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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第三章 鴉天狗の里編
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十話 晴明、放浪す

「うーん、いい眺めだねぇ」


『晴明様、いいんですカ? 紅葉(ホンイェ)様怒っちゃうと思いマスヨ?』


 一方その頃、晴明が居たのは案内された部屋とは全く別の場所であった。どうやらこの城は住処と言うよりは大内裏(だいだいり)の様な役目があるらしく、沢山の鴉天狗たちが慌ただしく書類の整理などを行っている。


 彼はその鴉天狗たちを横目で見ながら、「懐かしいねぇ」と静かに呟いていた。隠形(おんぎょう)したままの美藍(めいらん)の心配など、微塵も気にしていない様子だ。


「大丈夫さ! 何だかんだ紅葉もまだ子供だからね。きっと今頃この里に夢中のはずだ。あはは、まさか十六夜みたいに三時間正座させて説教するなんてことはしないはずだよ!」


 などとほざく程である。


『ンモゥ、それだから十六夜様にカミナリ落とされちゃうんデスヨ?』


「はは、それもそうだね!」


 晴明には何を言っても効果を成さない。のれんに袖通し、馬の耳に念仏だ。もちろんそれは、彼の主な性格である享楽主義が大いに影響していた。

 しかし、もちろん晴明とて目的も無く抜け出してきた訳では無いのである。流石に初めて来た場所を宛もなく彷徨うなど、節度のない行動はしないのだ。


「……あ、やぁそこの君! ここの現棟梁(とうりょう)は鉄壁の牙城――天嵐(てんらん)君であっているかな?」


「――! お兄さん、天様の異名を知ってるだなんて珍しいですね? えぇ、青の一族の現棟梁(とうりょう)は天嵐様、次期棟梁(とうりょう)は疾風様ですよ!」


 突然晴明に声をかけられた役人らしき青年は、晴明の存在を(いぶか)しむこと無く朗らかに答える。もちろん、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


「そうか、ありがとう!」


 目的の回答が得られ、満足気な晴明は笑顔で青年に礼を言うと、フラフラとまた歩き始めた。傍にいる美藍のため息が聞こえてくる。


『モ〜晴明様? 一体どこまで行くんですカ〜?』


「もちろん()の元だよ。()()()()()()()()()()()()()。挨拶くらいしなくちゃね?」


『久しぶりって……ワタシここのコト全然知らないデスヨォ……』


 美藍は主の示唆を含む言葉を全く理解出来なかった。彼女の心持ちはもう「怒られても仕方ない」という諦めの境地に達していた。

 それに、本当に良くないことをしていた場合、同じく隠形(おんぎょう)したままの夕凪が何も言わないはず無いのだ。彼が何も言わないということは大丈夫、と勝手に思いながら、美藍は主の後を着いていくのであった。


「――おや? こんな所に階段が……こんなもの前はあったかな?」


「いいえ、前はございませんでしたな」


 ふと目に映った記憶に無いものに、晴明は思わずと言ったように呟いた。

 その疑問を拾ったのは夕凪だ。まるで真隣で囁かれたかの様に感じた声に、晴明はふいと目線を横にずらしたが、もちろんそこには誰の姿も見えない。

 どうも夕凪は隠形(おんぎょう)が上手すぎるな、と晴明は微かに笑った。


「てっきり彼らは飛べるから、飛んで移動していると思ったのだけど……」


 晴明はちらりと歩いて来た方向を見た。まるで果てしなく大きな内裏(だいり)が何層にも重なった様に見えるこの城は、どの階も回縁(まわりえん)がぐるりと取り囲む形になっている。

 今も何人もの鴉天狗ちが飛び立って行ったり、逆に入って来たりしていた。見て分かる通り、彼らの基本的な移動方法は飛ぶことのはずなのだ。


「……ふむ、この階段はまだ新しく見えるね」


 手すりをなぞって、その材質が他よりかなり新しいものであることに気付いた。足をかければ微かにギ、と音が鳴る。好奇心に惹かれた晴明はゆっくりとその階段を上って行った。


『……ン? 晴明様、この階段が前回無かったってことは、前回はどうやって上に上がったんデスカ?』


「ん? あぁ、あの頃はまだ小紅(こべに)が生きていたからね。彼女に運んでもらったのさ」


『――! そう、デスカ……小紅(シャオホン)が……』


 階段をゆっくり上りながら、美藍は今は亡き友に思いを馳せた。先代の朱雀代表であった彼女が亡くなってから、ずっとその席は空席だ。

 きっと彼女がこの場にいたなら「私に運ばせなさいよ!」と晴明が労力を使うことを嫌がったであろう。


『……フフ、もしこの階段が無かったら一体どうするツモリだったんデスカ? ワタシは青龍(チンロン)様では無いので飛べまセンヨ?』


「おや、確かにそうだね! まぁその時はその時さ! 近くの誰かに運んでもらっただろうね!」


 束の間の懐古、すぐに笑い声と共に投げかけられた疑問に晴明は同じく笑いながら答えた。この里の者は皆優しい。恐らく声をかければ、誰彼もが協力してくれただろう。


「――さて、そろそろ最上階だが……」


 そうこうしている間にも、晴明一行は階段を上り切ろうとしていた。一段、また一段と上り、遂に頂上が見える。徐々に見えてきたのは、見事な絵が描かれた立派な(ふすま)


