四話 お友達ですかぁ?
「めーらんちゃんっ! ちょっと聞いてよ、ヤタが……あれ?」
「何だよ美藍さん、こっちに来てたなら……あれ?」
目の前にいるのは、美藍では無く美藍に良く似た人物。それに気付かず、緋月も紅葉も口々にその者に話しかける。だが、そのうち違和感を覚えたのか、二人の言葉は徐々に失速していった。
「な、なんか……めーらんちゃんってこんなに背高かったっけ?」
目の前の人物は、記憶の中の美藍より些か背が高く見える。緋月がひそひそと紅葉に耳打ちをすれば、彼女も同じ様に顔を寄せてきた。
「確かに体格が……て言うか服装も……?」
何より、目の前の人物と美藍で異なっているのはその体格と服装だ。
手足まですらっとしている美藍が普段着ているのは、足技の繰り出しやすそうな中華的な服。それに対して、目の前の人物が纏っているのはまるで中国の文官が纏う様な服だ。
「…………えっとぉ、もしかして、小藍のお友達ですかぁ?」
やがて痺れを切らしたのか、目の前の人物が口を開く。間延びした言葉を紡ぐのは、明らかに男性の声だ。
「っ、別人!? ご、ごめんなさい! 俺達、知り合いと間違えちゃって……」
ようやく紅葉の中で、美藍と目の前の人物が別の存在だと結びついた様だ。慌てて緋月の首根っこを掴みながら頭を下げると、勘違いを詫びた。
「あ、もしかして小藍じゃ通じません? ごめんなさぁい、もっかい聞き直しますねぇ。お二人は、美藍のお友達ですかぁ?」
だが、糸目の男性はそれに触れる事無く、最初に投げ掛けた問いを言い換え、再び投げ掛けてくる。その言葉の中には、先程まで二人が勘違いをしていた美藍の名が含まれており、緋月はぴくりと耳を動かした。
「……! お兄さん、めーらんちゃんの事知ってるの?」
「そうですよぉ。知ってるも何も、僕美藍の双子のお兄ちゃんなのでぇ!」
ぱちくりと瞬きを繰り返しながら問えば、青年はにこやかに笑って頷いた。どうやら、目の前の彼は美藍の双子の兄だと言う。そうやって笑みを作る美藍そっくりの顔には、どんな言葉よりも説得力があった。
「双子の!? なるほど、だからすっげぇそっくりなのか……」
先程青年から美藍の名が挙がった時点で、ある程度の血縁である事は予想していたのだが、まさか双子だとは思わず紅葉は目を丸くした。彼女の式である鬼火も双子、故に何処か親しみが沸いていた。
「ですねぇ。僕と美藍、びっくりするくらい顔も髪色も一緒なので、間違えるのも無理ないと思いますよぉ」
青年は糸目を更に細くして笑みを深くすると、先程間違われた事に関しては気にしていないと首を振るう。双子と言うからには、恐らく間違われる事は日常的な事なのだろう。
「うん、すっごいそっくり! 後ろ姿だけでも、本当にめーらんちゃんがいるのかと思っちゃった!」
「よく言われますぅ。……所で、結局お二人は美藍とはどのような関係で?」
緋月が感動しているのにうんうんと頷きながら、青年は先程からずっと無視され続けている問いを再び口にした。
その表情には、特に勘繰るような色は無い。単純に急に現れた未知の存在から妹の名が出た為、不思議に思っているだけなのだろう。
「あっ、ごめんねおにーさん! えっと……めーらんちゃんは、あたしのじー様の式神で……」
慌てて謝った緋月がそこまで言った途端、青年ははたと何かを思い当たった様に眉を上にあげる。
「じー様……? という事はもしかして貴女方、晴明君のお孫さんですかぁ?」
そうして、緋月の言葉を遮った彼が呟いたのは、一つの推測。勿論、それは正解だ。
「なっ……そうだけど……。お兄さん、爺さんの事も知ってるのか!?」
紅葉が目を更にまんまるくして驚けば、目の前の青年は嬉しそうに手を叩く。片手に持っていた杖に付けられた沢山の鍵が、ちゃらちゃらと音を立てる。
「わぁ、やっぱりぃ! もちろんですよぉ! 僕と晴明君もお友達なんですぅ。ちょっと前まで晴明君ここにいたじゃないですかぁ。その時にすっごく仲良くなっちゃってぇ、彼がここにいる間ずぅ〜っと遊んでたんですよぉ! 今でもたまぁにお話ししますぅ」
