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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第二章 現し世編
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二十一話 「またね!」

『――――――――!』


 影の、まるで(いなな)く様な断末魔が辺りに響き渡った。それは、決して苦しそうなものでは無い。それはそう、何かから解放されたかの様な、まさに安堵の響きを持っていた。

 突き刺さった槍の元から、闇が一斉に抜けていく様に浄化されていく。その瞬間から、周りの空気も穏やかなものになって行くのを緋月は感じていた。


「……ふぅ」


 影が完全に消え、ヤタは一人息をついた。ただ忘れられたくらいであの様な影を作り出すなど、何とも情けない――彼女の表情にはそう言った思いが色濃く現れていた。


「ヤタ!」


 そんな彼女の元へ、緋月は一目散に駆け出した。話したいことが沢山あるのだ。朧気だった記憶も徐々に明瞭になって行く。

 そうだ、そうだ、自分の隣にはいつもハクとヤタが居たのだ。一人と二柱、仲良く平安の地を駆け抜けたのだ。


「おぉ緋月! お待たせしました、ヤタさん完全復活です!」


 飛び付いてきた緋月をしかと受け止め、ヤタは楽しそうに笑う。その確かな安心感に懐かしさを感じ、緋月はグリグリと額をヤタの鍛えられた腹筋へと擦り付けた。


「おつかれさん……ほんま、アホガラスの戦いっぷりはいつ見ても危なっかしいんねぇ~」


「怪我は無いかっ!? えぇと……ヤタ、さん?」


 緋月の後を追って声をかけるのはハクと紅葉だ。紅葉は見ず知らずのヤタを気遣い、ハクは旧知の彼女をこれでもかと煽っていた。


「えぇ、この通り怪我などございませんよっ! ヤタさんは頑丈なので……ってコラァクソ虎ァ! 誰がアホガラスですかぁっ!」


 そう言って笑うヤタの身体には、確かに目立った傷は無い様で紅葉も安心した様に「そっか」と微笑む。直後「アホガラス」と呼ばれたことに気付いたヤタは、緋月を優しく引き剥がしてからズカズカとハクへと歩み寄った。

 その様子を見たハクはケラケラと楽しそうに笑い声を上げながら、


「えぇ~? なんのことぉ~? 聞こえやぁ~ん」


 とわざとらしくとぼけて見せた。その表情はまさに玩具を手に入れた晴明が如く、彼女が元は晴明の式神であったことをしかと示していた。


「~っ! 本っ当にムカつく奴ですねぇっ!?」


 対して詰め寄っていくヤタは、まさに十割増しで煩いが過ぎる十六夜の様。それに気付いた瞬間、緋月は兄と祖父のやり取りに感じていた懐かしさの正体を悟った。記憶が無い時も、きっとこの二柱(ふたり)の応酬をどこかで思い出していたのだろう。


「……良かったな、緋月! 記憶がちょっと戻ったみたいで」


 喜びを噛み締める緋月に、紅葉はニカッと笑って声をかける。彼女のことでは無いのに、何故か紅葉もとても嬉しそうだった。


「――! 紅葉……その姿……」


 同じく笑い返そうとした緋月であったが、目に映った相棒の姿が、あれほど彼女が忌避していた鬼の姿のままであった為言葉に詰まる。


「あー、これか? ……まぁ、確かにこの姿は好きじゃねぇけど、この力が誰かの役に立つってんなら……もう俺は迷わないよ」


 紅葉はつい、と額に生えた一本の角をなぞりながら笑った。そうして彼女は手にしていた大槌(おおつち)をいつもの(かんざし)に戻すと、手早く髪をまとめてそれを刺した。瞬間、彼女の姿はいつもの見慣れたものに戻り、それを見た緋月もようやく安心した様に笑った。

 緋月は、紅葉に無理をさせてしまったと感じていた。だが、それでも彼女の覚悟を踏みにじることはしたくない。だから、何も言わずに微笑むことに決めたのだ。


「ぐっ……確実に正しいのはヤタさんの方なのに、どうしても勝てる気がしませんね……っ!」


「くすくす、アホガラスはアホやから仕方あらへんねぇ」


「んがぁッッ!」


 そうして二人は、しばらく二柱のやり取りを楽しそうに見守っていたが、不意に緋月は何かに気付いた様にピンと耳を立てる。

 その瞬間、ピキンと空間に亀裂が入った。どうやらこの隠り世の主であった影を失い、徐々にこの世界は崩壊を迎えようとしている様であった。


「ぴゃっ!? た、大変紅葉! 早くここを抜け出さないと、あたしたちまで消えちゃうよぉっ!?」


 緋月は飛び上がって紅葉に縋り付いたが、対する紅葉は冷静だった。


「ん、平気だ緋月。落ち着け。まだ鳴神先輩に頂いた札が残ってる! えっと……その力を示し給え――急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 紅葉は制服のポケットから少しクシャクシャになった札を取り出すと、ただただ冷静に唱える。すると、緋月がその札を使った時の様に、隠り世の崩壊とは違う亀裂が空間に走った。


