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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第二章 現し世編
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二話 画面の向こうの異変

 宵霞が見せている映像の中に映っていたのは、四、五人の少女たちであった。皆が同じ制服を纏って、文字と鳥居が書かれた紙の上に置かれた十円玉に指を乗せている。


『じゃーやるよ?』


 その中のうちの一人が緊張した様に声をかければ、周りの少女たちも次々に同意やら興奮やらを口にした。映像の一番手前に映っている少女は恐怖に駆られているのか、どこか浮かない顔をしていた。


『コックリさん、コックリさん、おいで下さい。おいで下さいましたら「はい」へお進み下さい』


 やがて少女たちはちらと互いに目を合わせて頷くと、コックリさんの常套句とされている言葉を揃えて言う。

 するとそれに呼応するように、じわりと十円玉が動いて髪に書かれた「はい」の上へ移動した。


『う、動いた!』


 その瞬間、少女たちはワッと歓声や悲鳴を上げて喜びや恐怖を露わにする。


『っ、手を離しちゃダメよ』


 あまりのはしゃぎ様に、先程まで浮かない顔をしていた少女が慌てた様にぴしゃりと注意を飛ばす。周りの少女たちは分かってるって、と笑いながらコックリさんへと質問を始めていた。


 明日の天気から始まり、テストの内容や想い人のこと、更には将来のことなどをコックリさんに問うて、少女たちは答えが出る度にキャーっと楽しそうな悲鳴を上げていた。



『コックリさん、コックリさん、どうぞお戻り下さい』


 やがて時は過ぎ、いくつかの質問を終えた所でコックリさんはあっさり「はい」と移動し、降霊術は終わりとなる。


『やば、超アガったんだけど』


 しかし動画はまだ続いていた。コックリさんが終わった途端に一人の少女が呟くと、その少女へとピントがあって周りの少女たちの賛同する声も聞こえてくる。


『……え? 十円玉勝手に動いてない?』


 不意に、怯えた様な声が動画に入り込む。映像は再びコックリさんが行われていた用紙へと変わった。


「――っ!」


 途端、宵霞を除いた全ての人物が息を飲んだ。緋月や紅葉、十六夜だけではなく、普段は表情が崩れるのことの無い晴明までも、である。


 用紙の中心に置かれていたはずの十円玉が、勝手に動き始めたのである。動画はそこでピタリと止まっていた。


「やばいでしょ!? これ、十円玉が勝手に動き出すの!」


 宵霞は興奮しながら動画の異常性を訴える。彼女はただ勝手に十円玉が動いているだけの様に見えている様だったが、実際は違った。


「しょ……、宵霞……これは、これは……!」


 十六夜は目を見開いて声を震わせる。あまりの衝撃に言葉の続きを紡ぐことが出来ない様だ。


「……! …………っ!!」


「なぁ……おい、これ……っ!!」


 緋月ははくはくと口を動かしたまま動画に釘付けになり、紅葉は青ざめた表情で十六夜や晴明へと何かを訴えようと試みる。しかし紅葉も十六夜同様言葉が続かない様子だった。


「へ? な、何? なんか映った!?」


 宵霞は周りの反応に恐怖を覚え、今まで見ていなかった画面を覗き込んで、動画を少しだけ巻き戻した。


『……え? 十円玉勝手に動いてない?』


 しかし、やはり動画には騒ぐ少女たちと勝手に動く十円玉しか映っていない。宵霞は当惑したまま何があったの、と問うしか無かった。


「……これは、呪い……だね」


 やがて晴明が重々しく口を開いた。彼らの目には、人間に近い性質を持つ宵霞には見えないものが映っていたのである。


 コックリさんが行われていた用紙へとカメラが向いた途端、そこに映っていたのは書かれた鳥居から溢れ出す黒いモヤであった。

 モヤは禍々しく蠢いて、近くにいた一人の少女へと手を伸ばす。その瞬間に動画は終わっていた。


「あの、最後の子……呪われちゃった、ってことだよね……」


 緋月は表情を硬くしたまま呟いた。時が止まった動画の画面を穴が空く程見つめても、その後の世界が映し出されることは無い。最後に呪いに手を伸ばされた少女の安否は、依然として知ることが出来なかった。


「それは……、続きを見ることが出来ない以上断定は出来ない。だが、十中八九呪われてしまっているだろうね。彼女たちに、呪いが見えている様には見えなかった」


 晴明は目を伏せながらそう言うと、画面内に映った呪いをそっと撫でた。


「じゃ、じゃあ助けてやらねぇとじゃんか……!」


 晴明の言葉に今まで呆然としていた紅葉がハッと我に返ると、愕然とした顔のまま呪われた少女の救出の必要性を説いた。


「いいや駄目だ、危険すぎる」


「悪いけど、これには僕もお爺様に賛成……正体も何も分かっていない相手の上に、これは広い現し世の問題なんだ。何の情報も持たない僕たちが探し出せるはずが無いよ……」


 しかし、晴明も十六夜も首を縦には振らなかった。分が悪すぎるのだ。全体を掌握出来る妖街道とは違い、現し世はあまりにも広すぎる。その為この出来事が何処で発生したものなのか知りようがなかったのである。


