三十八話 勝敗を決する刀
大胆不敵。まさに今の黄の一族の総大将、燈煙を表すのであれば、その表現が一番正しいと言えるだろう。
大胆にも開けた場所に陣取って、あろう事か頬杖をついて口の端を楽しそうに歪める。響く戦場の轟音、絶えず届く異常と戦死の報告。全て全て、燈煙の渇いた心を潤すには相応しかった。
だが、まだ足りない。まだ、刺激が足りない。こんなものでは無い。もっとだ。もっと。出来る事なら、この手で全てを――。
「――――!」
不意に燈煙は顔を上げる。同時に、傍にいた伝令兵の頭を掴んで身体を持ち上げ、空から降り注いだ蒼い流星の盾にした。
「カカカ! 来おると思っとったわ!」
「……この外道が」
流星――蒼嵐は、忌々しげに呟いて燈煙を睨み付ける。だが、睨み付けられた燈煙はついぞ気にする事も無く愉快そうな笑い声をあげた。総大将はそのまま兵の亡骸を放り投げる。刀を持っていかれそうになった蒼嵐は、瞬時に翼を打って後退し、それを回避した。
「……さぁ、これで一騎討ちじゃ! 儂の渇きに喘ぐ心を満たしておくれ、天嵐の倅よ!」
燈煙は目を見開き、血走った眼のまま叫び声をあげる。狂っている――そう、表現するのが正しいと思える様な顔だった。
忌々しい。イカれた総大将は、戦を、誰かの命を奪う事を、愉悦としているのだ。怒りがふつふつと沸き上がる。蒼嵐の顔には色濃い拒絶が現れていた。
響く、歪な笑い声。燈煙が抜刀したのは天嵐を穿ったのと同じ妖刀だった。それを認めた瞬間、蒼嵐の中に激情が燃え上がる。
だが、今度はその焔に身体を任せる事はしなかった。冷静に、冷静に。必ずこの場で討ち取ると思えば思う程、不思議なくらいに蒼嵐の頭は冴えていく様だった。
繰り返される、激しい打ち合い。金属音だけが辺りに響く。
「嗚呼、惜しい、惜しいのぅ! お主が棟梁であればどんなに良かったか! 天嵐の倅という肩書きだけを背負ったお前を討って、儂の心は一体どれ程満たされるかのぉ!?」
否、響いていたのは金属音のみに非ず。燈煙の程度の低い挑発も同時に響き渡っていた。蒼嵐はそんなくだらない言葉に耳は貸さず、ただ目の前の屑を討つ事だけを考える。
「ククク、天嵐の倅よ、お前の顔は何をしたら歪む? あの無力な羽根なしの棟梁を無惨に切り刻めば? それとも――」
燈煙はお構い無しに続けた。蹂躙こそ至高、まるでそう告げている様な目が癪に障る。屑が指しているのは、きっと疾風の事だ。かっと血が昇りそうになるのを堪える。挑発に、乗っては――。
「あの人間の娘を攫って妻にでも娶り、そのまま嬲り殺してやろうか?」
「――ッ! 黙れ……ッ!」
だが、桐の事を引き合いに出された途端、それまで怒りをせき止めていた理性は消え失せる。思わず飛び出した言葉、それを留める術は存在しなかった。
「嗚呼、やはりあの娘か! 実に分かり易いなぁ、天嵐の倅よぉ!? だから失望されて棟梁に選ばれなかったのかぁ!? クハハハハ!」
弱点を見つけた、と言わんばかりに響き渡る嘲笑。歪んだ笑みが心底癪に障る。蒼嵐の怒りは頂点へと達していた。
「黙れと、言っている!」
怒りのままに吼える。刀を握った手へ過剰に力が入って、ほんの僅かに剣筋がぶれた。
「ほれ、もう読めたぞ」
しまったと思った時にはもう遅い。刀を弾かれ、結果的に腕を振り上げる事になってしまった蒼嵐のがら空きの脇腹に、燈煙の重たい蹴りがめり込んだ。
「ぁ、ぐ……っ!?」
蒼嵐の身体は木の葉の様に吹っ飛ばされた。刀だけは離してたまるか、と意地でも手に力を込める。せめてもの抵抗、翼を打って勢いを殺し、何とか無様に地を這う事は避けた。
「悔しいのぅ、悔しいのぅ? お主では儂には敵わない! 何故ならお主は弱いからのぉ! クカカカカ!」
対する燈煙は余裕たっぷりな様子で、高らかに嘲笑を零しながら蒼嵐へと近付いてくる。蒼嵐は地面へ両の足と刀を握っていない手を付きながら、嘲笑う総大将を睨み付けた。
