青筋が浮かび、彼の良く通る声が辺り一帯に響き渡った。
緋月はその一連の流れに、よく知った家族の顔を思い浮かべながらも、おずおずと龍へと声を掛けた。
「ろ、ろん兄……? この人は……?」
「……ん? 龍、この娘達は何だ?」
だが、それは緋月達に気が付いた青年が龍に声を掛けるのと同時で。
「うわぁ、両方から質問しないでくださいよぉ」
龍は辟易として、大袈裟に空を仰いだ。
「えーっと……まずは緋月さん、紅葉さん。この人は氷雨って言ってぇ、僕と同じ看守なんですよぉ」
だが、それもすぐにいつもの様子に戻ると、緋月と紅葉に青年の紹介をする。氷雨と呼ばれた彼は、確かに看守と言われてもしっくりとくる様な雰囲気を醸し出していた。
「それから氷雨ぇ、この子達は晴明君のお孫さんでぇ……えっと、お話を聞く前に氷雨が乗り込んできたのでここにいる理由は分かりませぇん」
その後くるりと青年の方へ身体の向きを変えると、今度は彼に緋月と紅葉の紹介をする。とは言っても、緋月達と龍は先程知り合ったばかり。その為、紹介はかなり雑だ。
「――! 晴明の……成程、貴様らが麒麟様の言っていた協力者と言う事だな?」
しかし、「晴明の孫」と言う言葉だけで、彼には大方の事情が伝わったらしい。ふ、と緋月達に視線を向けるとまるで尋問する様に問い質す。
「えっ? ……っと、はい! 俺達は爺さんの代わりにここまで来て……」
その高圧的な態度に一瞬怯みかけた紅葉だったが、青年から敵意の様なものは感じられない。恐らく、これが彼の普段からの態度なのだろう。そう瞬時に判断して、紅葉は返事を続けた。
「そうか、遥々ご苦労。紹介にあった通り俺は氷雨。次期玄武代表にして、現玄武看守の氷雨様とは俺の事だ!」
紅葉の言葉に頷いた青年――氷雨は、ばんと胸を張り、堂々と手のひらでその胸を押さえると、正式に自身の名と役職を名乗り上げた。同時に、勢い良く地面へ打ち付けられた杖が、かーんと綺麗な音を立てる。
「わっ!? え、えっと……あたしは緋月! うーんと、陰陽亭の代表で、ハクの主だよ! ……ほらっ、紅葉もっ!」
何故かその名乗りに触発され、緋月も似た様な形で自己紹介を返す。それは氷雨のものとはかなり違っていたが、緋月的には満足の様だ。
「俺も!? あ、えっと、俺は紅葉で……って、緋月が陰陽亭の代表なら俺は何処の代表なんだよ!?」
そのまま緋月に促されるままに紅葉も続けたが、途中で我に返って突っ込みを入れる。それに対して、緋月はきゃらきゃらと楽しそうに笑声をこぼした。
「……ふ、随分と愉快な娘達だな。それに、成程。貴様がハクの主か。確かに、話に聞く通りだな」
戯れる二人を眺め、氷雨の目元と口元がふっと緩む。また、緋月の話は彼の元にも行っている様だ。緋月に向ける視線は、何か面白いものを見る様な視線であった。
「すごぉく面白い子達ですよねぇ! 僕も仲良くなれそうですぅ」
ぽわぽわと笑い、龍も同調。彼の纏う雰囲気は緋月達のものに近い為、彼の言う通り緋月達とは相性が良いだろう。
「……って、そうだ。氷雨さんは俺達の事知ってる……と、言うか聞いてるって感じだったけど……」
それから、不意に紅葉は自分達について知っている様子を見せた氷雨の事を思い出して声をあげる。
「あ、そうですよぉ! 僕は知らないのになんで知ってるんですかぁ、ぴさめぇ!」
ついでに龍も同調した。懲りずにまた氷雨の事をぴさめと呼んでいたので、緋月はハッとして身構えた。
「ひ、さ、めだぁっ! 何度も言わせるな! というか龍、貴様! 貴様は知っていなくてはいけないはずだぞ!? 先程麒麟様から通達があっただろう!」
案の定ビリビリと響く怒号。氷雨の声は、か細い十六夜の声とは違って良く通る為、耳の良い緋月は身構えていたとしてもきーんとなってしまうのである。
「ほぇ? そうでしたっけ?」
緋月より近くで氷雨の怒号を浴びた龍は慣れっ子なのか、緋月とは違って呑気に返事をしている。
「さてはまたサボっていたな貴様ァッ!?」
「違いますぉ! 僕はただちょっと瞑想を……」
「仕事中に瞑想をする者があるか馬鹿!」
再び響き渡る怒声をのらりくらりと躱す龍。その自由っぷりはやはり、何処か晴明を思い起こさせた。とは言え、龍が叱られているのはサボってばかりである為、晴明とは状況がかなり違うのだが。
「はぁ……全く、本当にサボり癖の抜けない奴だな貴様は。兎に角、聞いていない様だからもう一度俺から通達してやる。『晴明の代わりにその孫娘が来る。故に、丁重に出迎え、協力を仰げ』だ、そうだ」
「はぁい、了解でぇす」
やがて、何処までも暖簾に腕押しであるが為に諦めたのか、氷雨は頭を振って麒麟からの命令を告げる。やっぱり龍はそこで初めてその命を聞いたのだろう、呑気に間延びした声で返事をした。
「……って、そうだぁっ! あたしたち、ハクに待っててって言われたんだった! さっきの所に戻らないと!」
