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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第二章 現し世編
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九話 いらっしゃいませ、お二人様

「こ、ここが……」


「紅葉ちゃんたちのお家……!?」


 あの後すぐに紅葉は、二人を陰陽亭へと招くことを提案した。千里は少し戸惑ったようだったが、秋奈は目を輝かせつつ二つ返事で承諾した。

 そんなこんなで、途中秋奈と千里には見えないハクに案内されつつようやく陰陽亭に辿り着き、二人は陰陽亭の立派な風貌に驚きの声を漏らしていた。


「お、おい緋月……陰陽亭ってこんなだったか……?」


「あ、あたしも思った……すごーく現代っぽくなってるよね……」


 しかし驚きの声を漏らしたのは秋奈と千里だけでは無かった。何せ今の陰陽亭の風貌は、妖街道で見ていたそれとまるで違うのである。今朝まではいつも通りであったのに、だ。

 確かに純和風の雰囲気は保っているが、入口近くの壁の一部がガラス張りになっていたり、テラス席が用意されていたりと、そこはかとなく現代らしい雰囲気へと変化していたのである。大方晴明の仕業だろう。


「た、ただいまぁ……」


 緋月が遠慮がちに扉を引いて中へ入れば、間取りに変化は無いようで、いつも通りの陰陽亭が緋月を迎え入れた。まばらに()()()客もいるようだ。


「いらっしゃいま……おや、おかえり。緋月、紅葉……ん? そちらのお嬢さん方は友達かい?」


 すると厨房からひょっこりと顔出した晴明が出迎えた。いつもであれば店の奥の方に座って客と談笑している彼であったが、緋月と紅葉がいない間はそうもいかないのだろう。晴明は珍しく紅葉のメイド服と対で置いてあるウェイターの服を纏っていた。


「あ、ただいま! じ……とー様! この二人は……その、あの話を聞く為に連れてきたの!」


 緋月は安堵したように晴明へと駆け寄る。正確には厨房前のカウンター席に、であるが。


「そうか、今なら茶の間は空いてるよ、好きに使うといい! ……美藍(めいらん)、お茶を頼めるかい?」


 晴明は作り終えたらしい料理をカウンター台へと置きながら、普段陰陽亭にて持ち込みの依頼を受ける際に使う部屋が空いてることを告げた。

 普段の癖で何も考えずに紅葉は料理を運ぼうとしたが、それを止めるように細長い指が紅葉の手を押さえた。


「アイヤ、紅葉(ホンイェ)様、これはワタシがやりますのデ! それと、お茶ですネ! 我明白(わかりました)!」


 驚く紅葉に、片言の透き通った声が話しかけた。いつの間にか後ろに居たのは、普段紅葉が着ているメイド服を着た、糸目の女性。彼女は糸目をさらに細めて晴明の呼び掛けに応じたことから、彼女が美藍と言う人物なのは間違いないだろう。


(こ、こんな人いつ雇ったんだよ……!? にしてもホンイェって誰のことだ……?)


 紅葉はつい叫びたくなる衝動を抑え、心の中で叫んだ。十六夜はいつもこんな気持ちだったのだろうか、という考えと共に暫定美藍をまじまじと見つめた。


「ふふ、紅葉(ホンイェ)様? ご友人をおまたせしてはいけませんヨ!」


 そう言われた紅葉がハッとして振り返ると、秋奈と千里がひそひそと話をしているのが目に入った。陰陽亭が物珍しいのか退屈はしていない様だったが、「お客様第一」をモットーに掲げている陰陽亭として、やはりそれは不味いだろう。


「あー、ごめん! 秋奈、千里、今すぐ案内するから! ……おい、行くぞ緋月!」


 紅葉が慌てて二人に声をかければ、二人はどこか安堵した様に頷いた。それからいつの間にやら別の客へと話しかけ始めていた緋月に声をかけ、茶の間へと急ぐのであった。


****


「じゃあ……詳しく話してもらっていいか?」


 茶の間へと移動し、美藍がお茶を置いて去っていった所で、紅葉が何処かソワソワとしている秋奈へ問いかければ、彼女はハッと佇まいを正して頷いた。


「分かった。えっと……、うちらがコックリさんやったのは二週間とか、そんくらい前。元々やろうって言ってたメンバーの中に百合子は居なくて、危険だからやめようって言いに来た百合子をうちが無理矢理巻き込んじゃったんだ……」


