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陰陽亭〜安倍緋月の陰陽奇譚〜  作者: 祇園 ナトリ
第一章 妖街道編
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九話 霊山での危機!

「うーん、おっちゃんたちには、ちょっと悪いことしちゃったかなぁ?」


 緋月は弐番街道を駆け抜けながら、静かにそう呟いた。あの二人は名前こそ知らないが、毎度会う度に優しくしてくれる良い鬼たちなのだ。

 そんな二人の言葉を無視してきてしまったことに、緋月は少し心を痛めていた。


「でもでも、そんなに待ってられないよ! ……紅葉だって頑張ってくれてるんだし」


 しかし、弐番(ここ)以外の街道を全て担うことになった相棒のことを思い出し、緋月は頭を振ってそのことを忘れようと試みた。


「多分、地獄の入り口ってこっちだったよね……?」


 緋月は独り言を呟きながら、寂れた住宅街のような場所の角を曲がる。


「……ついたぁっ! ほえぇ、これがれーざんかぁ……」


 すると、緋月の目の前には荘厳な岩山への入り口が現れた。木行を司る参番街道の山とは違い岩肌が目立つものの、それでもその大きさは参番のそれと同等であった。


「うーん、別に悪い気配はしないし……ちょっとだけだから大丈夫だよね!」


 一度立ち止まって霊山を見上げていた緋月は、こちらに害をなすような邪悪な気配を一切感じなかったため、気合を入れるように息を吐き出して勇敢に一歩を踏み出した。


「とは言ったものの、れーざんの何処にお札貼ればいいんだろう? ……頂上とかになんか有るのかな?」


 亜麻色の地面を踏みしめながら、ふと緋月は考えた。そう言えば緋月は、霊山について何も知らなかったのである。


「と、とにかく行ってみるしかないよねっ!」


 緋月はしまったと思いつつも気持ちを前向きに切り替えて、ひとまず頂上を目指すことにした。


****


「ふへぇ……、やっと着いたぁっ……!」


 やっとの事で頂上にたどり着いた緋月は、情けない声をあげつつも大きく喜びを表す伸びをした。


「ここが頂上……で、いいんだよね?」


 緋月はきょろきょろと辺りを見回して呟いた。上を見上げれば緋色の空が近い。恐らくここが頂上で合っているだろうが、特別な物は見当たらない。


「うぅ、こうなるなら紅葉にちゃんと聞いてくれば良かったなぁ……」


 そう呟いて、緋月はガックリと肩を落とす。きっと地獄出身の彼女であれば、この霊山のことも隅々まで把握していたであろう。


「……って、あっ!? あれってもしかして祠かなっ!?」


 めそめそしょんぼりとしていた緋月がふと目線を横に移せば、くぼんだ場所に小さな祠があることに気が付いた。

 それを発見した緋月はパッと瞳を輝かせると、軽い足取りで祠へと駆けて行った。


「……あれ? ええと……、これは金塊? なんでこんな所に……」


 ぱたぱたと軽やかな足取りで祠に近付いて行った緋月だったが、祠の中に似つかわしくない物を発見しそっと首を捻った。

 よくよく見れば金塊だけでは無く、煌びやかな簪や翡翠の勾玉なども、まるで祠の奥に隠されるように置いてあった。



手前(てめえ)、そこで何してやがる!?」


 と、不審に思っている緋月の背後から、まるで刺すような荒々しい声がかかった。


「ぴゃっ!? え、えぇと……こ、こんにちは? あれ、もうこんばんはかな……?」


 怒気を孕んだ大声に緋月は身をびくりと震わせて驚き、頬を引き攣らせながら振り返った。


 そこには鋭い視線でこちらを射抜く、ガタイのいい鬼の姿があった。角は二本だが、それに加えて口から出るほどの長い牙も二本生えていた。その表情は訝しげで、祠を漁っていた緋月のことをジロジロと舐め回すように見ていた。


 明らかに危険な匂いがする、と緋月の野生の勘が告げていた。そのため緋月は無意識のうちに呑気な返事をしていた。


「そんなことは聞いてねぇ! そこで何をしてると聞いてンだ、さっさと答えやがれ!」


 しかしそれはどうやら逆効果であったようで、大鬼は苛ついたように声を荒らげた。彼が怒りを感じているのは火を見るより明らかだった。


「あ、あたしはこの祠に用があって……! お兄さんは……?」


 緋月はその大声に身をすくませ、しどろもどろになりながらも答えた。瞳は小刻みに震えている。緋月は今にも泣き出してしまいそうだった。


「……チッ、警備隊(あいつら)の仲間か……面倒臭ぇ、潰す」


 大鬼は忌々しそうに呟いて、背負っていた棘付きの金棒を手に持った。どうやら何か勘違いをしているようだった。


「へっ!? 何のことっ!?!」


 取り出された金棒を見て、緋月は目を白黒させながら慌てた。


「動くなよガキ! 一発で潰してやる!」


「まっ、待って! あたしは何も……!」


 大鬼は金棒を思い切り振りかぶる。緋月が弁明しようにもとにかく時間が無いし、何より既に大鬼は緋月の言葉を聞く気が無いようだった。


「うるせぇっ!」


「んわぁっ!」


 大鬼は力任せに金棒を振り下ろしたが、動体視力と反射神経の良い緋月は間一髪の所でそれを避ける。避けた緋月が慌てて先程まで自分がいた場所を見れば、そこは大きく抉れて金棒がくい込んでいた。