その様子を静かに見守っていた緋月は、ふとハクに待機を命じられていた事を思い出し、素っ頓狂な声をあげた。
「そ、そうだ! て言うか、結局ヤタも見つかってないし……!」
それは紅葉も同じ、二人して龍に出会った事で、ハクの事もヤタの事もすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「あっ!? そうだった……! ね、ねぇ、ろん兄、氷雨お兄さんっ! ヤタ……えっと、橙色の烏の神様見なかった!?」
慌てて、何事かとこちらを見守る二柱の看守に問うが、その表情は訝しげなものから変わる事は無かった。
「橙の……? いや、俺の方では何も」
「ほぇ〜? 僕寝てたので分からないですぅ」
「やはり寝ていたのでは無いか貴様ァッ!」
「うわぁ間違えましたぁ嘘です嘘ですぅ! でも、何も見てないのは本当ですよぉ!」
それどころか龍が墓穴を掘り、氷雨の表情はわっと怒りに染まる始末。だが、やはり二柱ともヤタの事は見ていない様だ。
どうしたものかと緋月が頭を抱えた時、不意に氷雨がはっとして耳元へと手をやる。
「……ん? 何だ、ハク。貴様主を置いて何処に……あぁ、神獣白虎の元か。成程、了解した。いや、心配するな、丁度龍が話し相手になっていてな。……あぁ、では中央宮で」
「――? ハク? 何処から……?」
何か思い出したのかと彼を注視していた緋月は、氷雨から聞き馴染みのある名前が飛び出して目を丸くした。
「ん? あぁ、これは晴明があちこちに置いていった連絡鏡とか言う物でな。どうやら水将である俺には、俺自身が連絡鏡を持っていなくとも通じるらしい」
どうやら、氷雨に声を届けたのは連絡鏡である様だ。晴明が、という事は、少し前まで彼が四ツ宮にいた時に置いて回ったのだろう。
「晴明も随分と便利な物を作ったものだ。四ツ宮が妖街道に繋がった今では、そちらへの連絡も容易になったからな」
「れ、連絡鏡かよ……ほんと自由にやってたんだな、爺さんは……」
氷雨の賞賛を聞きながら、紅葉は半眼になる。十六夜が聞けば怒りと呆れで卒倒しそうだ。
「あれ? でも、夕凪おじいちゃんがいたじー様の所に繋げた時は、映像とか音もみんなに聞こえる様に繋がってたよ?」
そこで、緋月が降って湧いた疑問を口にする。瞬間、氷雨の動きがぴしりと止まって、彼の身体がわなわなと震え始めるのを緋月は知覚した。
「っ……あの化け物共と同じにするな! あれは晴明とあの耄碌がおかしいのだ! というかあの耄碌もさっさと俺に玄武代表の座を譲ればいい物を、何時までも代表の座に居座りおってェッ!」
目を吊り上げて叫ぶ氷雨の表情は、先程まで龍に向けていたものとは別の怒りに染まっている。次第に彼の声には私怨が滲み始め、遂には大きな声へと変わった
「緋月さぁん、氷雨の前で夕凪さんのお話は厳禁ですよぉ。いくら頑張っても師匠であるあの人には追い付けないらしくてぇ……」
それを見てびっくり仰天、すっかり固まってしまった緋月に向かって、龍はこそこそと内緒話をする様に、夕凪の話が氷雨にとって地雷である事を告げる。
「……! そう、なのか……」
それを聞いて目を見張ったのは紅葉だった。彼女には、何度も似た様な心境に陥った覚えがあるからだ。
「えぇい、余計な事を言うな龍! 今に見てろ、あんな耄碌、すぐに蹴散らしてやる!」
「はぁい頑張ってくださぁい。……それで、僕達は中央宮に向かえばいいって感じですよねぇ?」
どうやら龍の声は聞こえていた様で、氷雨は手をわきわきとさせながら意思表明。それを軽く流しながら、龍は話を元の軌道へ戻そうと試みる。
「――! あ、あぁ、そうだ。橙の神は知らんが、ハクは後からそこに向かうらしい。故に、先にその二人を連れて向かえという話だ。……ふん、神獣白虎はよく喋るからな。大方捕まったまま逃げられないのだろう」
龍の問い掛けにはっと我に返ったらしい氷雨は、先程の連絡でハクから聞き取った話を共有する。そこから導き出される考察も一緒だ。
「……あのさ、さっきから気になってたんだけど、その、代表とか神獣とかって何なんだ?」
それを静かに聞いていた紅葉は、随分前から気になっていた事をようやく疑問として口に出した。その言葉に、氷雨も龍もきょとんとした様な表情を作った。
「む? 何だ、知らんのか。まぁいい、それも含め中央宮で話してや――……ん、こちら氷雨だ。……何? 怪しい奴? ……済まないが俺は忙しい。後で向かう、そっちで対処しておけ。……っと、済まない。業務連絡がな。それでは行くぞ」
それから氷雨は何かを言いかけるが、不意に再び連絡鏡での通信に邪魔され、顔を背けて誰かと言葉を交わす。そうしてまたすぐに顔を上げると、緋月達へ声を掛け、踵を返して歩き始めてしまう。
「え? あっ、うんっ!」
緋月は慌てて返事をすると、あっという間に遠ざかっていく氷雨の背を追いかけるのであった。




