二十二話 形見の態度
「――っ、ラァッ!」
威勢のいい掛け声と共に、大槌を振り下ろす。地面にいくつも亀裂が入り、そこから青い焔が溢れ出した。まるで蛇の舌の様にちろりと空気を舐めたそれは、触れた者を一時的な眠りに誘う。
そうして襲い来る者達を全て無力化しながら、紅葉は懸命に駆けていた。
「水紋ッ! あとどれくらいだ!?」
『もう少しでございます!』
半ば叫ぶ様な問い掛けに、手の中の大槌が答えた。幸い、空に比べて地上は敵兵が少ない。地上にいた敵も、大半を水紋の術で眠らせた為、紅葉は目的地点を探す事に集中出来た。
「――――!? ――――!」
「――! チッ、空の奴にバレた!」
今の紅葉は地獄耳だ。故に、頭上で発せられた攻撃命令にいち早く気が付き、苛立たしげに舌を打つ。紅葉は空を睨むと、即座に何羽もの鴉天狗がこちらへ向かって来ているのを確認した。
『紅葉様っ!』
「まずは、落とすッ! ――焔槌、冷炎!」
紅葉は何処までも冷静だった。空を駆る者と、地を這う者――今の状況は圧倒的不利だ。故に、まず初めに相手を無力化する。青鈍色の焔に触れた敵兵が意識を奪われ、地に落ちた。落ちていく仲間を見送りながら、敵兵は警戒する様に宙で留まる。
「貴様……っ! 憎き青にも奇術師がいたのか!?」
「ハッ、奇術師だぁ!? 馬鹿にすんな! ――俺は陰陽師だッ!」
敵兵を率いていた隊長らしき鴉天狗の言葉を、紅葉はせせら笑う様に一蹴した。赤錆色の瞳が揺らめく。それに呼応する様に、青き焔はより一層燃え上がった。
「くっ、弓兵! あの奇術師を殺せ!」
焔に阻まれ、近付く事を断念した敵兵は、安全圏から紅葉を射殺す事を選ぶ。何処からか弓を持った兵が現れ、一斉に紅葉を目掛けて矢を放った。
「――火刈!」
瞬間、青鈍色に揺らめいていた大槌の焔が赤く染る。途端に場を支配する、空気を焦がす程の苛烈な熱さ。それはまさに地獄の業火。
紅葉がそれを振るえば、矢は刹那的な時間の間にその身を灰燼へと変えた。
『――あら、今のは何? 私、何か燃やしちゃったかしら?』
「はははっ、気にすんな! ただのゴミだよ!」
まるで煽る様な火刈の言葉に、紅葉は嬉々として乗っかった。その挑発的な態度は、かつて紅葉が可愛がられていた場所で染み付いた物。大好きだった兄貴分が、教えてくれた態度。
――いいか姫様。姫様の事を子供だと思って舐めてくる奴がいたら、全力で叩きのめして馬鹿にしてやれ!
――わかった、ばかにしてやる!
――もう、お兄様!? 紅葉様にそんなはしたない事を教えないで下さいませ!
――あら、いいじゃない水紋。兄さんの言う通りだわ。紅葉様を馬鹿にする奴なんて、痛い目を見るのが当然よ。
――はははっ! 火刈は良く分かってるじゃねぇか! とにかく俺の言った通りにしておけば間違いねぇぜ!
――くれは、■■にーちゃのいうとーりにするー!
