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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第二章 現し世編
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五話 本題に入りましょうか

「な……っ、何言ってんだ緋月!?」


 紅葉はいち早く混乱から立ち直ると、目を丸くしたまま緋月へと詰め寄った。そのあまりの勢いに、緋月は両手を小さく上げて、


「あ、いや……なんとなく思っただけで……!」


 と半ば言い訳の様なことを述べた。緋月自身も、どうしてそのようなことを言ったのか分かっていない様子だ。


「…………!」


「…………」


 宵霞と校長は固まったままだった。心底驚いた様な表情で、ゆるりとお互いの目を合わせ、そうしてもう一度緋月へと視線を戻した。


「……くっ、ふふふ……あはははっ!」


 その時、晴明がまるで堪えきれないと言うように笑い始めた。突然の行動に宵霞と校長の二人は再びぽかんとする。


「はぁ、ふふ……流石は僕の孫だ。一瞬で見抜くだなんて凄いじゃないか」


 ひとしきり笑った後、晴明は涙を拭いながら緋月を褒めたたえた。彼は息を整えながら「あぁお腹痛い」などと呟いている。


「さて、お出迎えありがとう、校長殿――いや、道真殿……と言った方がいいかな?」


「ん? 道真……? 道真ってどっかで聞いたことがあるような……」


 晴明が校長に向き直って放った言葉の中に、紅葉は耳にしたことのあるような単語を聞いて、一人首を傾げた。晴明はくすくすと笑い声を上げている。


「おや、私のことをご存知とは……お見逸れしました! 如何にも、私は菅原道真(すがわらのみちざね)。この現し世では学問の神としてそこそこ有名なのですよ?」


 名を当てられた校長――改め菅原道真は、パチンと手を叩くとにこりと優しげな笑みを浮かべた。それを聞いた紅葉の顔から、サーっと血の気が引いていった。


「そ、そうだ……思い出した……! 道真ってかの有名な道真公しかいねぇ……! それが何でこんなところに居て、しかも学校長なんてしてんだ……?」


 紅葉は後ずさりながら言葉を連ねていく。彼女は普段から書物を読み漁っている為、自分や緋月が生まれる以前の歴史も頭の中に叩き込まれているのである。もっとも、妖街道に存在する資料の中で一番古いものは現し世が「江戸」と呼ばれている時代の物なので、紅葉の知識もそこで止まってしまっているのだが。


「……? 有名な人なの?」


 一方、物知りとはほど遠い存在の緋月は、いつものように小首をかしげて紅葉へと問うた。紅葉は自分が晴明の孫と分かってから更に沢山の書物を読み込み、関係する知識を付けていったのだが、緋月は違った。もちろん何度か挑んではいるのだが結果は全敗だ。緋月は晴明の話を聞くまでが限界のようだった。


「っ、いや、流石にお前は知ってろよ……菅原道真と言えば、落雷の祟りだろ? 確かに爺さんも生まれる前の話だったかもしれないけど、後世にも伝えられるような話だぜ? 全く、お前ももっとちゃんと書物読めよなー」


 その緋月のきょとんと表情したに思わず苦笑を漏らしながら紅葉は答えた。無論しっかり勉強しろという小言を付けてだ。


「落雷の祟りぃ……? うぅ、全然わかんない……」


 しかしそう言われても緋月はピンとこず、へにょんと狐耳を下げてあからさまに落ち込んだ。


「おや、よくご存じですね! それとお嬢さん、知らずとも恥じることはありませんよ。近年では私のご利益は知れど、私がどのような神なのか詳しく知らない人の子も増えてまいりましたので……」


 それを静かに見守っていた道真は、満面の笑みを浮かべながら気にすることはないと言った。その笑みは言葉を言い切る頃にはどこか寂しそうなものに変わっていたが、それもすぐに元に戻っていた。


「そうだよ緋月! 大丈夫、アタシなんか最初会った時、校長が神様なんて全然わからなかったし!」


 宵霞は道真の言葉を引き継ぐように緋月を励ました。あっけらかんと笑いながら、現在もなお道真がどのような神なのか理解していないことを明かした。


「それはそれでどうかと思うぞ、宵霞姉さん……」


 それは緋月を励ますだけでなく、紅葉の苦笑いも誘い出す結果になったのだが。



「ところでそちらのお方……私の名を当てるのみにならず、何やら奇妙な気配をまとっていらっしゃいますね? もしや貴殿も人神なのではありませんか?」


 道真は話を変えるようにパンと手を打って晴明をちらりと見ると、今度は晴明も人神であることをあっさり言い当てた。言い当てられた晴明に驚くような素振りは一切ない。寧ろ、わかって当然だろうと言いたげな笑みを浮かべているのである。


「あははご名答! 僕は安倍晴明だ。貴殿より後世の者だが、貴殿と同じ様に有名な自信はあるよ!」


 晴明は何故か道真に張り合うように笑う。理由は単純明快、単に彼は負けず嫌いなのである。よりにもよって大好きな孫が相手を有名だと褒めていたのであれば、自分にもその素質があると声を大にして言いたくなるのだ。


「……あ、やっば」


 不意に宵霞は被っていた帽子を深く被りなおした。気付けば、何人かの生徒が怪訝そうに窓から様子をうかがっていたのだ。ここは裏門であったのだが、そんな場所に校長がいることが逆に怪しく見えてしまったのだろう。よく耳をすませば、興奮したような声で「あの人ってさ」や「もしかして」という単語が聞こえてきた。