「――今度はどうしたっ!? ……って、勢揃いだな……? それに何か増えてないか?」


 亀裂から慌てた様に顔を出した(あずま)は、先程と打って変わってほのぼのとした空気感に呆気に取られていた。また、見知らぬヤタ(そんざい)を目にしてその表情へ更に困惑の色を現している。


「カミナリ先輩、大変! この隠り世が崩れ始めてるみたいなの!」


「――! そうか、討伐したのか! 後アズマだ!」


 緋月の焦った様な声を受けた雷は、納得が言った様な面持ちになって頷く。ついでに名前の訂正をしながら、彼は亀裂を人が通れる程の大きさまで広げた。


「早く来い! 空間程度の隠り世の崩壊は速いぞ!」


 そう声をかける彼の行動は手馴れていた。恐らく、何度もこういった空間に立ち入っては崩壊に立ち会って来た――もしくは崩壊に導いて来たのであろう。

 そんな彼の言葉に従って、緋月一行は次々と亀裂を通り現し世へと戻る。ヤタは久しぶりに外の世界の風を浴び、気持ち良さそうに伸びをしていた。


 緋月はそっと静かに、崩壊していく隠り世を振り返った。亀裂は徐々に元に戻っていく。それを見て、ようやく終わったのだと実感が湧いた。


「……全員来たな。とりあえず、簡潔にでも事の顛末を聞かせてもらおうか」


 緋月一行が誰も欠けずに戻って来たことを確認した雷は、安心した様に頷いて誰かに説明を求める。


「じゃあウチが……このアホ面はアホガラス、ウチと(おんな)じ緋月の式神なんねぇ。偽コックリさんの正体はこいつの怨念やったんよぉ」


「だから誰がアホ面のアホガラスですかーっ!」


 説明役を買って出たのはハクだった。彼女はヤタを適当に紹介すると、簡潔過ぎるほど簡潔に説明をする。もちろんヤタはその紹介に不満たらたらであった。


「こいつの……? いや、こいつも神だろう? それなら俺の調査で堕ちた神、と出るはずだが……もしかしてお前、人神か?」


 雷はハクから出た思いもよらなかった言葉に目を見開く。それもそうだ、彼の調査では今回の相手はいつもと違う――堕ちた神(じぶんのりょういき)ではないと出ていたはずだった。それなのに、正体は神の怨念でしたと言われたのであれば、その驚きも理解出来る。


「――? いえ、ヤタさんはれっきとした八咫烏……生まれついての神の一族ですよ?」


 雷の問いにヤタは首を傾げた。その反応に雷は更に困惑した表情になる。ヤタが人神では無いとなれば、辻褄が合わないのだ。彼は深刻な表情のまま、「どういうことだ……」と呟いていた。


「……そう言えば何でお前、現し世(こんなとこ)の近くにおったん? 例え忘れられたとしても、高天原(たかまがはら)おったら堕ちずに済んだんとちゃうん?」


 頭を抱える雷を他所に、ハクはほよ、と思い当たったことをヤタへと問うた。高天原(たかまがはら)――つまり神の住まう場所に居れば、少なくともこんな騒動を起こすことは無かっただろうと言っているのだ。


「あぁ、それなんですけどね……ヤタさんも大人しくそうしようと思っていたのですが、ある時急にあの隠り世へと閉じ込められてしまいまして……出ようにも出られませんし、力はどんどん弱まっていきますし……挙句にはどんどん緋月への恨みが強くなっていってしまって、結果こんなことになってしまったのです。全く、己が不甲斐ねぇですよ……」


 その問いに、ヤタは納得がいかないという面持ちのまま、ポリポリと頬をかいて答えた。


「そ――」


『――――!!』


 それは妙だ、と言おうとした雷の言葉は、突如発生した一際大きな歓声に掻き消された。声の発生源は近くの音楽堂。分厚い扉と壁に阻まれているにも関わらず、その大声は容易く全員の耳に届いたのであった。


「な、なんですかっ!? 敵襲ッ!?」


「――っ、不味い、ライブが終わったぞ! 人が来る……お前らさっさと戻れ!」


 一人騒いで槍を構えるヤタを無視し、雷は焦った様に緋月と紅葉を急かした。どうやら宵霞(しょうか)のライブが完全に終わった様だ。

 このまま中に居た人々が出てくれば、緋月たちは完全なる不審者だ。それを察した緋月と紅葉は、慌てて教室へと走り出す。元より二人は「大きな音が苦手だから」という理由で、教室視聴の身であるのだ。

