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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第二章 現し世編
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八話 紅葉と千里、そして

「安倍紅葉です。どうぞよろしくお願いします!」


 紅葉はピンと姿勢を正して、まさにお手本の様なお辞儀をした。これは幼い頃に礼儀を叩き込まれた結果だった。思い出したくもない記憶であるが、もちろんこういった部分は紅葉自身も大切に覚えているのである。

 紅葉が頭をあげれば、クラスは暖かな拍手に包まれた。何名かは未だに動揺が収まっていないようで、何処か釈然としない面持ちで手を叩いている。


「皆の衆仲良くね。紅葉氏、空いてる席は一番後ろだけど見える? ダメそうなら……じゃあ全員シャッフルで」


 木場は真顔のまま紅葉に問うた。後半の聞き捨てならない言葉を聞いた途端、クラス中から再び困惑の声が上がる。それを聞いた木場は「そーりー冗談」と呟いた。彼の冗談は非常に分かりにくい様だった。


「あ、大丈夫です! お……自分、視力には自信があるんで!」


 紅葉は一瞬自身を俺と呼びそうになり、慌ててそれを引っ込めながら答えた。木場はそのことに気付く様子も無く、安心した様に頷いてから紅葉に着席する様に指示した。


 紅葉が一番後ろの席まで移動すると、これから隣の席となるボブカットの少女と目が合った。


「よろしくな」


 と、紅葉が小さな声で告げると、隣の少女は少し恥ずかしそうに目を逸らしながら頷いた。


「じゃあ学級委員号令……あ、そーりー。居ないんだった。じゃあ……日直の橘氏、よろしく」


「っ! ひゃ、ひゃいっ!」


 何やら困った様子の木場の言葉に、恥ずかしそうに俯いていた隣の少女が慌てて返事をした。橘と言う苗字らしい彼女は驚きのあまり声が裏返っていて、彼女の顔は真っ赤に染まった。


「き……、起立、礼……」


 余程恥ずかしかったのか、隣の少女は蚊の鳴く様な声で号令をかけた。まばらにありがとうございましたを意味する言葉が聞こえ、教室内は再びガヤガヤと煩くなる。

 紅葉は自身が好奇の視線に晒される前に、先手を打って隣で縮こまっている“橘さん”へと声をかけた。


「なぁ、橘さん……だっけ? もし良かったら、まだ教科書とか持ってないから見せてくれねぇか?」


「えっ……あっ、えっと……」


 声をかけられた隣の少女は分かりやすく肩を跳ねさせて驚くと、困った様に目を逸らした。紅葉はしまったと思ったが、少女はやがて意を決した様に口を開いてこう言った。


「わ、分かった……! あの、その……私は橘千里(たちばなちさと)……千里でいいよ、えっと……紅葉、ちゃん?」


 千里は依然おどおどとしたままであったが、音を立てないように慎重な手つきで自身の机を紅葉の机へとくっ付けた。


「ん、分かった。ありがとう、よろしくな、千里!」


 紅葉が礼と共にそう言って笑えば、千里も嬉しそうに微笑んだ。それから千里が紅葉へと「何処から来たの?」と聞けば、それまで成り行きを見守っていたクラスメイトたちも近寄ってくる。

 紅葉は次々と飛んでくる質問に、難なく返答していった。隠り世のことや自身が人では無いことを上手くぼかし、見事田舎から来た転校生を演じ切ったのであった。


「にしても、いきなりこのクラスってのがなんか可哀想だよな。委員長にあんなことがあった後なのに……」


「ちょっと、その話は……」


 無事にクラスに馴染むことが出来た紅葉の耳に、不穏な雰囲気の話が飛び込んできた。お調子者らしい男子がうっかり口を滑らせた様だが、近くにいた女子に咎められ、それ以上話を聞くことは出来なかった。


「……!? おい、なんか顔色悪いけど、大丈夫か!? 千里……!」


 何か手がかりを得ようと千里に話しかけようとした紅葉は、彼女の顔色が尋常ではない程に真っ青になっていることに気付き、慌てて声をかけた。


「……ぇ、あ……だ、大丈夫……」


 千里は微かに震えた声でそう告げた。明らかに大丈夫では無い雰囲気だが、千里の「それよりもう授業始まるから」という言葉に押し切られ、紅葉は渋々前を向くのであった。


****


(……よし、初日にしては上々だな)


 放課後、紅葉は依頼帳簿――では無く、ただのメモ帳を見ながら一人頷いた。そこには今日このクラスで聞いた、コックリさん事件についてが記されていた。


(呪われたのは土御門百合子(つちみかどゆりこ)。このクラスの学級委員で……)


 紅葉はちらと千里を見た。彼女はせっせと鞄に教科書を詰めている。顔色も既に平常に戻っており、あれ以来特に取り乱す様子もなかった。


(千里の、親友……)


