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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第三章 鴉天狗の里編
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二話 さよなら現し世! また逢う日まで!

 現し世、天原(あまのはら)学園。

 (あずま)は一人、休み時間で賑わう廊下を歩いていた。目指しているのは職員室のその先――校長室だ。彼は先程、校内放送にて呼び出されたのである。


(しまったな、やはりコックリさんの正体が神で、俺が力を使ったのが不味かったのだろうか)


 目付きの悪い雷がしかめっ面で歩いていけば、周りの生徒たちは少し怯えた様に道をあける。しかし彼はそんなことを気にしている余裕は無く、この後待ち受けているはずの叱責について身構えていた。


「――失礼します」


 あれこれと言い訳を考えている内に、校長室へとたどり着いてしまった。そこでようやく彼は、自身に突き刺さっていた視線の正体に気が付いたが、今更訂正してもどうにもならない。

 雷は大人しく校長室の扉をノックし、神妙な面持ちのまま入室した。


「……あっ! カミナリ先輩だ〜っ!」


「っ! アズマだ! 安倍にご……安倍二号だと? 何故ここに……」


 そんな雷に嬉々として声をかける人物が一人――緋月だ。彼は条件反射で言葉を返すと、そこにいるはずの無い存在に遅れて驚いた。

 その上、緋月は学園の制服姿では無く、いつもの緋色の装束(しょうぞく)を身にまとっている。困惑のまま視線を巡らせれば、同じくいつもの陰陽亭の制服姿の紅葉と目が合った。

 それだけでは無い。優雅にソファへと腰掛け、我が物顔で茶を飲んでいる晴明も、ぎゃあぎゃあと一方的な口喧嘩をしているハクとヤタも、そして道真と談笑している宵霞(しょうか)も、安倍一行が勢ぞろいしていたのであった。


「……道真公、説明をしてくれ」


 雷は訳が分からず、困惑した表情を貼り付けて道真へと説明を求めた。


「こんにちは雷君、校内放送で呼んでしまってすいませんでした。彼らに用事が出来てしまった様で、早急に隠り世に帰るそうなのです。なので、折角だからと言うことで呼ばせて頂きました」


「――! そうか……もう帰るのか」


 道真の簡潔な説明に、雷は瞠目し、それから少し寂しそうな表情になった。彼にとっても、似た様な仕事をしている緋月たちはどこか親しみやすかったのだろう。


「鳴神先輩には本当にお世話になって……ありがとうございました!」


 紅葉は一歩前に出ると、感謝の気持ちをしかと口にして深々と頭を下げた。その角度は完璧、雷はつくづく礼儀正しい奴だ、と口元に笑みを浮かべた。


「いや、こちらこそだ。お前たちが来てくれなければ、恐らく現し世(ここ)ヤタ(そいつ)も無事では済まなかっただろう。助かったぞ……ほら」


「……! はいっ!」


 そのまま雷は手を差し出した。それは握手の構え、紅葉はパッと嬉しそうな表情になって、出された手を両手で握った。


「う、うぐっ……本当にお世話かけましたよぅ……」


 その一方、ヤタは彼の言葉に蛙が潰れたような呻き声を絞り出し、ちょんちょんと指の先を突き合わせた。隣に居たハクがくすくすと楽しそうな笑い声を上げ、二柱は再び言い合いを始める。


「うわっ! カミナリ先輩が笑ってる!」


「だぁからアズマだァッ!」


 そして緋月は、失礼極まりないことを言いながら大袈裟に仰け反った。無論雷はピキリと青筋を立て、即座にその言葉に噛み付いた。


「あっはは、本当に元気だな〜! ……でも残念、まだまだ現し世で紹介したいことはいっぱいあったんだけど……早く帰ってあげないと十六夜が可哀想だもんね!」


 あちこちで起こる子供の様な言い合いを見ていた宵霞は、ケラケラと楽しそうに笑って、そして、最後に残念そうに呟く。しかし彼女も知っているのだ。十六夜がどうにも厄介事に巻き込まれやすいことを。

