十一話 晴明と青の一族
「お前が、鴉天狗を封じた……だと?」
蒼嵐は呆然とそう呟くと、決して良いとは言い難い鋭い目付きで晴明を睨めつける。
「良いから座れ、蒼。話はそれからだ」
「っ……、分かった」
だが、それもすぐに天嵐に諭され、渋々と言った様子で父のすぐ側に正座する。その目は相変わらず晴明を睨んだままであった。
「あれは……何年前だったか? 詳しくは覚えてないが、俺がまだ蒼くらいの歳の話だ――」
*
そう、本当に大昔。まだ鴉天狗が現し世にいた頃の話だ。あの頃から既に派閥争いが酷くてな、俺達青の一族はともかく、赤や黄は時折人間の領域にまで被害をもたらす事もあったんだよ。
それで一度、青、赤、黄の三つ巴の酷い戦があった。誰が敵で誰が味方か、それすらも分からんぐらい酷い乱戦だ。俺達も彼奴らも、どこの兵とも分からんまま大勢殺して、大勢殺された。
そん時だよ、晴明が現れたのは。
『悪いけれど……少しお騒がせがすぎるよ、お前達』
現れたのは今目の前に居る晴明とは違ってもっと歳を取っていたはずなんだが、そう言やどうしてお前は若返ってるんだ?
まぁそれは後でいい。とにかく其奴が現れて、片っ端から青も赤も黄も関係無く鴉天狗を封じて行ったんだ。
俺が其奴と初めて言葉を交わしたのは、本陣まで其奴が一人で乗り込んで来た時だったな。その時何て言ったか、確かこうだ。
『お前……多少変な気が混じっているが、人の子か。何故こんな事をする?』
『何故? 簡単な事さ、お前達は少々人間へ害を与えすぎたんだ。悪いのだけれど、お前達は遠い地へ封じさせてもらうよ』
『――っ! そう、か……それは、憎き同胞が済まない事をしたな。仕方の無い事だ、この世界は人の子の世界……素直に受け入れよう』
『……成程、君達は巻き込まれてしまったと言う訳か。可哀想に、君達には加護を授けよう。遠い遠い地――隠り世でも上手くやって行ける様に、ね』
そうして晴明は俺達、鴉天狗を封じたんだ。まだ、何も無かったこの世界へと。
他の一族の奴らは知らんが、俺達が気が付いた時に居たのは、まさに今この里がある場所だった。驚いたのは、まるで現し世で本陣を築いていた山がそっくりそのまま移されたかの様に感じた事だよ。
何? 本当にそっくりそのまま地形を複製して封じただ? はは……本当にお前はどうかしてる、ややこしくなるから黙ってろ。
ほら、どこまで話したか忘れちまったじゃないか。
……嗚呼そうだ、封じられた後か。勿論、その後はしばらく戦は起こらなかった。お互いに領地を全て失った様な状態だったんだ。まぁ、俺達には山があったがな。
やがて時が経って、また争いが起こる様になった。当たり前だな、赤や黄が少ない領土で満足するはずが無い。
ただ、其奴が寄越した加護って奴が大いに役立ってな。何をどうしたのか知らんが、今も尚この里を隠し続けている結界ってのが晴明が寄越した加護だ。これが凄いもんで、どれだけ彼奴らが血眼になってこの里を探してもここが見つかる事は無かったんだ。
そうして、彼奴らは奪う為に、俺達は守る為に戦い続けて――今に至るって訳だ。
*
「分かったか? 其奴は敵じゃない。一応人の子として正しい行いをしたまでだ」
天嵐は一通り話終えると、片目を瞑ったまま蒼嵐へと目配せする。蒼嵐は静かに頷いた。目付きは相変わらず悪いままであったが、その視線に含まれる敵意は消失している。
「一応って酷いなぁ。あの頃はちゃんと人として生きてた時期だよ?」
それに口を尖らせながら不満を挟むのは晴明だ。一応人の子扱いをされたのが気に食わないらしい。だがしかし、今はもう姿形以外は見る影も無いので仕方が無い事である。
『――――! ――――!?』