今、例えこの手の中にある刀を投擲したとて、奴には当たらない。八方塞がりだ。やはり奴の言う通り、俺は――。
『弱くてもいいんです』
不意に、暗く沈みかけた思考の中に、泣きながら訴える声が蘇った。
「……つまらんのぉ、何とか言ってみたらどうじゃ? 天嵐の倅よ」
すっかり黙り込んでしまった蒼嵐に対し、燈煙は不満顔。その顔には、無様に泣くか喚くかでもしてみろと言う下衆な感情がありありと現れていた。
『貴方なら大丈夫』
「……れ、は」
だが、そんな言葉は蒼嵐の耳には入らない。
「ぅん?」
『だって……だって貴方は、こんなにも私を守ってくれてるんですよ』
蒼嵐の脳裏に浮かんでいるのは、優しく泣き笑う少女。彼女がくれた言葉が、想いが、こんなにも暗く沈んだ思考を明るく照らしてくれる。こんなにも、自分が進むべき道を、明るく照らしてくれる。
『――お待ちしております!』
そんな彼女と交わした約束。心優しい少女は、待っていると笑った。信じていると笑った。
「俺は……約束を、した。必ず帰る、と……!」
だから、その約束を破る訳にはいかない。蒼嵐は顔を上げて吼えた。その群青色の瞳に宿る意志は、燃え上がる意志は、希望。決して諦めない事を選んだ、強い瞳。
「……ほぅ? クク、それは残念じゃのぉ、そのちゃちな約束は果たせぬ。お主はここで死ぬ運命じゃからのぉ!」
そんな瞳に射抜かれて尚、燈煙は嗤っていた。蒼嵐の心に灯火を宿す約束を「くだらない」と笑い飛ばし、血走らせた目をかっと開く。
「勝手にほざいていろ……!」
叫ぶ蒼嵐は、地を蹴ると共に翼を打った。低空飛行で狙うのは、憎き燈煙のその太い首。
だが、勿論それは簡単に成せる事では無い。狙いには気付いていたと言わんばかりに、燈煙は妖刀で蒼嵐の斬撃を防いだ。鋼同士がぶつかり合い、それは甲高い音と火花を散らす。
蒼嵐は後退と強襲を何度も繰り返した。その度に攻撃は弾かれるが、互いに攻撃が通っていない訳では無かった。お互いに、小さな切創を作っていく。何方かが倒れるのは時間の問題。
不意に、一際大きな衝突音が響いた。もう、何度目か分からない鍔迫り合い。
「クカカ、ここで終わりじゃ! 死ねぇい天嵐の倅ぇッ!」
切り結んだ向こう側、燈煙は唾を飛ばしながら口汚く罵声をあげる。
「俺は……俺は! こんな所で潰えるつもりは無い!」
対する蒼嵐も負けじと吼える。その瞳に宿った意志に呼応する様に、手の中の愛刀が煌めいて――。
「――ぬ、しまっ……!?」
燈煙は唐突に視界を奪われる。彼の視界を奪ったもの――それは、蒼嵐が握る刀へ降り注いだ陽光の反射光であった。
拮抗していた勢いが、ほんの僅かに蒼嵐側に傾いたのを、彼は見逃さなかった。鍔迫り合いに一気に押し勝ち、跳ね上げられた燈煙の刀を、その刀を握る手ごと斬り飛ばす。
「ぎ、ぁああああぁぁぁああぁあッッ! う、腕がぁぁッ!?」
轟く燈煙の叫び声。それは二、三歩後退ると、足をもつれさせて転倒する。きっと、もう奴には逃げる気力も無いのだろう。蒼嵐は無様な燈煙を睨み付けながら、静かに歩み寄って行く。そのまま強く握った刀の切っ先をその首元へ向ければ、燈煙の表情は恐怖に満ちた。
「終わりだ」
静かな宣告。深く息をすって、刀を横薙の形に構えた。不思議と、心は凪いでいる。やる事はいつもと変わらない。それが暗殺であるか否かの違いだ。
「ま、待て! わ、儂は――……」
刻まれる一閃。紡がれようとした命乞いの言葉も最後まで続かない。それは当然の事、首と胴体が離れてしまえば、言葉を紡ぐ事など出来ない。ごろりと、醜い首が転がった。
「……仇は、討ったぞ」
蒼嵐は一人、刀に付着した血を払って、それから、その刀身を静かに眺めた。その瞬間、彼が握りしめていたのは、天嵐の愛刀で。
――見ていて、くれたのだろうか。
蒼嵐に好機をもたらしたのが天嵐なのかどうかは神のみぞ知る。けれど、蒼嵐は一人、心に滾る熱い想いを感じていた。
「青の一族の勝利だ」
一人きりの勝鬨。呼応する様に刀身が煌めいた。




