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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第三章 鴉天狗の里編
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二十二話 形見の態度

「――っ、ラァッ!」


 威勢のいい掛け声と共に、大槌(おおつい)を振り下ろす。地面にいくつも亀裂が入り、そこから青い焔が溢れ出した。まるで蛇の舌の様にちろりと空気を舐めたそれは、触れた者を一時的な眠りに誘う。

 そうして襲い来る者達を全て無力化しながら、紅葉は懸命に駆けていた。


水紋(みなも)ッ! あとどれくらいだ!?」


『もう少しでございます!』


 半ば叫ぶ様な問い掛けに、手の中の大槌が答えた。幸い、空に比べて地上は敵兵が少ない。地上にいた敵も、大半を水紋の術で眠らせた為、紅葉は目的地点を探す事に集中出来た。


「――――!? ――――!」


「――! チッ、空の奴にバレた!」


 今の紅葉は地獄耳だ。故に、頭上で発せられた攻撃命令にいち早く気が付き、苛立たしげに舌を打つ。紅葉は空を睨むと、即座に何羽もの鴉天狗がこちらへ向かって来ているのを確認した。


『紅葉様っ!』


「まずは、落とすッ! ――焔槌(ほむらつい)冷炎(れいえん)!」


 紅葉は何処までも冷静だった。空を駆る者と、地を這う者――今の状況は圧倒的不利だ。故に、まず初めに相手を無力化する。青鈍色の焔に触れた敵兵が意識を奪われ、地に落ちた。落ちていく仲間を見送りながら、敵兵は警戒する様に宙で留まる。


「貴様……っ! 憎き青にも奇術師がいたのか!?」


「ハッ、奇術師だぁ!? 馬鹿にすんな! ――俺は()()()だッ!」


 敵兵を率いていた隊長らしき鴉天狗の言葉を、紅葉はせせら笑う様に一蹴した。赤錆色の瞳が揺らめく。それに呼応する様に、青き焔はより一層燃え上がった。


「くっ、弓兵! あの奇術師を殺せ!」


 焔に阻まれ、近付く事を断念した敵兵は、安全圏から紅葉を射殺す事を選ぶ。何処からか弓を持った兵が現れ、一斉に紅葉を目掛けて矢を放った。


「――火刈(かがり)!」


 瞬間、青鈍色に揺らめいていた大槌の焔が赤く染る。途端に場を支配する、空気を焦がす程の苛烈な熱さ。それはまさに地獄の業火。

 紅葉がそれを振るえば、矢は刹那的な時間の間にその身を灰燼(かいじん)へと変えた。


『――あら、今のは何? 私、何か燃やしちゃったかしら?』


「はははっ、気にすんな! ただのゴミだよ!」


 まるで煽る様な火刈の言葉に、紅葉は嬉々として乗っかった。その挑発的な態度は、かつて紅葉が可愛がられていた場所で染み付いた物。大好きだった()()()が、教えてくれた態度。


 ――いいか姫様(ひいさま)姫様(ひいさま)の事を子供だと思って舐めてくる奴がいたら、全力で叩きのめして馬鹿にしてやれ!

 ――わかった、ばかにしてやる!

 ――もう、お兄様!? 紅葉様にそんなはしたない事を教えないで下さいませ!

 ――あら、いいじゃない水紋。兄さんの言う通りだわ。紅葉様を馬鹿にする奴なんて、痛い目を見るのが当然よ。

 ――はははっ! 火刈は良く分かってるじゃねぇか! とにかく俺の言った通りにしておけば間違いねぇぜ!

 ――くれは、■■にーちゃのいうとーりにするー!

 ――もう、またそんな事言って……。


 かつての会話が蘇る。今思い返せば、なんと最低な態度を教えられたのだろうと苦笑が漏れる。けれど、言わばこれは()()だ。絶対に、忘れてなんかやるものか。


「ほら、かかって来いよ! 弱虫野郎共――――!」


 紅葉の最大限の挑発に、敵兵は額に青筋を浮かべて襲いかかって来る。迎え撃つ様に大槌を振りかぶった。熱気が、焔が、空を焦がして行く。最早誰のかも分からない怒号が、大空へ木霊して行った。