 とにかくまた後で、と頷くと、三人は一度蜘蛛の子を散らす様に散らばっていった。


****


 帰宅後、陰陽亭にて。雷も呼び、ヤタについて議論していた所に、ある来訪者が現れた。


「――ひづ吉! 緋月、緋月、緋月……っ!」


「緋月ちゃん、紅葉ちゃん……!」


 それは、秋奈と千里であった。二人は顔を涙で濡らしながら、驚いて出迎えた緋月と紅葉に飛び付いてきた。


「あ、あきちゃんにちさちゃん……!? どうしたの!?」


「百合子が、ゆりこが起きたって……っ! それでっ、それでうち……っ! ひづ吉たちが……うぅ、うわぁぁんっ!」


 泣きじゃくる秋奈の言葉は、しっかりとした言葉になっていなかった。しかし百合子、という名を聞いて緋月はハッとする。きっと、彼女が目覚めたという連絡を受け取ったのだろう。

 それで、「必ず助ける」と約束をした緋月と紅葉を思い出し、二人して真っ先に駆け付けてきた、ということなのだろう。


 秋奈はわんわん泣きながら緋月をぎゅうっと抱きしめる。千里に至っては感極まるあまり何も言えず、紅葉に苦笑されながら撫でられている始末だ。


「そっか、百合子ちゃん起きたんだ……本当に良かった!」


 緋月はヨシヨシと秋奈の背中を叩きながら頬を染め、あの時出会った少女の目覚めを喜んだ。


 ――ちゃんと、助けることが出来たんだ!


 そう実感した緋月の心の中に暖かいものが生まれ、じわじわと喜びと感動が心を埋めつくしていく。紅葉も同じ気持ちである様だ。彼女も苦笑しながら、それでもどこか嬉しそうな色を乗せている。


「……っ、ごめん! マジで嬉しくて、涙止まんなくて……っ! ……よし、あのね、うちら今から百合子んとこ行くんだけど……」


 秋奈は強引に涙を拭うと、言葉を切って陰陽亭を見回す。


「……ひづ吉たち、忙しそうだね」


「あ……俺たちは気にすんな! 秋奈たちの再会を邪魔する訳にもいかないからな!」


 恐らく、一緒にどうかという意味であったのだろう。紅葉はクシャッと笑顔になると、自分たちは気にしなくてもいいから、と首を横に振った。


「ねぇ、あきちゃん、ちさちゃん」


 そんな中、緋月は一人深刻な顔で二人の名を呼んだ。


「――? どったの、ひづ吉」


「あたしたち、もしかしたらこれからもっと忙しくなって、すぐに学校行けなくなっちゃうかもしれないんだ」


「あ……そっか、緋月ちゃんたち……お手伝いで学校に来たって言ってたもんね……」


 緋月が明かした話に、秋奈はハッと瞠目する。その言葉に、千里はいつしか聞かされた話を思い出して、少し悲しそうに呟いた。


 緋月たちは現し世の住人では無い。ましてや、宵霞の様に上手く現し世に溶け込める訳でも無い。その為、いつまでもここに留まることは難しいのだ。

 だから、このコックリさんの呪いの問題が解決した今、緋月たちはもう妖街道へと帰らねばいけないのだ。


「そっ……か、そっか。ひづ吉……くー子……ううん、やめよ。うち、待ってるよ! 今度は百合子も一緒に遊ぼ? ね、約束! さよならじゃなくて、またねだからね!」


 秋奈は、何かを言おうとして、俯いて、口を噤む。

 しかし、すぐさまパァっと明るい表情になって笑った。その表情は晴れ晴れとしている。必ずまた会えると、そう確信しているのだ。

 そうして、小指を差し出して、「約束」と笑う。


「そうだね、約束……!」


「うんっ!」


「おう!」


 千里も同じく小指を差し出した。

 緋月も紅葉も、同じく笑いあって小指を絡めた。四人と、そして今はいない百合子の、約束。必ずまた会おうと誓いあって、ゆるゆると絡めた小指を解いた。


「……それじゃ、うちら行くから! ホントにありがとう――またね!」


 秋奈はもう一度緋月と紅葉の顔を見ると、ニコッと嬉しそうに破顔して感謝の言葉を口にする。先程約束した通り、「またね」と言って陰陽亭を後にした。


「……ね、緋月ちゃん、ちょっと耳貸して……」


 別れ際、千里は何かを思い出した様に緋月の元に戻ってきた。


「――? どうしたの?」


 緋月がキョトンとしてそれに従えば、千里は緋月の()()へと顔を寄せ静かにこう言うのであった。


「本当にありがとう……()()()()()の緋月ちゃん……!」


「へっ!?」


 緋月がギョッとして顔を上げれば、千里はニコリと優しく笑みを浮かべて秋奈の元へと戻っていく。


「……あはは、なーんだ。やっぱり視えてたんだ……」


 その背中を見送りながら、緋月はとても嬉しい気持ちで呟いた。

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