三話 いざ、四ツ宮へ!
「はぁ……どうして僕は毎回見送る事しか出来ないのか……。ねぇ影津、全部任せて僕も行っていい?」
どうやらこの後も十六夜には仕事が残っているらしく、彼とは陰陽亭の前でお別れの様だ。彼はどんよりとした表情のまま、傍に控える影津へと到底認可されないであろう意見を投げかける。
「なりません、十六夜様。これから例の、青の里の代表の方とも話さなくてはならないのですから」
あえなく一蹴。影津は表情を変えないまま、十六夜の提案をばっさりと切り捨てる。
「でもあの子いい子そうだったし事情説明すればちょっとくらい」
「いけません」
負けじと食い下がる十六夜であったが、今度は最後まで言葉を紡ぐ事さえ許されなかった。恐らく、十六夜の言う通り疾風はきっと何も気にしないだろうが、そんな事をすれば体裁が保たれないのである。
「ま、まぁまぁ……今回爺さんは後から合流するって言ってる訳だし、そんなに心配する事も……」
完全に言い負かされ、がっくりと項垂れる十六夜を見て、紅葉は苦笑を浮かべたまま彼を励ました。今回、彼がいつも頭を悩ませている大元の原因はいない。
「っ、それが逆に心配なんだよ……! 万が一でも、あの人がいない間に緋月と紅葉に何かあったら……!」
故に、何も心配は要らないだろうと思っていたのだが、どうやら彼の心配は別の所にあるらしい。
何か飛んでもない事をやらかす事に悪い信頼を置かれている晴明であったが、彼が傍にいれば安全であるという事に関しても、絶対的な信頼を置かれていたのだ。
「もーっ、おにぃってば心配しすぎ! あたしたちにはハクもヤタもいるんだから大丈夫だよっ!」
妄想で顔を青ざめさせる兄に、緋月は頬を膨らませて抗議する。普段十六夜は傍にいないが為に知らないのであろうが、これでも緋月は成長しているのである。
十六夜から教えて貰った妖魔縛々も、かなり自由自在に扱える様になったのだ。
「せやよぉ。ウチらん事も、もうちょい信じてくれてもええんやない?」
それに、十六夜の態度はまさにハクとヤタの実力すら信じられない、と言っている事と同意義なのである。
「う、ご、ごめん……」
まるで拗ねた様に、ハクがつん、と顔を逸らしながら抗議してみれば、十六夜はすんなりとそれを受け入れて謝罪を口にする。
「全く、十六夜は本当に女々しい奴ですねぇ。男ならもっとシャキッと胸を張ったらどうです?」
その一連の流れを見守っていたヤタは、訝しげに眉根を顰めると、だらしが無いと十六夜を叱り付けた。
「え……? あ、あぁ……ははは」
それに対し、十六夜は目を逸らして曖昧に笑うのみ。なんともはっきりしない態度だ。
「何なんですその曖昧な返事……」
これには流石のヤタも思わず白眼視。とは言え、十六夜が男らしくない事など今更である。
「とにかく、あたしたちは大丈夫だから! 行ってくるね!」
話が切れた所で、緋月は念押し。腰に手を当てて、びしっと指を十六夜へと突き付けるが、すぐ様ハクに「指ささへん」と叱られるのであった。
「あ……うん。でも、本当に気を付けてね」
いくら反省したと言えど、やはり心配は消えないらしい。それはやはり、晴明が連絡鏡越しに言っていた事を心配しているのだろう。
「はは、分かってるよ! 夜兄さんも頑張れよ、疾風兄さんは良い奴だけど、すぐに話が脱線するから……」
そんな心配を大丈夫と笑い飛ばすと、紅葉は逆に十六夜の心配をする。彼がこの後話す予定の疾風は、話している間にあちらへこちらへと話が飛んでいくのである。
「あはは、そうなんだ。ありがとう、それは宵霞で慣れてるから大丈夫だよ。じゃあ……行ってらっしゃい」