「――っ!」


 このままでは死ぬ、と直感的に理解した緋月は、恐怖で震える足を叱咤しながら、脱兎のごとくその場から逃げ出した。


「チッ、待て! 逃げンじゃねぇっ!」


 大鬼も舌打ちを一つすると、唾を飛ばして怒鳴りながら緋月を追いかけた。


****


「っ……、はぁ…………っ」


 緋月は息を切らしながら駆けていた。どれだけ疲れても足は止められない。捕まってしまったらどうなるか分かっているからだ。


「何処行きやがった!?」


「……っ!」


 背後の方から大鬼の怒り狂った声が聞こえ、緋月は咄嗟に岩陰に飛び込んで息を潜める。


「そこだなっ!?」


 しかし恐怖から微かに息がもれてしまい、呆気なく緋月の居場所はバレてしまった。


「ひゃあっ!」


 大鬼が振り下ろした金棒が当たり、緋月の身を隠していたはずの岩は簡単に砕け散った。緋月は悲鳴をあげて転がるようにその場から逃げ出す。


 しかし小柄な緋月がどれだけ足を動かしても、大鬼の足では簡単に距離の差は縮められてしまう。


「よ、妖魔縛々(ようまばくばく)っ! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 焦った緋月は目線を後ろの大鬼にやると、その足止めをするために捕縛術を放った。これは護身用に十六夜から教わっていた術だ。


「なンだぁ……?」


 土行の十六夜から教わった捕縛術は、ダダダと大きな音を立てて岩壁が立ちはだかり、相手の行く手を阻むというものだった。


「こンなもン効かねぇよ!」


 十六夜の放つものであれば効果は十分なのだが、半人前の緋月の術では足りなかったようだ。大鬼はあっさりと立ちはだかった岩壁を砕き、再び緋月の追跡を始める。


「ひっ……!」


 緋月は引き攣った悲鳴をあげて、走る速度をぐんと速くした。


(逃げなきゃ……とにかく逃げなきゃ……っ!)


 緋月はぐにゃりと歪む視界を振り払いながら足を動かし続ける。追い付かれてはいけない。逃げ切らなくてはいけない。


(あぁ、おっちゃんたちの言うこと、ちゃんと聞いておけば良かった……っ!)


 緋月はボロボロと後悔の涙を零しながら、足場の悪い霊山を前へ前へと駆けて行く。あんなに注意されていたのに、どうして自分は聞かなかったのだという自責の念が緋月を襲い、どんどんと緋月を惨めな気持ちにさせていった。



「あっ……!?」


 しかし、遂に前に進むことは叶わなくなる。目の前に岩壁が立ちはだかったからだ。これは誰かの術などでは無い。自然が生み出した天然の岩壁だった。


 緋月は登ってきた道を逆から辿っていたはずだったが、いつの間にか間違った道を進んでしまっていたようであった。


「追い詰めたぞコラァ!」


 戻らなくてはと思ったが、その瞬間に大鬼に追い付かれてしまう。緋月は逃げ出すことですら叶わなくなってしまったのだ。


手前(てめえ)が大人しく殺されてりゃこんなに疲れることもなかったのになぁ!?」


「っ!」


 大鬼は青筋を浮かべながら、緋月をじりじりと追い詰めていく。その大鬼のただらならぬ様子に怯え、緋月もじりじりと後退りをするが、じきに背中に冷たい感触があってそれ以上下がることはできなかった。


「ふん、恐怖で言葉も出ねぇか? 手前(てめえ)だけは許さねぇ、じわじわと嬲り殺してやるよ!」


「……っ、ぁ……ぁあ……!」


 大鬼の怒気を孕んだ大声に、緋月の膝はガクガクと震えて思わずその場にへたり込んでしまう。


(誰か、誰か呼ばなきゃ)


 しかし、情けない身体とは反対に、頭の中はどこまでも冷静になっていた。助けを呼ばなくてはいけない。そのことだけをずっと緋月は考えていた。


(でも誰を?)


 しかし、助けを求める宛がどこにもなかった。緋月に式神はいないし、ここでは兄にも頼れない。周りに他の人がいれば別だが、この大鬼以外の気配はどこにも無い。


(誰か助けて……誰か、誰か……っ!)


『困った時は、いつでもウチを頼るんよ〜?』


 ふと、鈴のように可憐な声が緋月の脳裏に蘇った。これが走馬灯と言うものなのだろうか。しかし誰の声かは分からない。記憶にない声の持ち主が、自分を頼れと言っている。名前は、その名前は――。


「は、く……はく、ハクっ……!!」


 溢れる涙と共に、口から自然と言葉がもれる。これが一体何を意味する言葉なのかは理解できない、分からない。けれどもどこか懐かしくて、緋月は何度もその言葉を繰り返した。


「潰されて死ねぇっ!!」


 大鬼は緋月目掛けて金棒を振り下ろす。もう緋月には避ける力さえも残されていない。


(……あぁ、あたしはこのまま死んじゃうんだ)


「――させないんよ」


 そう諦めた瞬間、シャンと鈴の音のような声が聞こえて、緋月の視界は真っ白に染まった。

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