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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第三章 鴉天狗の里編
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十二話 一行、揃い踏み

「え、父様が? ……え!? 母様が!? わ、分かった、すぐに行くよ!」


 ヤタと兵士の模擬戦が行われている時であった。一人の鴉天狗が飛来して、共に模擬戦を観戦していた疾風へと何かを告げたのは。

 刹那的に熱中から困惑へと、また困惑から焦燥へと表情を変えた彼を見て、紅葉は何があったのだろうと首を傾げた。


「疾風兄さん?」


「あ、ごめんね紅葉ちゃん! 父様が呼んでるみたい。多分、お互いに顔合わせをしようって意味だと思うから、紅葉ちゃん達も行こ!」


 心配そうに自分を見つめる紅葉に気付いた疾風は、パッといつも通りの朗らかな笑顔を浮かべ、自分達が父――棟梁(とうりょう)に呼ばれた事を明かした。


「……あ、やっべ、俺が紅葉ちゃん達連れ出した事誰も知らないから、誰か客間まで呼びに行っちゃったかも……」


 ついでに、自分がかなり自由行動している事も明かしながら。


「は、ははは……とにかく、呼ばれたってんなら早く行かないとだよな。案内してくれよ、疾風兄さん」


 後半の発言に苦笑いを浮かべながら、紅葉は一言。案内してくれ、と言いながらも視線は模擬戦に向けられたままだ。かなり高水準な戦闘、やはり彼女はこの行方が気になるのだろう。


「そこやぁ〜! アホガラスなんか倒したりぃ〜! ……ん? なんね、もう時間なん?」


 言わずもがな鴉天狗の兵士を応援していたハクは、立ち上がった疾風や紅葉を見て、キョトンとしていた。訓練場からは「ぶち飛ばしますよ!?」と言うヤタの吠える声が返ってきている。


「あ、うん。なんか、棟梁様が呼んでるみたいだぜ。顔合わせをしようって事らしい」


 そこでようやく紅葉の視線は模擬戦から外れた。ハクの双眸(そうぼう)をしかと見つめ返し、先程疾風が言った言葉をそっくりそのまま伝える。すれば、納得したようにハクは破顔した。


「そういう事なんねぇ。……しゃぁないなぁ、時間やよアホガラス! やったりぃ!」


「はぁっ!? さっきからお前はどっちを応援してやがるんですか!? ったく、言う通りやっちまいますからねぇ!?」


 先程とは打って変わって逆の事を言い始めたハクに憤慨しながらも、ヤタは手にした三又焔(みつまたほむら)を思い切り振るう。

 相手をしていた兵士は咄嗟に刀でそれを防ごうとしたものの、ヤタの圧倒的な馬鹿力に押し負け、アッサリと吹き飛ばされた。


「――フン、手加減などしなければこんなモンですよ!」


 何とも容赦の無い決着の付け方。ヤタはどこか誇らしげだ。思いもよらぬ展開に紅葉と疾風は目を丸くし、ハクはいつも通り柔和な微笑みを浮かべている。


「ホレ、決着は付けましたよ。……で、ヤタさんはなんで急かされたんです?」


 何事も無いかのように言い切るヤタに、二人は戸惑う様に顔を見合わせると、「い、行こうか……」と呟く他無かったのである。


****


「――よし、全員揃ったみたいだな」


 数十分後、一行が集められていたのは棟梁の間であった。この場にいるのは、緋月一行――緋月、紅葉、晴明、式神達、そして青の一族――天嵐、蒼嵐、疾風だ。


「あぁっ!? 爺さんお前……! 一体今までどこにいたんだよ!?」


「やぁ紅葉! 何処に居たも何も、僕はずっとここで天嵐君と話し込んでいたよ!」


 と、紅葉はようやく探していた晴明と再会し、手をわきわきとさせながら詰め寄った。当の本人は一切悪びれる様子も無く、ニコニコしたまま堂々と抜け出していた事を告げる。


「えっ、天嵐()!? お兄さん、父様と知り合いなの!?」


 その発言を聞き逃さなかったのは疾風だ。彼は大袈裟に仰け反って、まじまじと晴明を見つめる。自身より少しだけ年上に見える晴明が、自分の父――それも棟梁と言う存在である者を親しげに呼んでいたからだ。無理もない。


「知り合いも何も、其奴がこの里の恩人だぞ、疾風。安倍晴明、それがそうだ」


「えぇっ!? 何!? どういう事!? ……あ、紅葉ちゃんが探してた爺さんってもしかしてお兄さんの事!? あれ、おじぃさん!? お兄さん!? どっち!?」


 見兼ねた天嵐が口を挟んだが、逆効果であった様だ。疾風は一層騒がしくなり、ドタバタとしながら晴明へと詰め寄る羽目になる。現在計二名から詰め寄られている晴明は依然としてケラケラと笑っていた。