――もう、またそんな事言って……。
かつての会話が蘇る。今思い返せば、なんと最低な態度を教えられたのだろうと苦笑が漏れる。けれど、言わばこれは形見だ。絶対に、忘れてなんかやるものか。
「ほら、かかって来いよ! 弱虫野郎共――――!」
紅葉の最大限の挑発に、敵兵は額に青筋を浮かべて襲いかかって来る。迎え撃つ様に大槌を振りかぶった。熱気が、焔が、空を焦がして行く。最早誰のかも分からない怒号が、大空へ木霊して行った。
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「――っ、は……」
『紅葉様ッ! お怪我は!?』
手の中の赤き焔が焦った声を上げる。目の前には動かなくなった敵兵達。紅葉は息も絶え絶えに立ち上がる。
それは、辛勝だった。どんなに強気な態度をとったって、実力が伴わなければそれは途端に虚勢へと変わる。その事も、紅葉は痛い程理解していた。
故に、受け継いだ態度がハリボテにならぬ様に、紅葉は血が滲む程の努力を重ねている。けれども、まだ足りない。
「ちく、しょ……止まってる暇は、ねぇってのに……っ!」
やがて、紅葉は痛む節々を叱咤しながら立ち上がる。だって、まだこの戦場の何処かで、緋月も晴明も、皆が力を振り絞って戦っているはずなのだ。
今の自分の役割は、晴明の為に――ひいては十六夜と妖街道の為に術の楔を打ち込む事。
「く……、水紋っ!」
『――! あと少し、そこの木を越えた先であれば、恐らく!』
自分でやると言った仕事だ。完遂しなければ、この辛勝も何の意味もなさなくなる。
紅葉はもう一度走り出した。幸い、鬼が故に回復は早い。こうして痛む傷も、きっとその内痛く無くなる。
「ここかっ!?」
『えぇ、そこです! そこであれば、きっと問題ありませんわ!』
木々の間を通り抜け、少しだけ開けた場所に出た。叫ぶ様な紅葉の問い掛けに、水紋は力強く肯定する。
そこからの行動は早かった。かつての様に札は無い。だから、ありったけの力を込めた杭を文字通り打ち込んだ。
何か起点があればいい。だって、術を使うのはあの晴明だ。何か、少しでも力の通り道があれば、あの規格外の祖父なら何とかしてくれる。
だって彼は、自分とは違うのだから――。
「――椋、隼! 上は任せ……紅葉ちゃん!?」
不意に、暗い思考に沈んだ脳を、聞き慣れ始めていた声が揺らした。慌てて顔を声の方へ向ける。そこには想像通り、疾風が目を剥いてこちらを見つめていた。
「――! 疾風兄さん!」
何とも奇妙な光景だ。彼は何故か、空を飛ばずに戦っている。「なんでここに紅葉ちゃんが!?」と素っ頓狂な声を上げながら、敵兵の攻撃を見事捌き切って相手を永遠に沈黙させた。
「あー説明は後でする! とにかく俺も加勢するぜ!」
ここで合流出来たのも、きっと何かの縁だ。紅葉は即座に加勢を選ぶ。自分の力が僅かでも役に立つのだとすれば、それをしない手は何処にも無い。
「――! 分かった、背中は任せたよ紅葉ちゃん!」
疾風はその提案を即座に受け入れる。それだけでは無く、実力も明瞭では無い紅葉に「背中は任せた」と言い放った。
「おう!」
既に疲労は消え去っている。大槌を握り直して、疾風の元へ駆けた。走りながら、下段の構え。あっという間に疾風の後ろへ回って、今まさに剣を振り下ろさんとする敵兵を燃やし尽くす。
そのまますぐ様水紋を呼び出そうとして、紅葉はハッとした。近くには疾風が、空には青の一族の兵達が居る。生憎、水紋の術は無差別だ。今ここで敵兵を無力化しようと思えば、敵兵だけでなく疾風や青の一族の兵まで無力化してしまう。
「チッ、頼む火刈!」
故に、紅葉は一人一人相手取る事を選んだ。しかし、これは模擬戦では無く実践。一人一人相手取ろうにもそうはいかない。
一人を相手している間に、背後から近付く別の敵兵。紅葉も気付いてはいるが、反応が間に合わない。迫る刃、こぼれ落ちていく冷や汗。
「……っ!」
「――だいじょーぶっ! 紅葉ちゃんの背中は俺に任せてっ!」
迫った死。それを即座に切り捨てるのが疾風だ。紅葉と疾風は、お互いの背中を守りながら、同時に守られている。ただ、守られているだけでは無い感覚が、不謹慎ながらも紅葉は心地良いと思った。
しかし、ここは戦場だ。余計な事を考えている暇は無い。紅葉は即座に守る事に集中し、大槌を振り下ろして全てを灰燼に帰す。
細身の日本刀とは違い、大槌はとても重い。故に、速さでは圧倒的に敵兵が有利だ。ただし、それは相手が同じ種族同士だった場合である。
紅葉は鬼だ。紛れも無く、鬼だ。その華奢に見える腕からは想像出来ない程の速さで、重い大槌をさも当然の様に振るう事が出来る。
負けない、負ける訳にはいかない。
何処か、あの時守れなかった存在と似ている疾風の為にも。
そして――己の矜恃の為にも。




