八話 嵐よりも騒がしい
「緋月、大丈夫かな……」
通された城の客間。襲撃者の青年に連れて行かれた緋月の身を案じて呟いたのは紅葉だ。
もちろん緋月の式神たちが着いて行ったことは知っている。紅葉が心配しているのは、「緋月が何か説明された際に理解出来るか」ということであった。
「……って言うか、どこ行ったんだよ爺さん!」
そして、この場には紅葉一人。先程まで沢山の鴉天狗たちが居て、一から十まで色々聞かれ辟易としていたのだ。それについてはまだ良い。
問題はその後だ。それが終わってクタクタのまま部屋を見渡してみれば、なんと晴明が何処にも居ないではないか。子守りを頼まれた身の紅葉は肝を冷やした。だが、流石に勝手に城内を歩き回る訳にも行かず、どうすればいいのだと机に突っ伏しているのであった。
「――――! ――!? ――――!」
「……っ!?」
しばらく突っ伏していると、何やらドタドタという走行音と、何かを叫ぶ様な声がして、紅葉はバッと身体を起こした。もしかしたら晴明が何かをやらかしたのかもしれない。そう思った瞬間に、紅葉の顔からサッと血の気が引いた。
「っ、やべぇ!」
「――こっちだった! こんばんはーっ!」
行かなくてはと思い紅葉が立ち上がった途端、部屋の襖がスパーンと開け放たれ、やたらと声の大きい青年が姿を現す。中途半端に立ち上がった紅葉と、現れた青年の視線がかち合った。
「どっ……!?」
紅葉は「どちら様」と言いたかったのだが、頭が混乱していて上手く言葉を出力出来なかった。疑問符に塗れたまま青年を観察していれば、彼はにこーっと嬉しそうに笑う。
「ビックリさせちゃった!? ごめんね! さっきも部屋一個間違えちゃってさぁ、隊の子驚かせちゃったんだよね! えーっと、とりあえず初めまして! 俺は疾風! いやぁ、お客さんなんてホント久しぶりだなーっ! しかも一人だけとかじゃなくて五人……も……?」
疾風と名乗った青年はニコニコと話を続けていく。どうやら先程の走行音と声の正体は彼のようだ。まるで機関銃の様に話し続ける彼だったが、その途中で言葉と部屋内の様子の矛盾に気が付いて、徐々に言葉の語尾は失われていった。
「…………」
「…………」
困惑した二人の視線が絡み合う。紅葉は唐突に現れた疾風の目的が分からないが故、その疾風は恐らく言葉と目の前の人数が合わない為だろう。
「えぇ……っと、俺……客間に二人通したって聞いたんだけど…………かくれんぼしてる?」
たっぷりの沈黙の後、静寂を破ったのは疾風であった。彼は顔に疑問符を貼り付けながらも、笑顔になろうと努めている様だ。微妙な表情のまま何ともまとはずれなことを口にした。
「っ、いや……っ、して無いです! ごめんなさい!」
紅葉は「なんか違う」と思いながらも、それを否定して謝罪を入れる。しっかりと立ち上がって頭も下げた。
「あの、その、一人爺さんが……あ、いや爺さんって言っても見た目は若いんですけど、その人が気付いたらどっか行っちゃって……!」
「ええっ!? 本当に!?」
突然の謝罪にキョトンとしていた疾風に、しどろもどろになりつつ説明する紅葉。その説明を受けた瞬間彼は大袈裟に仰け反って驚くと、くるっと身体の向きを変え、自身が来た方向をキョロキョロと見回し始めた。
「えぇっ、厠出て左だったんだけど分かったかな!?」
などとよく分からないことを零しながら。
「そこ!?」
「いや、本当にね! この家本っ当に広いから! 俺なんか今でも迷うよ! うーん迷っても皆優しいから教えてくれると思うんだけど……」
「ぅん!?」
どうも会話が噛み合わずやりにくい。紅葉はこの瞬間察した。彼からは緋月と同じ波動を感じる。きっと、恐らく、多分、彼もそうなのだ。真面目に相手してはいけない。