****


「――っ、は……」


『紅葉様ッ! お怪我は!?』


 手の中の赤き焔が焦った声を上げる。目の前には動かなくなった敵兵達。紅葉は息も絶え絶えに立ち上がる。


 それは、辛勝だった。どんなに強気な態度をとったって、実力が伴わなければそれは途端に虚勢へと変わる。その事も、紅葉は痛い程理解していた。

 故に、受け継いだ態度がハリボテにならぬ様に、紅葉は血が滲む程の努力を重ねている。けれども、まだ足りない。


「ちく、しょ……止まってる暇は、ねぇってのに……っ!」


 やがて、紅葉は痛む節々を叱咤しながら立ち上がる。だって、まだこの戦場の何処かで、緋月も晴明も、皆が力を振り絞って戦っているはずなのだ。

 今の自分の役割は、晴明の為に――ひいては十六夜と妖街道の為に術の(くさび)を打ち込む事。


「く……、水紋っ!」


『――! あと少し、そこの木を越えた先であれば、恐らく!』


 自分でやると言った仕事だ。完遂しなければ、この辛勝も何の意味もなさなくなる。

 紅葉はもう一度走り出した。幸い、鬼が故に回復は早い。こうして痛む傷も、きっとその内痛く無くなる。


「ここかっ!?」


『えぇ、そこです! そこであれば、きっと問題ありませんわ!』


 木々の間を通り抜け、少しだけ開けた場所に出た。叫ぶ様な紅葉の問い掛けに、水紋は力強く肯定する。

 そこからの行動は早かった。かつての様に札は無い。だから、ありったけの力を込めた()を文字通り打ち込んだ。


 何か起点があればいい。だって、術を使うのはあの晴明だ。何か、少しでも力の通り道があれば、あの規格外の祖父なら何とかしてくれる。

 だって彼は、自分とは違うのだから――。



「――(むく)(はやぶさ)! 上は任せ……紅葉ちゃん!?」


 不意に、暗い思考に沈んだ脳を、聞き慣れ始めていた声が揺らした。慌てて顔を声の方へ向ける。そこには想像通り、疾風が目を剥いてこちらを見つめていた。


「――! 疾風兄さん!」


 何とも奇妙な光景だ。彼は何故か、()()()()()()()()()()()。「なんでここに紅葉ちゃんが!?」と素っ頓狂な声を上げながら、敵兵の攻撃を見事捌き切って相手を永遠に沈黙させた。


「あー説明は後でする! とにかく俺も加勢するぜ!」


 ここで合流出来たのも、きっと何かの縁だ。紅葉は即座に加勢を選ぶ。自分の力が僅かでも役に立つのだとすれば、それをしない手は何処にも無い。


「――! 分かった、背中は任せたよ紅葉ちゃん!」


 疾風はその提案を即座に受け入れる。それだけでは無く、実力も明瞭では無い紅葉に「背中は任せた」と言い放った。


「おう!」


 既に疲労は消え去っている。大槌を握り直して、疾風の元へ駆けた。走りながら、下段の構え。あっという間に疾風の後ろへ回って、今まさに剣を振り下ろさんとする敵兵を燃やし尽くす。


 そのまますぐ様水紋を呼び出そうとして、紅葉はハッとした。近くには疾風が、空には青の一族の兵達が居る。生憎、水紋の術は無差別だ。今ここで敵兵を無力化しようと思えば、敵兵だけでなく疾風や青の一族の兵まで無力化してしまう。


「チッ、頼む火刈!」


 故に、紅葉は一人一人相手取る事を選んだ。しかし、これは模擬戦では無く実践。一人一人相手取ろうにもそうはいかない。

 一人を相手している間に、背後から近付く別の敵兵。紅葉も気付いてはいるが、反応が間に合わない。迫る刃、こぼれ落ちていく冷や汗。


「……っ!」


「――だいじょーぶっ! 紅葉ちゃんの背中は俺に任せてっ!」


 迫った死。それを即座に切り捨てるのが疾風だ。紅葉と疾風は、お互いの背中を守りながら、同時に守られている。ただ、守られているだけでは無い感覚が、不謹慎ながらも紅葉は心地良いと思った。

 しかし、ここは戦場だ。余計な事を考えている暇は無い。紅葉は即座に守る事に集中し、大槌を振り下ろして全てを灰燼(かいじん)に帰す。


 細身の日本刀とは違い、大槌はとても重い。故に、速さでは圧倒的に敵兵が有利だ。ただし、それは相手が同じ種族同士だった場合である。

 紅葉は鬼だ。紛れも無く、鬼だ。その華奢に見える腕からは想像出来ない程の速さで、重い大槌をさも当然の様に振るう事が出来る。


 負けない、負ける訳にはいかない。

 何処か、()()()()()()()()()()()と似ている疾風の為にも。

 そして――己の矜恃の為にも。

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