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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第三章 鴉天狗の里編
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三十二話 私の名前は

「えっと……皆集まった、かな?」


 翌朝、日が昇って少しした頃、緋月を始めとした面々は既に作戦の間にいた。緋月は眠い目を擦りながらも、疾風の言葉に力強く頷く。

 彼の口にした台詞は、今までであれば天嵐が口にしていたもの。少しだけ、寂しい気持ちになるが、すぐ様頭を振るって気持ちを切り替える。


「それじゃ、今後の作戦について説明するね」


 疾風はそう言って、中央の机に敷かれた辺り一帯の地図へと近付いた。


「目指すのは、ここ。ここに、黄の一族の本陣があるみたい……だよね? ヤタ様」


 それから、森に囲まれたある一点を指さして、そこに憎き一族の本陣があると、皆に告げる。その場所を突き止めたのは、どうやらヤタらしい。


「えぇ、そうですね」


「えっ、何でヤタがそんな事知ってるの!?」


 表情を変えずに頷いたヤタに緋月は心底驚いて、現在会議中という事も忘れ、素っ頓狂な声を上げた。


「何でもなにも、昨日ヤタさんその辺りまで追いかけ回しましたからね……。あ、勿論ヤタさんが追ってる事に気が付かれたら本陣移されるでしょうし、ちゃんと隠形(おんぎょう)してましたからねっ!?」


 何を突然と言った様に、ヤタは説明を続ける。次第に皆がぽかんとしている事に気が付いた彼女は、焦った様に隠密行動をしていた事を付け加えた。

 しかし、皆の空いた口が塞がらないのは、ヤタが大胆な行動を取った事に対してでは無い。


「ほんま、アホガラスにそこまでの知恵があるとは思わなかったんよぉ。んふふ、よぅできました、よしよ〜し」


 そう、何よりヤタが、頭を使った行動に出た事に対して口をあんぐりと開けていたのである。


「ッカー! 舐めとるんですかこのクソ虎はぁ!?」


 ヤタを阿呆だと思っている筆頭のハクが、まるで幼子を褒める様にわざとらしくその頭を撫でれば、数秒も経たずにヤタは怒り心頭、良く響く大きな声を荒らげた。


「あはは……と、言う訳で……、今度は、こっちから攻め込んでやろうと思う。多分あいつらは……、っその、父様の事で、油断してるだろうし……」


 ようやく始まった、()()()()()()やり取りを横目に、疾風は作戦の続きを語る。少しだけ言い淀んだ言葉に、また皆息を飲んで沈黙を選んだ。


「…………っ」


 そんな中、静かに疾風の話を聞いていた蒼嵐は、突如走った痛みに呻いた。それは、精神的なものだけに非ず。あの時、黄の総大将に付けられた切創が、既に桐の手によって塞がれたはずの傷が、ずきりと痛んだのだ。


「……蒼嵐さん? 大丈夫、ですか?」


「……ぁ、あぁ、心配、いら……」


 微かな異変に気が付いた桐は、心配する様に蒼嵐の袖を引く。その必要は無いと首をする蒼嵐が、痛みの発生源に目をやれば、そこは赤く染まっていた。


「っ、蒼嵐さん!? っ、どうして傷が……!? あ、む、無理をしては……!」


 しっかり塞がれたはずの傷が、開いている。蒼嵐は荒い息を吐きながら、片膝をついて崩折れた。駆け寄る桐の言葉が、次第にぼんやりとしていく。


「蒼!? 本当に平気!? 必要なら休んで――……」


 会議は一時中断。疾風は悲鳴にも似た声を上げる。


「っ、疾風様! 緊急事態です!」


 だが、その言葉が最後まで続く事は無く、駆け込んで来た一人の兵士によって疾風の言葉は遮られた。


「――! 何、どうしたの!? まさかあいつら、また攻めて……!」


 その駆け込んできた兵の余りの焦り様に、疾風は最悪な状況を予想する。


「い、いえ、それが……っ! 兵達が皆、塞がったはずの傷から血を流し、原因不明の昏睡状態に……!」


 だが、彼の口から放たれたのは全く別の状況。


「え……?」


 塞がったはずの傷から血を流し、昏睡状態に陥る。


「っ、蒼嵐さん! 蒼嵐さん!? 目を開けて……! しっかりして下さい!」


 それはまさに、たった今真後ろで半身が陥った状況だった。


****


「……う、凄い瘴気……っ!」


 駆け込んできた兵に先導され、混乱する大広間へと急げば、そこに広がっているのはどろりと濁った濃い瘴気。


「っ……!」

「――――!」


 即座に緋月の傍に控えていた二柱が反応し、神気でその瘴気を吹き飛ばす。だが、それも気休め程度だ。


「っ、傷が塞がらない……!」


 桐は先程から何度も、蒼嵐の開いてしまった傷を塞ごうとしていた。だが、それがいつもの様に癒える事は無い。

 まさに、天嵐を助けられなかった時の様に。


「まさか……!」


 その事に気が付いた瞬間、桐はある可能性に思い当たる。


 それは、あの時と同じ、呪いだ。


 天嵐を救えなかった時から、疑問に思っていた。どうして、一体いつ呪いを掛けられてしまったのだろう、と。けれど、一度だけ、その瞬間は訪れていたのだ。


 呪いが掛かっていた傷口に触れる事が出来るのは、ただ一つだけ。


「――妖刀、なんね」


 桐と同じ結論に至ったのはハクだった。昏睡状態に陥っているのは、皆同じく切創を付けられてる。近くで眠る兵達を見ても、傷は大小様々。僅かなかすり傷であっても、妖刀の呪いに掛かってしまったらしい。