「あ……っと、いいん、ですか? 得体の知れない……その、危険かもしれない……余所者、放っておいて……」
とは言え流石に危機感が無さすぎると、紅葉は混乱する頭を頑張って回転させながら言葉を紡ぎ出す。疾風は少しキョトンとしていたが、すぐに「なんだそのことね!」と人懐こい笑顔を浮かべた。
「だいじょーぶ! だってお客さんたち皆、この里に入れた訳でしょ? この里には凄い強力な結界……あ、見えない壁みたいなやつね! それが貼ってあって、悪意のある者を弾く力があるんだ。だから、この里に入れた時点でお客さんたちは安全ってことなんだよ!」
「――!」
疾風は朗らかな笑顔を浮かべながら、淀みなくスラスラと説明を並べていく。しかも途中で理解がしやすい様に言い換えを挟んだり、身振り手振りを入れたりしているのだ。
もちろん紅葉には必要の無いことではあったが、その行動だけで彼が気遣いを出来る性格なのだと感じた。もしかしたら、今までの態度も紅葉を安心させる為にわざとおどけていたのかもしれない。
「……だからさ、そんな心配そうな顔しないで! って言っても無理だよね〜、知らない土地で知らない人と二人きりとか、めっちゃ怖……あれ!? 俺怖い!?」
いや、一つ訂正しよう。彼はおどけている訳では無い。全て素で、紅葉を安心させようとしているのだ。その証拠に、つらつらと言葉を並べていく疾風の一挙一動は全て全力。演技を出来るような性格にも思えない。
「いや……、平気です! すいません、ちょっと混乱してて……」
だから、紅葉も笑った。力を抜いて、ゆるゆると座り直す。会ったばかりなのに、何故だかとても信じられる。疾風はどこかそんな力を持った者であった。
「あはは、だよね。よし、俺に何でも聞いて! 俺はお客さんたちにこの里の説明をする為に来たんだ! っと、そうだ。お客さん、お名前は?」
ようやく肩の力が抜けたらしい紅葉を見て、疾風は満足そうに笑う。それからドンと胸を叩いて、「ぜひ頼って欲しい」という旨を口にした。どうやら彼の目的はこの里の説明をすることらしい。
「あっ! えっと、紅葉です!」
それから、優しい視線を紅葉に向け、名前を尋ねた。そこで名乗っていないことに気が付いた紅葉は慌てて自身の名を告げる。
「紅葉ちゃんか! 綺麗な名前だね〜! あ、あと敬語も使わなくていいよ! 俺、みんなと対等でいたいからさ!」
疾風は人好きのする笑顔を見せると、名を知れて嬉しいと言う様に紅葉が座る場所の対面へと腰を下ろした。
「あ、はい……じゃなくて、分かった。えっと……疾風、兄さん」
紅葉は、疾風を親しみを込めて「兄さん」と呼んだ。それくらい彼の人柄に惹かれていたのだ。まるで、唯一無二の緋月と一緒にいるかの様に安心出来る。
「――!? 待って、兄さんって言った!? えーっ! 嬉しい! もっかい言って!」
「っ、はは、対等どこ行ったんだよ、疾風兄さん」
思わずといった様子で身を乗り出した疾風に、堪えきれないと言った風に吹き出す紅葉。その様子はまるで、本当の兄妹の様であった。
「いや〜へへ、嬉しいなぁ〜! そんな呼び方されたの初めてだよ! ……あ、お茶入れるね!」
そして何やら調子に乗ったらしい疾風は、満面の笑みを浮かべながら膝立ちで移動し、机の端に置いてあった急須を手繰り寄せる。
「見てて、俺めっちゃお茶入れるの上手いから! ……って、ぎゃーっ!? 溢れたぁっ!」
そして、得意気な顔でお茶を注ぎ、当然の様に溢れさせた。机中に水溜まりが広がって、その内に畳にも染みを作る。
「ちょっ!? 何やってんだ疾風兄さん!?」
紅葉は慌てて立ち上がると、何か拭くものは無いかと問いかけ、疾風が焦った様に騒ぐ。やがて騒ぎを聞きつけたらしい、隣の部屋にいた兵士たちも巻き込みながら片付けは進んでいくのであった。




