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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第三章 鴉天狗の里編
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五話 黒き羽の襲撃者

「ここって現し世……じゃ、無いよな」


 紅葉は現し世ではないかと疑って言葉を漏らしたが、それもすぐに撤回する。かなり強い妖気を感じ取ったからだ。


「空が青いってことは、妖街道でも無いってことだよね……!」


 妖街道に青空などという物は存在しない。その為、ここが噂の別の隠り世で間違いないだろう。

 緋月は目をキラキラさせながら、その場で一回転。名も知らぬ隠り世の風を全身で楽しむように浴びていた。


「十六夜の話やったら襲われたって話やったけど……気配は特に無いんねぇ」


「えぇ、この辺りの妖気はピリついていますが、この場に敵意を持った者は居ないようです」


 先程までの気の抜けた空気は何処へやら、二柱の式神は主とその大切な人たちを守る為に真剣に警戒をしていた。

 そうして二柱はお互いに目配せをすると、ヤタは緋月、ハクは紅葉の元へと駆け寄る。こうすれば、何があっても二人を守れるからだ。晴明には夕凪(ゆうなぎ)美藍(めいらん)がついている上に、彼に傷を与えられる者など存在しないので心配は必要ない。


「うーん、ここには何も無いみたいだね。もう少し先に進んでみようか!」


 こんな時でも晴明は変わらない。パンと手を打ってその場の注目を集めると、笑顔のまま提案し、そのまま歩き出してしまう。

 緋月と紅葉は顔を見合わせると、同じく笑顔になって無邪気に話しながら晴明の後を追う。最後に限界まで警戒しているヤタとハクが続いた。


****


「こうやって歩いてると、なんか参番街道みたいだね!」


「そうだなー。ってかむしろ、現し世の山ってこんな感じじゃねぇか?」


「あ、確かに!」


 呑気に会話を続けているのは緋月と紅葉だ。どんどん先へ行ってしまう晴明の後を追いかけながら、山に関する談話を重ねている。二人はすっかり青い空に舞い上がってしまっている様だ。


「――おや、お出ましだね」


 不意に、晴明が何かを呟きながら立ち止まった。その口元は不敵な笑みで彩られている。緋月と紅葉も、互いに首を傾げながら歩みを止めた。


『――――――』


 その瞬間、キィンと何かがぶつかり合う様な音が響き渡った。気付けば、一行の周りに結界が展開されている。緋月は未だに状況を飲み込めていなかったが、紅葉は瞬時に「敵襲か」と悟った。


「――ヤタさんが、こんな敵意気付かないとでも!?」


 そして結界の少し前方。三又焔(みつまたほむら)で何者かの剣撃を受け止めているヤタがいた。襲撃相手は一人――否、一羽と言った方が良いのだろう。青い装束(しょうぞく)を頭まですっぽり覆った襲撃相手には、ヤタと同じく烏の羽が生えていた。


「妖気……お前は鴉天狗(からすてんぐ)ですか」


「――――」


 相手はヤタの問いには答えない。代わりに、何かを指示するかの様に手を前へ突き出した。それと同時に、森の中から数多(あまた)の翼を持つ者たちが飛び出してくる。恐らく、彼らも鴉天狗の仲間だろう。


「ハクっ!」


 相手は皆、剣を手にしている。思わず緋月は(すが)る様にハクの名を呼んだ。それが恐怖から来る助けを求める物か、叫ぶと同時に飛び出したハクへの警告かは自分でも定かでは無い。


「はは、()()()()()()と言う奴だ! 吹けよ風、我が意のままに!」


 晴明は何やら呟きながら、ろくに術も唱えずに風を発生させ空を駆る相手の自由を奪っている。やはり稀代(きだい)の陰陽師と呼ばれていた者の実力は凄まじく、彼は護衛のはずの美藍の力も借りずに相手を圧倒していく。


「美藍! あちらに加勢してくれたまえ!」


「アイ!」


 余裕の表情のまま、晴明は美藍へ指示を出す。彼女は元気よく返事をすると、あっという間に飛び出し、爪を()るハクへと迫っていた刃を蹴り飛ばした。


「――! ありがとう、なっ!」


「お気になさらズ!」


 そのままハクと美藍は背中合わせになると、「背中は任せた」と言わんばかりに同時に駆け出した。


「緋月、結界(ここ)から出んなよ!」


「わ、わかってる! でもヤタが……!」


 夕凪の結界は滅多なことが無ければ壊れることは無い。そのことを理解していた紅葉は、今にも飛び出していきそうな緋月に向かって忠告を飛ばした。

 緋月も今が大変危険な状況であることは理解している様だが、それでも自分たちを守る為に戦っている皆のことが気になっている様子だ。それを証明する様に、緋月の視線は最初の襲撃者と戦い続けるヤタへと注がれている。