 秋奈は一度言葉を切って、唇をグッと噛んだ。正座の上でキツく拳を握り締めて、大きな瞳を潤ませていく。


「うちの……! うちのせいで……っ! 百合子は呪われちゃったんだよ……っ!!」


 秋奈は恨みがましく吐き捨てると、わぁっと泣き出してしまった。隣に座っていた千里が、慌てて秋奈の背中を摩った。その後ろめたい気持ちが伝播しているのか、千里も今にも泣き出してしまいそうだった。


「落ち着け、秋奈! 呪いってのはそんなに単純じゃない。呪われたのが一人ってんなら、何か……他に要因があるはずなんだ」


 紅葉は真っ直ぐ秋奈を見据えて、彼女を宥める様に優しい声音で説明をした。その言葉に、秋奈は嗚咽を漏らしながら顔を上げる。


「ほんと……?」


 彼女は掠れた声でそう問うと、真っ赤になった目で紅葉を見つめ返した。秋奈の瞳は、未だ不安と絶望に揺れていた。


「そうだよ! 原因が分かればあたしたちが何とかできるから、だいじょーぶ! えっと……コックリさんした時、なんか他におかしなこととかなかった?」


 緋月はそんな秋奈を励ます様に笑った。緋月の「大丈夫」という言葉に、ようやく秋奈は安堵した様な顔つきになった。

 しかし、後に続いた緋月の問いに、今度は千里が表情を固くしていた。みるみるうちに彼女の顔色は真っ青になって、千里は怯えた様に震え始めてしまったのだ。元々小柄な彼女は、震えて更に小さくなってしまった様に見えた。


「……ちさ? ちさ!? 大丈夫!?」


 千里の異変に真っ先に気付いた秋奈は、彼女の肩を揺さぶりながら必死に声をかけた。突然のことに驚いたのか、彼女の涙は既に引っ込んでいる様だ。最初は硬直していた緋月も慌てて立ち上がると、即座に千里の傍に駆け寄る。


「ちょ、誰か! 爺さ――」


「嫌な、予感がしたの……」


 飛び上がる様に立ち上がり、うっかり「爺さん」と晴明を呼ぼうとした紅葉の声を、千里の絞り出す様な声が遮った。


「嫌な……予感?」


 緋月は首を捻りながら聞き返すが、千里は静かに頷くだけでそれ以上は何も言えない様であった。秋奈だけがハッとすると、


「それって、いつも言ってる奴?」


 と何かを確かめる。声を出せない様子の千里がこくこくと何度も頷くのを見ると、秋奈は「うちが説明する」と視線を千里から緋月、そして紅葉へと移した。


「ちさ、昔からこうなんだ。お墓とか、ホラースポットとか? そういう所の近く通ろうとすると、いつもこうやって嫌な予感がするって言うんだ。なんだっけ、ほら……レイカンがあるって奴?」


 秋奈は先程まで泣いていたとは思えない程、しっかりと説明をこなしていた。そんな中、静かに彼女の話を聞いていた緋月と紅葉は、秋奈の最後の言葉に背すじを凍らせたのだった。


 レイカンと言うのは、あの霊を見たり存在を感知したり出来る、見鬼(けんき)と同意義の霊感で間違いないだろう。

 普段からその力を封じ、人と同等の姿をとっている紅葉はともかく、緋月の狐耳はどうせ見えないだろうとそのままなのである。確かに若干晴明の術をかけてはいるものの、それでも強い見鬼の才――つまり強い霊感を持つものであれば簡単に見えてしまうのだ。


「れ、霊感かぁ〜! 凄いね〜!!」


 焦った緋月はぎこちない笑顔を貼り付けたまま、違和感しかない棒読みで相槌を打った。そんな緋月に、「このアホ!」とでも言いたげな紅葉の視線が突き刺さった。


「そ、そんなこと……ないよ。私……、私はただ……嫌な雰囲気が分かるだけ、だから……」


 少し落ち着いたのか、千里は蚊の鳴くような声のまま遠慮する様にポツポツと呟いた。緋月はその言葉に、こっそりと息をついた。

 千里が謙虚すぎる可能性もあるが、どうやら緋月の耳は見えていない様であった。そもそも、今まで普通の態度で接されていたのだから見えているはずは無いのだが、緋月はそこまで考えが至らなかったらしい。