「ごめーん、バレそうだから続きは中で話さない?」


 困ったような宵霞の提案に道真は慌てて頷くと「こちらです」と全員を校内へと案内するのであった。


****


「さて、しばらくは誰も入ってこないので、術を解いて下さって構いませんよ! さ、どうぞ腰掛けて下さい!」


 お茶を置きに来た副校長らしき人物が下がった後、道真はにこやかに言った。副校長は一般人であったらしく、お茶の数に合わない人数に怪訝そうな顔をしていたが、道真の「私が全部飲みますので」という、何ともいい加減な言い訳にげんなりしたような顔で下がって行った。


「そうかい? じゃあお言葉に甘えて……」


 晴明は指を鳴らして術を解くと、一番乗りに長椅子に腰掛けた。術をかけられた本人に特に変わりは無い為緋月と紅葉は何も感じなかったが、宵霞は少し安心したように「そこに居たんだ」と呟いた。


「おや? 後ろの御二柱はよろしいのですか?」


 緋月と紅葉が椅子に座ったのを見届けた後、道真は不思議そうな表情で問うた。緋月はまだ自分の術が解けていないのかと思ったが、宵霞としっかり目が合ったのでその可能性は無いだろう。


「ふた、はしら……?」


 眉根を寄せたまま紅葉は呟いた。緋月は気にしていない様だったが、柱と言うのは神を数える際の単位だ。この面子の中に、神は晴明しかいない。


「……んもぉ、せっかく隠れとったんにぃ〜。言わんで欲しかったんよぉ〜」


 首を傾げている緋月と紅葉の後ろから、間延びした声が一つ。どこかわざとらしく怒るようなその声は、二人にとって聞き覚えがありすぎた。


「えぇっ!? ハク!? 何で!?」


 その聞き馴染みのある声に二人が慌てて振り返れば、そこにはわざとらしく頬を膨らませているハクの姿があった。彼女は緋月の驚きのあまり飛び出した疑問を聞いてニッコリと笑うと、


「最初からおったんよぉ」


 と嬉しそうに答えて緋月の隣へ腰掛けた。どう見ても三人用の椅子であったが、緋月と紅葉が子供であったことが幸いしてハクも隙間にピッタリ収まったのである。


「あれ? もう一柱は誰なんだ?」


 二柱のうち、一柱はハクだと分かったが、そのもう片方は依然謎に包まれたままだ。紅葉は呟きながら「まさか夜兄ちゃんが?」と考えたが、そうであったら今までに晴明への怒りのツッコミが入らなかったのはおかしい、と思い直した。


「……ほっほ、儂のことなら気になさらずともよいですじゃ。儂はただの晴明様の護衛でございます故」


 その瞬間、緋月と紅葉の知らない声が聞こえて、二人は再び後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。どうやら隠形(おんぎょう)を解かぬまま喋っている様だ。


「この声は玄武じぃの声なんよぉ〜」


 不審げな表情で硬直した二人に、ハクはこっそり声をかけた。確か玄武は晴明の式神だったはずだ。

 通りで動揺しない訳だ、と紅葉は一人納得していた。その時十六夜の「くえないジジィ」という評価が頭をよぎって、吹き出しそうになったのを何とか堪えた。


「おぉ、そうでございましたか……! それはご無礼を……と、色々話が逸れてしまいましたね。そろそろ本題に入りましょうか!」


 声をかけたことは余計なお世話だったことを悟った道真は、深々と頭を下げて非礼を詫びる。そうして頭を上げた後、にこりと笑って緋月たちがここへ来た目的について触れようとした。


「そうそう! 今日アタシたちがここに来たのは、ちょっと前にあったコックリさん事件について話があって……って言っても、アタシはよく分からないんだけどね〜!」


 宵霞は、話は伝わってると思うけど、と前置きをして語り始めた。とはいえ、彼女は現し世の案内役を買って出ただけであり、ほとんど事情が分かっていない為、晴明に続きを話すように目配せした。


「では、続きは僕から話そう。ご存知の通り、おそらくあれはその辺の低俗な霊の仕業などでは無く、強い怨念の仕業だと考えられる。僕たちはそれを解決する為にここまで来た、という訳だ」


 満足そうにお茶を啜っていた晴明は宵霞の暗黙の指名を受けて微笑むと、改めて概要を話し始めた。


「えぇ、お話は伺っております! 私共は同胞やある程度の化生の者なら干渉が出来るのですが、人の怨念などとあらば干渉が許されておらず……どうしたものかと頭を痛めておりました」


 晴明の説明に道真は大きく頷くと、腕を組んで目を伏せた。小さくため息を着く様はまさに困り果てている、ということを表していた。


「任せて! あたしたち陰陽亭は、妖怪とか怨念とかの事件を解決するのもお仕事だから!」


 緋月は胸を張って一言。相手が神だとしても緋月はいつも通りの通常運転だ。最も緋月は近くにハクという存在があるせいで、神の存在が身近に感じられるのかもしれないが。


「それについてなのだが、もしそちらが良ければ何回か調査の場を設けて貰いたいんだ。良いかな?」


 緋月の言葉を引き継ぐようにして、晴明はそう告げる。「どうもこの格好だと目立ってしまってね」と飄々と笑いながら暗に、目立たないよう予め周知してはくれまいか、と意図を言葉の中に埋め込んだ。


「なるほど、お任せ下さい! それについて、一つ私から提案があるのですが……」


 道真は一度そこで言葉を切って全員の顔を見回すと、ニコリと笑って誰も思いもよらなかった提案を口にするのであった。

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