「――ハッ、中々やりやがりますね!」


 空中戦、ヤタと襲撃者は何度も斬り合いを続けている。一閃、一閃、そして反撃の突き。ヤタの渾身の突き攻撃を襲撃者は首を逸らして避けた。その際に襲撃者の装束(しょうぞく)を掠めて、隠されていた顔が表に晒される――ことは無かった。襲撃者は仮面を付けていたのだ。真っ黒な、烏を模した仮面を。


「――貴様ら……赤の一族か?」


 そこでようやく襲撃者が口を開いた。そこから紡がれるは低い青年の声。警戒と僅かな怒りを孕む声であったが、ヤタは怯まない。


「赤の……? なんのことです? 逆に問いますが、お前たちの目的は何なんですか!?」


「――チッ」


 青年は答えない。舌打ちを一つ残して剣を振り上げる。ヤタは小さく唸りながら翼を打ち、後退した。だがすぐに速度を上げ、槍を構えて突進する様に再び距離を縮める。青年は愚直に突進してくるヤタをひらりと(かわ)し、すれ違う瞬間に彼女を切りつけた。


「かかり、ましたねっ!?」


 瞬間ヤタは急停止すると、腹から血を流しながらも槍を横振りし、青年のガラ空きの腹に叩き込んだ。


「――ぁぐッ、しまっ……!」


 異様な力が込められた攻撃をろくに防御もしないまま受け、青年は呻き声を漏らす。まるで弾かれた球のように彼は地面へと叩き落とされた。ヤタもすぐに後を追う。

 そして、立ち上がろうとしていた青年に三又焔(みつまたほむら)を突き付けながら、「これで終わりだ」と言いたげに鼻を鳴らした。


「――――」


 仮面のせいで青年の表情は分からないが、ヤタは彼がこちらを睨み付けていることを感じ取っていた。


「――!? 蒼嵐(そうらん)様ッ!」


 周りの鴉天狗たちから驚きの声が上がる。蒼嵐と呼ばれた青年は、慌ててこちらに駆け寄ってこようとする仲間たちを手で制した。


「お前たち、一体何者です!? 緋月を傷付けようとする(やから)はこのヤタさんが容赦致しませんよッ!」


 ヤタは瞳に激情を宿し、三又焔(みつまたほむら)を突き付けたままに叫んだ。その声の大きさにビリビリと空気が震える。


「……何? 今、何と言った?」


「あ? このヤタさんが容赦致しませんよっつってんですよ!」


 その瞬間、青年の声色が変わったかのように感じられた。警戒から、驚愕へと。しかしヤタはそんな些事(さじ)なることには無論気付かず、苛立った様にさらに声を張り上げる。


「違う、その前だ」


「え? えぇと……緋月を傷付けようとする(やから)は……ですか?」


 青年の声からはすでに動揺は消えていた。冷静さを保ったままの彼の言葉に、ヤタも一旦冷静になって先程の言葉を思い出す。


「……ひ、づき……だと? それは……陰陽師、の事か?」


 ヤタの言葉に青年は驚き、そして、「陰陽師」と言葉を転がす様に言いながら問う。今度はヤタが目を見張る番であった。ゆるゆると三又焔(みつまたほむら)が下げられる。


「え……? ま、待って! おにーさん、あたしのこと知ってるの!?」


 青年が叩き落とされた場所は結界のすぐ側であった為、緋月たちにもその会話の内容が聞こえていた。それが故に、緋月は結界のギリギリまで近寄って声を上げた。あまりの驚きように、声はひっくり返ってしまっている。


「……いや。だが、その名を持つ陰陽師、を探している者が里にいる」


 青年は声を上げる緋月をまじまじと観察してから、ゆると首を横に振る。しかしすぐさま、自身の住む里に「緋月」なる陰陽師を探している人物がいることを告げた。


「……着いて来い。里に案内する」


 目を丸くしたまま押し黙ってしまった緋月を見遣ると、青年は静かに立ち上がった。ばさりと音がして、彼の背の翼が消える。


「そ、蒼嵐様! ですがその者たちは……」


「構うな、俺が全ての責任を負う。お前達は先に帰れ」


 いつの間にかそばに寄ってきていた、青年の仲間らしい兵士が、彼の言葉に驚いた様に声を絞り出す。その不安げな視線は緋月へと注がれていた。青年はそれを手で制すと、「先に帰還せよ」と別の指示を出す。


「――はい」


 その青年と話していた兵士が頷くと同時に、今までハクや美藍、そして晴明と交戦していた兵士たちが一斉に飛び立った。晴明だけが「おや、もう終わりかい?」と不服そうだ。


「……こっちだ、着いて来い」


 青年は全員が飛び立ったのを確認すると、緋月一行の意思も聞かずに歩き始めてしまう。どうしようかと戸惑っていた緋月と紅葉であったが、相も変わらず晴明が先について行ってしまった為、慌ててその後を追いかけることにするのであった。

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