「うん、変わっていないようで何よりだ」


 ()()()()()()絵に晴明は破顔し、静かに開けようと手をかける。だが、その瞬間何かろくでも無いことを思いついたかの様な表情になった。


「美藍美藍、僕が合図をしたら共にこの(ふすま)をゆっくり開けてもらえるかい?」


『エェ? いいですケド……』


 晴明は静かな声で美藍によく分からないことを要求すると、自分は楽しそうに口角を上げながら(ふすま)の前へと正座をする。

 何をするつもりか分からない美藍は、「全ク」と呟きながら(ふすま)へと手を掛け、ほくそ笑んでいる主へと視線をやった。


「……棟梁(とうりょう)様、お客人でございます」


 そうして、声色を変えて一言。まさにそれは先程話していた役人らしき青年の様な声。晴明は幻術を巧みに操って、自身の声がそう聞こえる様にしたのである。


「――入れ」


 中から厳かに返答があった。晴明はにやりと笑うと美藍に目で合図を送る。美藍は僅かなため息と共に(ふすま)をゆっくりと開いていった。


 (ふすま)が開かれ、この里の主の姿が顕になる。脇息(きょうそく)に肘を預け、落ち着き払った態度で青眼(せいがん)をこちらに向ける中年。

 その古傷が刻まれた、勇ましい顔付きはまさに歴戦の戦士。棟梁(とうりょう)と言うに相応しい姿であった。


「……ん? もしかしてお前……晴明か? はは、随分と若返ったもんだな」


 少しだけ呆気に取られ、瞠目したまま晴明を見つめた後、棟梁(とうりょう)は合点が行ったかの様に(かぶり)を振るい、僅かに呆れた笑みを見せる。


「うん、そうだよ! そういう天嵐(てんらん)君は随分と老け込んだねぇ!」


 晴明はパッと礼儀正しい姿勢を崩すと、半ば駆け込む様に部屋へと入っていく。呆れながら襖を閉めるのは美藍だ。


「馬鹿野郎、何年経ったと思ってんだ……そりゃ俺も老けもするさ」


「あはは、確かに君に息子が居るだなんて驚いたよ! 蒼嵐君……顔は見えなかったけどあれ、どう見ても君の子だろう?」


「あぁ、そうだ。はは、顔以外もそんなそっくりか?」


 まさに旧知の仲だと示す様に、晴明と棟梁(とうりょう)――天嵐は話に花を咲かせる。美藍はその様子をぼんやりと眺めながら腰を下ろした。

 どうやら二人の話題は、天嵐の跡継ぎの話になっているらしい。


『――――――!』


 不意に、外から大きな悲鳴が響いてくる。まるで金平糖の様な可愛らしい声。聞き覚えがありすぎるその声に、晴明はニヤリと口の端を上げ、閉ざされた(ふすま)へ視線をやった。


「おや、今の声は緋月だね」


「――緋月? お前、そいつは……」


 十中八九、先程の悲鳴は緋月の物だ。何やら面白い事をしているな、と羨んで緋月の名を呟いた矢先に、その言葉を耳にした天嵐は脇息に手を着いて身体を起こす。


「あぁ、僕の孫娘だよ。……あぁそう言えば、この里に緋月を探している者がいるんだっけ?」


 旧友の意外な反応に、晴明は首を傾げた。だが、即座に蒼嵐が言っていた言葉を思い出し、合点がいった様に笑みを湛える。その顔には、「凄く面白そうだ」と言う言葉がハッキリと記してあった。


「何? お前の孫娘だ? そうか、寄りにも寄ってお前の……はは、奇妙な偶然だな」


 対する天嵐は呆れ顔だ。驚きを通り越し、呆れ、そして乾いた笑いを漏らす。晴明と言う男はそう言う数奇な運命の元に生まれたらしい。天嵐は一人結論づけた。


 と、丁度間が空いた途端、今まで閉ざされたままであった(ふすま)が静かに開く。晴明と天嵐はふっと目線を向けた。


「――ッ! お前……何故ここに!?」


 入って来たのは蒼嵐だった。既に彼の顔から仮面は外されており、思ったよりも天嵐とそっくりな素顔が晒されている。

 彼は晴明の存在を認知するや否や、腰に差したままの刀へ手を伸ばした。


「やめろ蒼、俺の客だ」


 天嵐の短く鋭い牽制が飛ぶ。蒼嵐はビクリと肩を震わせ、戸惑う様に眉間に皺を寄せた。納得が言っていない様だ。


「親父の……? …………、どういう、事だ」


「聞いたかもしれんが、こいつは晴明。この里を――いや、鴉天狗(おれたち)そのものを隠り世に封じ込んだ張本人だ」


 瞬間、蒼嵐の目が見開かれる。一驚を喫する彼の視線を浴びながら、晴明はゆらりと顔を揺らし目を細め、意味深長に口の端を吊り上げた。

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