だが、それも要らぬ心配であった様だ。確かに思い出してみれば、宵霞もあちらこちらへ話が飛んでいた様な気もする。
そうして緋月一行は微笑む十六夜と、丁寧な礼を見せる影津へ手を振ると、四ツ宮への入口が繋がったとされる肆番街道へと歩いていくのであった。
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「これ……階段?」
辿り着いた肆番街道。その体勢をずっと続けていたら首を痛めるのではないだろうかと思える姿勢で緋月が見上げるのは、天へと続く長い長い階段であった。
無論、ここへは立ち入り禁止の札が貼ってあった故、ここに住まう妖達の姿は無い。
「ほー……なんか登ったらそのまま天に召されそうだな……」
白く輝く階段は、まさに天への道。やたら縁起でもない事を口にする紅葉も、ぽかんと口を開けてその先を見ようと首を持ち上げていた。
「え……あの人何処と繋げたん……? ウチの分かる所に出ればええんやけど……」
「何怖い事言ってやがるんですか!?」
杞憂顔で何やら恐ろしげな言葉を呟くハクへ、即座に突っ込みを入れたのはヤタだ。現状、この面子で四ツ宮に詳しいのはハクだけなのである。そんなハクですら道が分からないとなれば、一向に辿り着ける訳も無い。
「しゃあないやろぉ、ウチかて帰ったんはほんまにずぅっと前なんよ? こんなんやったら、晴明に美藍だけでも寄越して貰えば良かったんねぇ」
しかし、実はそれも仕方ない事なのである。何せハクは再び緋月に思い出してもらうまで、一回も四ツ宮に帰る事無くずっと待っていたのだ。現し世の時間に換算すれば、恐らくざっと千年程は過ぎてるだろう。
「まぁ、ここで色々言ってても始まらないし、とりあえず登ろうぜ? その先がハクの知ってる場所である事を願って……」
今にもヤタが劣勢の口喧嘩が始まりそうになっている事を察して、紅葉は慌てて登る事を提案する。ハクが「それもそうやね」と頷くのを見て、彼女はほっと息をつくのであった。
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「ついっ……たぁぁっ!」
数分後、ようやく長い長い階段を登り切った緋月はのびと共に大きな声をあげた。明らかに空気が変わった後、眼前に広がっていたのはまた階段であった為、緋月らは二度も長い階段を登り切る羽目になったのだ。
「なんかあたし、ちょっと前にも同じ事言った気がするぅ……」
そうして出たのは見晴らしのいい、まるで角楼を繋ぐ城壁の様な場所。ぐったりと緋月が寄り掛かる眼下には、豆粒の様に見える街が広がって見えた。
「あぁ……、山登りも大変だったよな」
同じくぐったりと、その肆番街道とは違う街を見下ろしながら、紅葉は緋月の言葉に記憶を思い起こす。
あの時はまだ景色を楽しみながら歩いていた為、そこまで疲れを感じなかったのだが、今回は果てしなく続く単調な風景にすっかり辟易としてしまった。
「あの時はじー様が……って、ハク? どうかしたの?」
そのまま思い出話を続けようとした緋月であったが、ふとハクが険しい顔で辺りを見ている事に気が付き、不思議に思って声を掛ける。
「っ、やっぱり知らない所に出たか!?」
「……いや、ここは知っとるとこ……なんよ。その、はず」
階段を登る前に彼女が言っていた事が現実になったかと紅葉は肝を冷やしたが、どうやらそうでは無いらしい。
「はず?」
けれど、ハクの返事は何処か煮え切らない曖昧なもの。緋月は首を傾げて彼女の返答を繰り返した。
「ちょっと地形が……いや、違うんね。これは……」
結局ハクはそのまま黙り込んでしまう。その顔はずっと険しいまま。やはり、彼女が帰っていない間に四ツ宮はその地形を変えてしまったのだろうか。