 これは、千里以外のクラスメイトに話を聞いてわかったことだ。被害者の百合子は千里の親友。それ故に、百合子の話が出た時に千里の様子もおかしくなったのだろう。


「お、お待たせ紅葉ちゃん……!」


 紅葉が一人考察をしていると、準備を終えたらしい千里が声をかけてきた。これから二人は共に一組へ行くことになっていた。紅葉は緋月と共に帰る為に、そして千里も同じくもう一人の親友と帰る為だ。


「おう、行くか!」


 これは紅葉に限らず緋月もそうなのだが、二人は他人と仲良くなるのがとても速い。緋月は底抜けの明るさで、紅葉は普段の仕事で磨かれた聞き上手で、あっという間に他人と仲良くなってしまうのであった。

 その証拠に、明らかに人見知りをしそうな千里でさえ、既に紅葉には気を許しているように見える。もちろん千里だけでなく、クラスメイトたちもそうだ。彼ら彼女らの中には、既に紅葉と呼び捨てで呼び合う程の者も居るのであった。


「あきちゃんのことだから、もしかしたら紅葉ちゃんの従姉妹さんとも仲良くなってるかも……!」


 一組へと向かう道中、千里はそんなことを口にした。紅葉は「まさか」と笑ったが、心のどこかでそんな様な気もしていた。それ故に、その言葉が本当になった途端、思わず紅葉と千里は笑ってしまったのであった。


****


「おい緋月、なんか収穫あったか?」


 帰り道の途中、秋奈と千里が話し出した途端に紅葉は小声で緋月に声をかけた。


「んーん、全然ダメ……あたしのクラス、その話みんな避けてるみたいで……、紅葉は?」


 その問いに緋月は首を横に振りながら答える。何度かコックリさんについての話をしようとしたのだが、その度に秋奈や別のクラスメイトが話題を変えてしまったことを緋月は思い出していた。


「まぁボチボチだな。でも詳しいことは何も分からなかった……困ったな」


 紅葉とて情報を集めたものの、それは“初日にしては”良い方であっただけで、特別有益な情報が得られていた訳では無かった。緋月の方も収穫は無しとあって、紅葉は眉をひそめて呟いた。


「おーいひづ吉、くー子! 何話してんの?」


 そこへ千里との会話を終えたらしい秋奈が乱入してきた。彼女はヒソヒソと声を潜めて話している緋月と紅葉の間に割り込むと、興味津々に問いかける。


「んわぁっ! べ、別にコックリさんの話とかしてないよ!」


 それに驚いた緋月は慌てて下手くそが過ぎる嘘をついた。見てわかる通り、緋月は嘘をつくことが大の苦手だ。それを聞いた秋奈は目を見開き、紅葉は信じられないと言った様に額に手を当てた。


「…………、なんで、二人がその話してんの?」


「あ、その……えっと……っ!」


 緋月が秋奈の鋭い言及に狼狽え、何かを言おうと口を開いた所を紅葉が止めた。彼女は「俺が言うよ」と頭を振ると、真っ直ぐと秋奈を見据えた。


「ごめん、皆がこの話題を避けてんのは分かってるんだけどさ……俺たちはこの件について情報を集めなきゃいけないんだ。俺たちの家は、その、祓い屋……だから」


 紅葉は上手い具合に自分たちのことをぼかして、秋奈たちが納得する様な説明をした。


 ちなみに地獄出身の彼女はもちろん嘘がつけないが、今の説明では一切嘘は言っていない。こういう少々ずる賢い面を見ると、彼女もしっかり晴明の血を引いていると言えるだろう。


「祓い、屋……?」


 いつの間にか傍に来ていたのか、紅葉の言葉を聞いた千里は信じられないと言った様に目を丸くした。その後すぐに「あきちゃん」と秋奈の名を小さく呼んだ。


「っ、分かってる……ねぇ、ひづ吉、くー子。それって、二人なら百合子んこと助けられるってこと?」


 秋奈は真剣な顔で問うた。何の情報も得ていない緋月は百合子の名に首を傾げていたが、紅葉は秋奈の目を見たまましっかりと頷いた。


「うん、俺たちなら出来る……と、思う。でもその為には情報が欲しいんだ。頼む、あの時何があったか教えてくれないか?」


 紅葉の頼みに、秋奈は俯いて口を閉ざす。その固く握られた拳は小刻みに震えている。再び千里に名前を呼ばれて、秋奈はハッと我に返った。


「……うん、分かった。話す、話すから……お願い! 百合子んこと助けてっ!」


 まるで神に縋るかの様な、秋奈の悲痛な懇願に、緋月と紅葉は真剣な顔で大きく頷いた。

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