「はは、その話は後でしてやるから今は静かにしてろ」


「あ、ご、ごめん……!」


 落ち着きの無い息子に苦笑を漏らしながら、天嵐は遂に「黙ってろ」と実力行使で黙らせる。その傍に無言で佇んでいた蒼嵐は、まるで呆れ返った様にため息を着いた。


「――? ほい緋月、何でそんな微妙な顔をしてるんです? 何かあったんですか?」


 その騒ぎに混ざらず、どこか心ここに在らずな緋月に気付いたヤタは眉をひそめ、どうかしたのかと言問(ことと)う。


「へ? あ、ううん! なんでもないよ! ただ……」


 慌てて返事をした緋月の脳裏に、ぼんやりと桐の姿が浮かぶ。何故か自分の事を知っていて、それなのに自身と同じく記憶を失っている不思議な人の子の少女。


「ただ?」


「……んーん、やっぱ後で話すね!」


「……? そうですか、分かりました」


 どうにかして桐の事を説明しようと思ったが、何故かこの場に()()()()()彼女をどう説明していいか分からず、結局緋月はまた後でと話を切り上げてしまった。

 戸惑った様に笑う緋月を見て、ヤタもそれ以上は言及せず、また隣で何やらちょっかいを掛けてきていたハクへやり返し始める。


『あ……その、私はまた後でご挨拶させて貰いますから……先に行ってください、緋月様』


 別れ際、そう言って別室に留まった彼女の、どこか不安そうな微笑みが頭から離れず、緋月はいつもの数倍賑やかな会話に入る気になれなかった。


「おい……おい、静かにしてくれお前達。話が進まんだろ……はは、何だか疾風が沢山居るみたいだな」


 一瞬にして再び騒がしくなった一行を、やれやれと言った様に天嵐が鎮める。どうやらまともに話を進めようとする存在はこの場に彼だけの様だ。

 ここまで上手くいかない物かと苦笑する天嵐は、まるでその様が疾風だらけの空間である様に例える。


「えぇっ!? それどういう意味!?」


「そのままだろ」


 急に名指しされ狼狽えた疾風に向かい、今の今まで無言を貫いていた蒼嵐がようやく口を開く。しかし、言葉として紡がれたのはたった一言。それもその場の喧騒にかき消されそうな程の声量だ。


「ちょ、蒼ま……おぶん!?」


 そんな蒼嵐に詰め寄った疾風の服を引き、天嵐は無理やりに彼をその場に座らせる。何度目か分からないため息を着く天嵐に、紅葉はこっそりと同情した。


「全く、お喋りは後だと何回言や分かんだお前は……」


 呆れ返った視線を疾風へと向けながら、天嵐はまたため息を着く。疾風は「へへ、ごめん……」と気まずそうに苦笑いを浮かべて、天嵐の右隣に用意されていた座布団の方へと静々移動し始めた。


「……よし、このままじゃ埒が明かんからな。晴明、お前達がここに来た目的を話してくれ」


 疾風が姿勢を正し、表情をキュッと引き締めたのを見届けた所で、天嵐はようやくと言った風に晴明へと話を振った。


「勿論だよ! 僕達がこの隠り世――鴉天狗の里とでも言おうか? この里に来たのは、この隠り世が一体どんな所なのか調査する為さ」


 名指しされた晴明は、いつも通りどこか胡散臭い笑顔を浮かべ、ペラペラと話し始める。ここへ来た目的を一番忘れていそうな晴明だったが、流石にそんな事は無いらしい。


「調査? ……調査も何も、お前はこの世界の事は良く知ってるじゃねぇか」


 明かされた目的に、天嵐は眉を(ひそ)めて呟いた。その「良く知ってる」という言葉に紅葉は疑問を抱いたらしく、チラと晴明の方を向いたが口を挟む事は無い。


「そうなんだよねぇ。でも、ここの事十六夜に言ってないし、言ったら怒られそうだったし、久しぶりに天嵐君にも会いたかったしでそのまま遊びに来ちゃった!」


 彼女が口を開くその前に、晴明が話し始めたからだ。彼が言っている事は何ともいい加減であり、当の十六夜本人が聞いたら途端に激怒しそうな物である。


「はは……十六夜が誰かは分からんが、実にお前らしい回答だな。で、その孫娘達は何だ? 遊びに来る次いでで俺に自慢しに来たって事か?」


 あまりのそのいい加減さに、正座を保っていた天嵐は思わず失笑を漏らし、脇息(きょうそく)へともたれかかった。自由すぎる晴明相手に気を張っていても仕方ないと思い直したからだ。


「あはは、流石に違うよ。どちらかと言うと僕は付き添いでね、この子達が調査の任を受けたのさ! どうやらこちらの妖怪達が君達の領地に入り込んでしまっていた様でね、何度か追い返されたって事で調べに来たのさ」


「嗚呼、成程。そりゃ御足労だな、見ての通りここでは鴉天狗だけが争いあってるだけだ。こちら側に来ない限り、そちら側に害を成すつもりは無いから安心してくれ――俺達は、な」


 あくまでも自分は黙って着いて来たまでだと言い放つ晴明の言葉に、天嵐は納得した。出自不明の侵入者の話は彼の耳にも届いていたのだ。

 そして、一族の長として、妖街道(そちら)側が不用意に近付かなければ手を出すつもりは無いと断言する。


「じゃあ……現し世へ行く扉みたいに爺さんや俺たちだけが開けられるようにしとけばいいってことか! ……ということは、調査はもう終わりでいいのか?」


 そこでようやく紅葉が口を開いた。現し世へと繋がっている扉の事を思い出し、ここへと繋がっている穴もその様にしてしまえばいいと提案する。


「うん、そうだねぇ……おや? 緋月、そんな難しい顔してどうしたんだい? 何かわからない事でもあったのかな?」


 晴明はニコリと破顔して、紅葉の案を肯定した。しかし、次の瞬間浮かない顔をしている緋月が目に入ったらしく、優しい声音のままどうかしたのかと声をかける。


「……へっ?」


 急に名前を呼ばれ、ぼんやりとしていた緋月はまた素っ頓狂な声を上げる。その場の全員の視線が緋月へと注がれた。

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