「っ……!」


「で、でも……っ! あたし、こんなの見ちゃったら放っておけないよ……!」


 押し黙ってしまった紅葉の代わりに、緋月が悲痛な表情のまま食い下がる。その瞳には強い意志が宿っており、テコでも動かないつもりの様だった。


 その言葉に十六夜が正論を返し、緋月が再び食い下がる。晴明は無表情のまま、紅葉は歯を食いしばったままそれを静かに眺めている。


「あ、あの〜、揉めてるとこ悪いんだけど……アタシ、この制服の学校知ってる……」


 そんなことが何度か繰り返される後に、食い入るように何度も動画を見返していた宵霞がおずおずと、申し訳なさそうに口を挟んだ。


「……は!?」


「ほ、ほんとっ!?」


 一拍おいて、二人は真逆の反応を返した。十六夜は信じられないといった顔のまま宵霞に視線をやり、緋月は希望が見えたと言う様な顔で宵霞へと縋るような視線を送った。


「ほ、ホント……これ多分、アタシの母校の中等部の制服だったと思う……」


 二人の視線を浴びて、宵霞はタジタジと言葉を返した。何度も見返した後に、今まではしっかりと見ていなかった制服が目に入り、それが自身の知ってる学校の物であると判明した様だった。


「じゃあ行けるじゃねぇか! 問題解決だ!」


「ちょ、ちょっと待って」


「そうだよ、行こう! 今すぐ行こう!?」


「ま、待ってってば! ……宵霞、今の話本当? 本当に宵霞の知ってる場所で起こったこと?」


 十六夜は今すぐにでも陰陽亭を飛び出しそうな二人の首根っこを捕まえてから、宵霞に再度確認を行う。その顔には間違っていて欲しい、と大きく書かれているのが見て取れた。


「……うん、本当。この校章は絶対そう!」


 しかし宵霞は自信満々に頷いた。瞬間、十六夜の深い深いため息が零れた。信じたくないと肩を落として、何かに耐えるような呻き声をあげる。


「……ぉ、おじい……様」


「ん? 何だい?」


 十六夜は喉が潰れそうな唸り声のまま晴明をよぶ。呼ばれた晴明はきょとんとして十六夜の言葉の続きを待った。


「あの調査……はぁぁ……、緋月と紅葉と共に調査を、頼んでいい……ですか」


 そう大きなため息を混ぜて言う十六夜の顔からは表情が抜け落ちていた。彼のその死にそうな呻く声には、晴明だけには絶対に任せたくないと言う強い思いが表れていた。

 しかし彼には一向に終わりが見えない量の仕事が残されているのである。その為、現し世まで同行することは不可能であった。


「えっ、いいよ!」


 対する調査を任された晴明は、まるで玩具を与えられた子供の様に顔を輝かせた。十六夜に首根っこを掴まれたままの緋月と紅葉も同様だ。


「ご、ごめん……十六夜……」


「うん、いいよ、気にしてないから、うん」


 もちろん晴明が屈指のトラブルメーカーであることは、宵霞も重々理解はしている。なので彼女は申し訳なさそうな面持ちのまま、十六夜へと謝罪の言葉を告げた。

 しかし十六夜は死んだ目をして首を振りながら、その謝罪を受け入れる。やはり彼もどんなに足掻いても晴明の血を引いているのだ。手が届くと分かった以上、手を伸ばさず見捨てると言う選択肢は取れなかった様だ。


「あれ、(よい)兄さんは行かないのか?」


「そりゃ行きたいけど……! 僕じゃなきゃ回らない仕事があるんだ……」


「あ、あぁ……なるほどな……」


 ようやく首根っこを離された紅葉の純粋な問いに、十六夜はガバリと顔を上げて食い気味に答える。そのあまりの勢いに、紅葉は少し引き気味だった。


「っ、紅葉ぁ! 絶ッ対にあの糞ボケ(ひと)から目を離しちゃダメだよ!?」


「うぇ!? お、おう……!?」


 十六夜はそのままの勢いを保ったまま、紅葉に晴明のお守りを頼む。その顔がいつも以上に必死で、紅葉は咄嗟に頷くしか無かった。


「よーし、それじゃあ話も纏まったことだし、行こう! 現し世に!」


 こうして、宵霞の高らかな宣言と十六夜の何度目か分からない大きなため息が陰陽亭に響き渡るのであった。

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