「お、おい……? どうしたんだハク……?」
「……あ、堪忍ね。ちょっと信じられんけど、ここは確かに四ツ宮なんよ。ただ……」
途端に紅葉は不安になって、縋る様な声でハクを呼ぶ。すれば、彼女はびくりと肩を震わせて、いつもの微笑みを浮かべた。
「…………?」
「いや、気にせんといて。ちょっとウチ、神獣白虎様に挨拶してくるんよ。二人はここで待っとってね」
緋月と紅葉は彼女の言葉の続きを待っていたが、結局それを聞く事は叶わなかった。それからハクは、白虎に挨拶をすると言って、二人に待機を言い付ける。
「あっ、うん!」
返ってきた返事を聞いて、ハクは満足そうに頷くと、今度は迷いも無く踵を返して何処かへと歩き去ってしまう。その足取りはやはり、この地を知っている者のものであった。
「……ねぇ紅葉、しんじゅーって何だろうね?」
残された緋月は、不意に湧いて出た疑問をぽつり。
「だな。白虎って、ハクの事じゃないのか?」
それは紅葉も同じ。確か、ハクは白虎から取られた名前のはずだ。つまり、白虎は彼女のはずなのだが。
「そう言えばきりん様、ハクの事びゃっこだいひょー……とか言ってたよね」
「うーん……? どういう事なんだ……?」
その会話を続ける中、緋月はふと彼女が麒麟に「白虎代表」と呼ばれていた事を思い出す。だが、それの意味さえも分からず、謎は深まるばかりだ。
「ねぇ、ヤタはなんか知って……あれ?」
同じ式神であるヤタなら何か知っているかも、と振り返った緋月だったが、そこに目的の姿は無い。
「あ……、あれ!? ヤタ!? そう言えばどこ行ったの!?」
慌てて辺りを見回すが、そう言えばその姿は四ツ宮に入ってから見ていない様な気もした。
「なっ……嘘だろ!? この距離で迷子か!?」
どうやら紅葉も、ここで初めてヤタがいない事に気が付いた様だ。緋月と同じく階下や長く伸びる城壁の様な道を見回すが、何処にもヤタの姿は見当たらなかった。
「う〜、ハクには待っててって言われたけど……流石にヤタを一人にするのは心配だよ〜っ!」
緋月が心配しているのは、ヤタのあの喧嘩っぱやさ。彼女はかちんと来たら誰にでも喧嘩を売りかねない。
それが、例え天津神であったとしても。同じく天津神である彼女は、他の天津神を恐れる必要は無いのである。
「と、とりあえず! この場所を見失わない範囲で探せば……!」
「だ、だねっ!」
今、探せる範囲で。そう決めた二人は、はぐれない様に手を繋いでから、必死にヤタの名前を呼ぶ。ここまで緋月が名を呼べば出てきそうなものだが、一向にヤタが現れる事は無かった。
「……あっ!?」
不意に声をあげたのは緋月。
「いたか!?」
「ヤタじゃないけど……あれ!」
その声に反応した紅葉へ向けて、緋月は自分が見つけたものを指差す。出発前にハクに怒られた事はすっかり頭から抜けてしまっている様だ。
「あの髪色……もしかして美藍さんか!?」
だが、紅葉もそれを咎めている余裕は無い。緋月が指差していたのは、見覚えのある髪色。それは、まさに美藍の様な藍と浅葱の髪色で。
「きっとそうだよ! ちょっと聞きに行こ!」
知っている姿にほっとしたのか、緋月は安堵の笑みを浮かべる。そのまま紅葉の手を引いて走り出せば、彼女も抵抗する事無くその足を動かし始めた。
「おーいっ! めーらんちゃ〜んっ!」
手を振りながら緋月がその名を呼べば、美藍と思われる長身はぴくりと耳を動かし、振り返る。
「……ほぇ?」
糸目に、頭のてっぺんから毛先にかけて、藍から浅葱へ徐々に変化する髪。それから、見た事の無い片眼鏡。
美藍の様で美藍では無い誰かは、ただただ不思議そうな顔で緋月達を見つめるのであった。