 故に、十分に現し世を案内出来なかったことを悔やみつつも、引き止めることは一切しないのである。


「こちらにもしっかりと籍は置いておきますので、またいつでも遊びに……いえ、学びに来て下さいね!」


 道真もどこか残念そうであった。彼の放った一言は、紅葉の表情を明るいものにし、逆に緋月の表情を苦々しいものに変えた。


「本当ですかっ!? 絶対、絶対また勉強しに来ますね!」


「うぅ、あたしはもういいかなぁ……」


 二人の反応は対極的だ。支給された教科書を持ち帰るつもりの紅葉は、それをギュッと抱き締めて、前のめりになりつつ嬉しそうに答えた。

 一方緋月はペタンと耳を畳み、思い出される真っ赤な答案用紙の数々に目を泳がせた。その日のうちに紅葉にどやされたのも、苦々しい思い出である。


「何言ってんだ緋月、この前の小テストも酷い点だったろうが! お前は普通にもう少し勉強しろよ!」


「えぇっ!? やだよぉ! て言うか紅葉も教科書(それ)置いてってよ! 絶対あたしもお勉強させられる奴じゃん!」


「はぁ? 持って帰るに決まってんだろ。そうか、俺と一緒に勉強させればいいのか! へへーん、いいこと聞いたぞ」


「はぅぁしまった! 言わなきゃ良かったぁっ!」


 緋月は絶望的な表情で騒ぐが、今更後悔してももう遅い。紅葉の表情はまさに水を得た魚の様に生き生きとしていた。これはきっと、妖街道へ帰っても勉強を強制されること間違い無しだろう。


「せやねぇ、流石に小テストであの点はウチも不味いと思うんよぉ。しっかり勉強せんと、このアホガラスみたいになってくんよぉ?」


 ショックで項垂れる緋月に対し、ハクはほわほわと笑いながら勉強は大事だと(さと)した。常々宿題などをやる様子を隣で見ていた彼女も、もちろん地頭はいい方なのだ。


「は、はぁッ!? 馬鹿にしないで下さい! ヤタさんにもそれぐらい出来ますから!」


 ついでと言った様子で馬鹿にされたヤタは、たらと汗を流しながらも憤慨し、反論する。彼女は時折「天才美少女神」と自称することがあるのだが、その物言いが既に阿呆丸出しと言うことには一切気付いていない。


「ふ〜んそぉ? ……紅葉、ちょいと国語の教科書貸してぇな」


 瞬間、その言葉を受けたハクの瞳がキラリと光った。紅葉は彼女の意図に気が付いたが、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く「おういいぞ」と国語の教科書を手渡した。


「ん〜と……じゃあこれ。一番簡単な奴なんよぉ」


 ハクはびっしりと文字が書き込まれた教科書をパラパラと(めく)りながら、目的の問題を探し当てた。そこに書かれているのは漢字についての問題、大人にとってはとても(やさ)しいものだ。


「ハッ見てやがれ下さい! この程度ヤタさんにかかればちょちょいの……? えぇと……四字熟語……? な……っ、何なんですかこの呪文はーっ!? 分かる訳が無いでしょうがーっっ! ムキーッ!」


 有り余る程のヤタの勢いは、彼女が言葉を連ねるほどに失速していく。最後には、恐らく羞恥で顔を赤くしながら、悔しげに憤慨し始めた。いわゆる逆ギレという奴だ。


「あ! あたし分かるよ! 七点八個(ななてんはっこ)でしょ!?」


七転八倒(しちてんばっとう)だよ馬鹿……」


 どれどれと教科書を覗き込んだ緋月は、もちろん知っていると自信満々に間違ったことを口にした。その様子に紅葉はすっかり呆れ顔で首を振った。


「ははは、こうして話に花を咲かせるのも楽しいが、そろそろ本当に戻ってあげないとね! うん!」


「おや晴明殿……何やら楽しそうですね!」


「ふふふ、そう見えるかい? 理由は内緒だ」


「はは、残念です」


 晴明はお洒落なカップをそっとソーサーに戻し、満足といった様子で立ち上がった。その様子が何割増かで楽しそうであることに気が付いた道真は、何故(なにゆえ)かと言う意味を含んだ言葉を投げかけたが、晴明は意味深長に微笑むだけであった。


「アタシこの後レッスン入ってなかったら見送りしたんだけどな〜、またね皆! また遊びに来てよね!」


「宵霞君の言う通りです、こっそり抜け出して見送りに行きましょうかね?」


「やめとけ道真公……まぁその、なんだ? 同業に近い者と話が出来て良かった。オカ研部でまた待ってるからな」


 心底残念そうな宵霞に、同じくと言う様に賛同する道真。それらを呆れ顔で見やると、雷は視線をこちらに向けてフッと優しい笑顔をうかべた。


「うん! あたしも皆と会えてよかった! またねっ!」


 緋月がそう言って大輪の花の様な笑顔を見せた瞬間、それは宵霞と雷――見鬼(けんき)を持たぬ者には見えなくなる。晴明が術を使ったのだ。


「それじゃあ、またいつか」


 唯一姿を見せていた晴明も、別れの言葉を最後に姿が見えなくなる。やがて独りでに扉が開いて、ゆっくりと閉まっていく。その様子を宵霞と雷、そして道真はいつまでも名残惜しそうに見つめていた。

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