満面の笑みで彼が口にしたのは、彼が晴明の親友であるとも取れる言葉。ゆるゆると楽しそうに語る彼の雰囲気は、周りに花が幻視出来てもおかしくない程であった。
「あ……もしかして、爺さんが遊び呆けてたって言ってたのって……」
「あ、十中八九僕とですねぇ! いやぁ〜懐かし〜、あの時は尋常じゃないくらい氷雨に怒られましたねぇ!」
ふと、かつて晴明が言っていた事を思い出した紅葉が呟けば、青年は勢い良く肯定した。怒られた、という事は恐らく二人揃って録でも無い事をしていたのだろう。
その様子が易々と想像出来てしまい、紅葉は思わず半眼になった。
「……おっと、申し遅れましたぁ。僕は龍、先程申し上げた通り美藍の双子の兄で、青龍宮の看守を務めさせて頂いてますぅ」
そこでようやく自身が名を告げていない事を思い出したのか、青年――龍は一歩下がり、杖を持っていない方の手を胸に当てながら一礼。にぱぁっと笑う彼からは、看守という冷たい雰囲気が付きまとう役職に就いているなど想像もつかなかった。
「あっ、あたしは緋月! よろしくね、ろん兄!」
緋月はすかさず自己紹介を返す。蒼嵐の時と同じ様に、ちゃっかり名前に兄と付けるのは緋月の癖だ。
緋月は、自身より精神年齢が高いと感じた者には、大抵兄や姉と付けて名を呼んでしまう癖がある。逆に、緋月が君付けやちゃん付けで呼ぶ者は、自身と精神年齢が近いかそれより下ということだ。
「俺は紅葉だ! よろしくな!」
「わぁ〜妹が増えたみたいで良いですねぇ。……もしかして、緋月さんか紅葉さんのどちらかがハクの主様だったりしませんか?」
そうして緋月と紅葉の名を聞いた龍は、再び楽しそうに笑った。それから、ふと思い当たったかの様に疑問を口にする。勿論、またもや正解だ。
「えぇっ!? なんで分かるの!? あたしだよ、あたし! ハクはあたしの式神なの!」
今度は緋月が目をまん丸くして、興奮した様子で手を挙げれば、龍はにこーっと更に笑みを深くする。
「そりゃもう、時々帰ってくる小藍……じゃなくて美藍から色々聞いてますからねぇ」
そこで、再び登場した「小藍」という呼び名。
「ねぇねぇ、そのしゃおらん? って言うのは、どういう意味なの? めーらんちゃんのあだ名?」
緋月はそれが気になって仕方なかった。あだ名か、はたまた別の名か。分からないが、とにかく愛称には違いない。
「あ、そうですよぉ。これは僕のむかぁし住んでいた所の言葉でぇ、意味は緋月さんが言う『美藍ちゃん』と一緒ですよぉ」
問われた龍は笑みを絶やさずに答えた。緋月の予想通り、小藍というのは美藍のあだ名であった様だ。昔住んでいた、という言葉を体現する様に、龍の表情は何処か昔を懐かしむ様なものであった。
「へーっ! そうなんだ! ならあたしも、しゃおらんちゃんって呼ぼうかな?」
「馬鹿、それだと美藍ちゃんちゃんになるだろ……」
明かされた事実に緋月は目を輝かせるが、即座に紅葉の突っ込みが入る。
「あ、あれ? それじゃあしゃおちゃん……?」
「あ〜そっちだとちゃんちゃんですねぇ」
それを受けて慌てて言い直すが、どうやらそちらも間違いらしい。龍は四苦八苦する緋月を見ながら、何処か楽しそうである。
「うぅ……難しい……」
「あはぁ、何はともあれ、小藍と仲良くしてくださってお兄ちゃんは嬉しいですよぉ! ……あれ? そう言えば、お二人はなにゆえこちらに? ここって確か四ツ宮で、四神の國だったと思うんですけどぉ……」
項垂れる緋月を慰めているのだかいないのだか分からない言葉を連ねながら、ふと龍は再び降って湧いた疑問を口にした。そこでやっと彼の表情から笑みが消え、きょとんとしたものへ変化する。
「あっ、それはねぇ――……」
「――見つけたぞ龍ッ! 貴様、またサボりよって!」
緋月がここまで来た理由を説明しようとした途端、良く通る大きな声がそれを遮った。
「わっ!? な、何!?」
聞こえてきたのは遠くから。緋月が慌ててそちらを向けば、怒りを全身で体現している男性がこちらへと歩いて来ているのが目に入った。