「は、はは……それが分かるだけでも十分凄いぜ! えっと……そんで、その嫌な予感がどうしたんだ?」


 紅葉も乾いた笑いを漏らしながら、冷静を装って話の続きを促したが、これでも内心はとても焦っていたのである。その口の端は若干引きつっていた。


「あ……その……」


 千里は思い詰めた様な表情で言い渋る。だが、すぐさま頭を振って紅葉の目を見ると、震える声で当時の状況を告げるのであった。


「一組から、凄く嫌な気配がしたの……でも、朝とか、次の日とかは何ともなくて……」


 それを聞いた紅葉は、そっと緋月に目配せをした。それは「何か感じたか?」と言う疑問の視線だったが、心当たりが何も無かった緋月は小さく首を横に振った。


「その……あきちゃんたちがコックリさんをする……って言ってた時だけ、すっごく嫌な気配がしたの……」


 千里は少し怯えた様に語気を窄めた。相当嫌な雰囲気であったのだろう、確かにその状況ならコックリさんという存在その物が怖くなってもおかしくない。


「うーん……となると、やっぱり問題はそのコックリさんっぽいな。多分、なんかの弾みでその辺に眠ってた呪いとかを呼び起こしちまったんだろうな……」


 紅葉は、今まで話されたことを整理しながら考察を口にした。半分は自分の為だが、もう半分は先程からぽかんと口を開けたままの緋月の為だ。


「え、すご……部長と同じこと言ってる……!」


「ぶちょー?」


 それを聞いた秋奈は、思わずと言った様に呟きを零す。それを、もちろん耳のいい緋月は聞き取り、首を傾げながら問うていた。


「あ、声に出てた? ごめんごめん、部長って言うのはさ、オカ研部の――」


『――♪』


 どうやら無意識の内に言っていたらしく、秋奈は少し驚くと、意気揚々と部長について話し始めようとする。しかし、それは唐突に鳴り出した音楽に掻き消されてしまった。


「あっ、ちょ! ごめん!」


 彼女は慌ててスマホを取り出すと、何者かと通話を始めてしまった。最初に「ママ」という単語が聞こえたので、恐らく相手は母親だろう。


「今のって……宵姉の曲だ!」


「あ……緋月ちゃんもShoさん知ってるんだね。あきちゃん、Shoさんの大ファンなんだよ……!」


 目を輝かせた緋月の呟きに、千里は嬉しそうに反応した。秋奈は宵霞のファンだそうだ。緋月は姉の人気ぶりに破顔すると、


「あたしも大好き!」


 と心の底から嬉しそうに同意した。思わず宵霞が姉であることを言ってしまいそうな緋月を、紅葉はハラハラしながら見守っていた。


「ごめーん! ママが早く帰って来いってさ。なんか、弟が熱出しちゃったみたい」


 秋奈は残念そうに言うと、残っていたお茶を一気飲みする。千里も彼女について帰る様で、慌てて支度を始めていた。


「部長の話はまた今度! ってか、明日連れてくから、また放課後待ってて!」


 そう言うと秋奈はビシッと緋月の鼻先に指を指した。緋月は一瞬呆気にとられたが、すぐさま「分かった」と頷いた。紅葉はそんな緋月を「また安請け合いを……」という面持ちで見つめていた。


「それじゃあまた明日ね! お父さんもお邪魔しましたーっ! ……ちさ、走ろ!」


「えっ……えぇっ!? ま、待ってよあきちゃん……! お、お邪魔しました……っ!」


 二人はこちらへ手を振りながら仲良く去って行く。意外と秋奈は足が速い様だ。見送っていた晴明も楽しそうに笑っていた。


「……結局、部長ってどんな人なのか分からなかったね」


「……だな」


 あっという間に小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、緋月と紅葉は困った様に言葉を交わしたのであった。

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