と、そこで何やら隣室が騒がしくなる。おや、と晴明が首を傾げていると、「失礼します」と言う声と共に女中らしき人物が一人。
「……何? 緑が? そうか分かった」
女の耳打ちを受けた天嵐は眉を顰め、やがて静かに頷く。
「――ッ!? 母上に何かあったのか!?」
その「緑」という言葉を耳にした蒼嵐は、咄嗟に立ち上がった。天嵐は焦燥の表情を浮かべる息子を一瞥し、僅かに頷く。
それを見た蒼嵐は即座に隣室へ駆け込んで行こうとするが、
「待て蒼、まだ行くな。またあの娘を怖がらせたらどうするつもりなんだ?」
天嵐はそれを許さなかった。彼は落ち着いている様に見えるが、その顔色は僅かに青く、浮かべている表情にも苦悩が見える。
「……っ!」
父の言葉を受け、蒼嵐は同じく苦悩の表情を浮かべながら立ち止まった。ギュッと拳が握られ、その手に嵌められた手袋が小さく音を立てる。
「……何か、あったのかな?」
その一連の流れを見守っていた晴明は、ようやく遠慮がちに声をかける。紫玉の様な瞳は困惑に染まっており、詳細な情報を求めている様だった。
「嗚呼、悪いな。妻が少し……。元からあまり身体が丈夫じゃなくて、近頃また発作が出る様になっちまったんだ」
晴明の視線を浴びた天嵐は、眉間を揉んでため息を着きつつ、自身の妻が体調を崩している事を告げた。声に心配が色濃く出ている。
「それは……行かなくていいのかい? 僕の事なら気にしないで貰って平気だけど……」
零された事実に、晴明は立ったままの蒼嵐をチラリと見て一言。旧友には悪いが、この場合はどう見ても息子の方が正しい反応だと言えるだろう。
もしや、自分の事を気にしているのだろうかと思い当たった晴明は、同時に「自分はいいから」と言う意味合いの言葉を投げかけた。
「嗚呼すまん。それは有難いが、此方にも少し事情があってな。色々あって緑の部屋に置く事になった人の子の娘が、どうやら男が苦手らしくて、だ。ほら、俺も蒼も厳つい顔付きだろ」
どうやら彼らがすぐに駆け付けない理由は晴明では無いらしい。その理由は、普通なら居るはずの無い、人の子の娘の存在。
天嵐は、その娘が「男が苦手らしい」と苦笑を漏らしていた。
「人の子の……? ……あぁ、もしかして、その娘が緋月を探しているという?」
様々な事情を抱えた人の子。晴明はもしや、と思い当たって、脳裏に浮かんだ一つの可能性を口にした。すれば、天嵐は「そうだ」と小さく肯定する。
「成程、確かにそれは難儀だね。君達は顔も厳つければ、妖気も凄まじい」
人の子であれば、妖気――即ち陰の気に怯えるのも無理は無い。一人納得した晴明は、冗談混じりに言葉を返した。
加えて、目の前の鴉天狗親子は、どこからどう見てもいかにも男らしい風体。お世辞にも愛想がいいとも言い切れない。何ともその娘と相性が悪いのだろうと晴明は苦笑した。
「はは、そう言う事だ。追々あの娘についても説明せねばならんが……まずは妻の元へ行かせて貰うぞ。悪いな」
思わず漏れた晴明の苦笑につられたのか、天嵐の表情も僅かに和らいだ。やがて、彼は小さく頭を振ると、徐ろに立ち上がる。
「勿論さ、話は落ち着いてからで結構だよ」
「すまん、すぐ戻る。……そうだ、この場に疾風を呼んどいてくれ。戻ったらすぐに――」
そのまま天嵐は、構わないと笑う晴明へと謝りながら、隣室へと足を運んで行く。その際に控えていた女中に何かを頼んでいた様であったが、詳しく聞き取る事は出来なかった。
「……さっきは失礼な態度を取って悪かった。俺も、失礼させて頂く」
立ち止まったままであった蒼嵐も詫びと共に一礼し、天嵐の後に続いて去って行く。表情の変化に乏しい彼であったが、そこには少量の申し訳なさが見て取れた。
一人残された晴明は、「これは忙しくなりそうだ」と独りごち、その口元を淡く微笑みに染めるのであった。