「……っ、どうしたら……っ!」


 この人数の呪いを一つ一つ返していては、時間が足りなくなってしまう。けれど、このままでは、また同じ結末を辿ってしまう。

 焦る桐の頬から、ぱたりと雫が垂れた。


「――っ! 桐ちゃん!? 顔から血が……!」


「え……?」


 緋月の焦った声が耳を刺した。言われるがままに頬へ手を伸ばせば、その指は赤く染まる。どうやら、先程頬を滑り落ちて行った雫は汗では無く血液であったようだ。


 しかし、何故?


「…………ぁ」


 桐は、ふと思い出した。自身も、あの妖刀に切り付けられていた事を。けれど、何故か自身は昏倒していない。


 けれど、何故?


『――いいですか、桐』


 不意に、ずきんと頭が痛んだ。同時に、暖かくて、何処か懐かしい声が頭の中に流れ込む。


『貴女の力は、皆を闇から救う力なのです』


 その声は、優しく、優しく、語りかけて――……。



「いいですか、桐」


 お母様は、見上げた私の頭を撫でて、優しく笑う。


「貴女が、龍神様より賜った力は人々を助く力なのです」


 ふわりと、かつて仕えていた神様から頂いた力――様々な呪いを跳ね返し、皆を癒す力をその手に宿せば、お母様はより一層優しく笑みを浮かべた。


「貴女の力は、皆を闇から救う力なのです」


 だから、とお母様は続ける。


「その力で、多くの者を救うのですよ。だって貴女は――……」



「……何? 妾の呪いを祓いたい、じゃと?」


 目の前の式姫は、私が遠慮がちに告げた言葉を繰り返した。


「……くく、御主はげに優しき娘じゃのう……。だが……妾の呪いは少々特殊故、いくら(あるじ)殿のその力とて、祓えぬじゃろうよ」


 彼女は一頻り笑って、手にしていた鉄扇で優しく私の頭を小突く。


「……全く、そんな顔をするでない。……ふふ、やはり御主は成る可くして、陰陽師に成ったのじゃろうな」


 笑った式神は、かつてのお母様の様に、私の頭を撫でて、それから。


「やはりその者の血筋という事なのだろうな――……」



賀茂(かもの)の、娘なのですから」

「のぅ、賀茂(かもの)の娘よ」


 二つの声が、重なった。重なった声が、ただ優しく名前を呼ぶ。


「使命を全うしなさい、賀茂桐」

「妾は幾らでも御主に付いていく故、安心すると良い。我が主――賀茂桐よ」


 呼ばれた名が、その名が持つ暖かさが、力が、桐へと流れ込んでいく。大切な物を、思い出させていく――……。



「……ちゃん、桐ちゃんっ! 大丈夫っ!?」


 緋月に名を呼ばれて、桐はハッとした。いつの間にか、頭痛は止んでいる。けれど、心の中に、頭のなかに、しかと記憶が蘇っていた。


「……おもい、だした」


「へ……?」


 ただし、それは己の真の名と、たった一つ残されていた力の使い方のみ。きょとんとしている緋月の事は、やはり思い出せないままだった。


「……すいません、緋月さん。私なら、もう大丈夫です」


 けれど、今はこの力が使えれば良い。心配そうな緋月に笑いかけて、桐は深く深呼吸をする。


「――掛けまくも(かしこ)八百万(やおろず)の神々よ、我が身に掛る(けがれ)をば、(はら)(たま)い清め(たま)えと(もう)す事を(きこ)()せと畏み畏み(もう)す」


 かつて、何度も唱えた言葉を、一言一句違わぬ様に唱えれば、桐の身に降り掛かっていた呪いは消え去り、たちまち切創が塞がっていく。


「き、桐ちゃんっ!?」


 桐の唐突な変化を目の当たりにし、緋月は思い切り素っ頓狂な声を上げる。今、緋月の目の前で桐が使った術は、緋月達が彼女に教えた呪詛返しとは異なっていたからだ。


「ここは、私に任せて下さい! 私は……私は賀茂桐! 陰陽師の娘です!」


 顔を上げ、胸を張り、声高らかに宣言する。

 もう、二度と、失わせたりはしない。

 桐の瞳には、そう力強い意志が宿っていた。

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